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イカサマですわっ……!

 




 茹だる熱気に、滴る汗。


 この灼熱密室空間に、イイ女が二人。




「それでは茜。勝負の内容はこうですの。要はガマン比べです。そして先に音を上げてギブアップした方が、クモ怪人さんに謝る。よろしいですか?」


「いや、一緒に行こうよそこは……」


「まぁ……それも、そうですわね……」



 ムンムンと熱気の溢れる密室に、既に頭が回っていない乙女が二人。汗と色香を放ちながらじっと鎮座しております。


 ここは温熱サウナです。90℃近い室温の中、老廃物を汗と一緒に流すためのいわば修行のような空間です。


 サウナを好きと言う方はよく〝整う為の空間〟とか宣ってますが、あいにく私には少し理解ができません。


 せいぜい座って居られて10分、そして2セットが限界でしょうか。


 私の好きな我慢とは方向性が違うと言いますか、耐えたところで残るのは疲労感と朦朧とする意識ですからね。夜伽のプレイでいう首絞め系とは似て非なる印象です。



「……はーっ、少し座っているだけで、汗が滝のように溢れてきますの。カラカラに乾いてしまいますの。塩分と水分を身体が急激に欲しているのが理解できますわねぇ……」


「口に出さなくても、分かるからー……」


「言わないとやっていられませんの……」


 つい先程までの軽いノリで焼石に水をかけたのが完全に間違いでしたわね。


 室内の熱気が急上昇して前も見えないほどの湯気に見舞われてしまいました。既に頭が全く回っておりませんが、いったいあと何分耐えればよいのでしょう。


 私たち、もはや何のために耐えてますの……ッ!?



「美麗ちゃん。気晴らしにしりとりしようよ」


「……え、ええ、いいですわよ」


「それじゃ私からね。りんご」


 ほぼ私の回答を待たずして始める茜です。私の対面にあぐらをかいて腰掛ける彼女は私より幾分も平気そうに見えます。


 なんだか意外ですわね。この子、暑さには強いのでしょうか。きっと前世はギャーギャー鳴き騒ぐセミだったのでしょう。


 えっと? しりとりでしたわね。

 ご、から始まるワンワード……。



「ご、ご……ごま油、ですわ」


「ラー油」


「ゆ、指輪、ですの」


「わさび醤油」


「また()ですの? ゆ、ゆゆ……油淋鶏……」


「それって、ち? それとも、い?」


「この際ですから……どちらでも、構いませんのぉ……」


「そうだよね、もうどっちでもいい、よね。

はぁー、油淋鶏かぁ。なんだかお腹すいたなぁ」


「……ふぅぅむぅぅ、そうですわね」



 熱に浮かされ、話題は別のモノに切り替わります。

 こういうときは何か豪快なモノを豪勢にいただきたいものです。


 油淋鶏もよろしいですが、もっとこう……ステーキとかカツレツとか、胃にダイレクトに訴えかけてくるものをご所望いたしますの。


 それでいて、涼しげにさくっと食べれるモノがいいですわね。帰りがけに社員食堂でも覗いてこようかしら。



「……それはそうと、美麗ちゃんってさ」


「なんですの?」


「もしかしてまたおっぱい大きくなった?」


「まーた唐突な確認ですわね……」


 それって今この状況で聞くことなんですの?

 こんなドが付くほど暑苦しい湿熱空間の中で?


 確かに向かい合ってるだけあって視界に映るのはお互いの姿だけですからの。じっと見つめられたらこの身の成長にも気付くというものでしょう。


 ええ、正直に申し上げますと、先日よりワンサイズ大きくなりましたわね。近々また下着を新調しないといけません。



 ふふんっ。ついつい口元が勝利の笑みに歪んでしまいます。



「そういう茜は……いえ、聞くのは遠慮させていただきますの」


 別に嫌味を言いたいわけではないのです。

 そういう身体が好きな方もいらっしゃるでしょうから。


 茜は昔っから大掛かりな手品の脱出劇でも難なくやり遂げてしまいそうな、とても小柄でスレンダーな体型をしてますものね。


 未だ中学生に見間違われても遜色ない体型は、この暮らしが始まってからもあまり変わっていないのではなくて? ちゃんと食べていらっしゃいますの? さすがに濃厚なたんぱく質だけでは栄養が偏ってしまいますわよ。


 老婆心と言うよりも、単純に同年代の女として心配しておりますが伝わりますでしょうか。



「…………あ、ふーん。あ、そーう。

そういうこと言っちゃうんだぁ」


「ふぅむ?」


 何故だかすっくと立ち上がり、私の前を横切ります。

 一瞬映った横顔は悪戯っ子のような不敵な微笑みでした。


 おもむろに壁に掛けてあった柄杓をお掴みなさいます。

 クククと不穏気な息を漏らしておりまし――はっ!?



「それじゃあおかわり(・・・・)ロウリュ(・・・・)しとくね」


 ジャバジャバという流水音が複数回聞こえたかと思えば!?


 まさか一瞬で真っ白な蒸気をこの密室に溢れ返らせましたの!?


 この娘、何をトチ狂ったのか熱石の横に溜めてあった湯をこれでもかと言うくらいぶっかけやがったのです。


 この蒸気の量、正直異常の一言ですの。



「ちょっと、何なさいますの!」


 一説に寄れば熱石に水をかけても気温自体は変わらないそうですが、あくまでそれは気温の話です。体感温度は急激に上がり、脳が更に発汗を催促いたします。


 この柔肌からはナイアガラの滝レベルの汗が轟々と流れ落ちていき、辺り一体に水溜りを作ります。


 これを集めて瓶に詰めて売ったら、いったいいくらの値がつくことでしょうか……。


 朦朧とする意識が変なことを考えさせてしまいます。



「数ミリ単位だけど、私だってバストアップしてるんだよーだ!」


「なっ。そんな微妙な変化、気付けと仰る方がおかしいのですぅ……」


「でも総統は言ってくれたもん!」


「あの人の目はほら、鷹の眼より厳格で正確ですから」


「それは確かにそうだけど……」


 総統が本気になれば、どんな些細な変化も見逃さないどころか、嘘であれ動揺であれ即座に見抜いてしまうような洞察力をもお持ちでしょう?


 あの人と私と比較されても困りますの。

 月とスッポン、いえ月とスッポンポン……こほん。


 っていうかさすがに熱気がしんどいのです。

 このままでは満足に呼吸もままなりません。


 この際我慢比べもしりとりも私の負けでいいですから!

 一刻も早くこの空間から抜け出したい欲が凄まじいんですの!



「っていうか茜はどうしてそんなに平気そうなんですの?」


 目の前でダイレクトに蒸気を浴びているというのに、どうやったらそんなケロッとした表情でいられるんですの。


 私ならとうにヘロヘロと座り込んでそのまま溶けたバターのように床へ突っ伏している具合でしょう。


 その耐久性はさすがにおかしいと思います。



「だって私、えっと……常に身体強化の魔法? とかナントカがかかってるらしいんだもん。自分じゃよく分からないけど、これくらい全然へっちゃらだよ。……この辺のこと考えると、いつも頭痛くなっちゃうけど」


「はぁッ!?」


 そ、そそそんなの反則ですの! 

 ズルですわ! インチキですわ!


 この茜はインチキ……!

 遠隔……イカサマっ……!

 イカサマですわっ……!


 私は真っ向からサウナに臨んでいたといいますのに!


 常に身体強化のバフですって!? 

 だからオーク怪人さんのも簡単に呑み込んでしまえるんですわね!


 どおりでクモ怪人さんの粘着糸も壁ごと簡単に外せたわけです!


 その理由にやっと合点がいきましたわ!


 っていうかアナタ、未だに真っ裸の装置(デバイス)なしの状態でも魔法が使えてるんですのね。


 さすがは〝元〟エースというべきなのか、私が単に要領を得ていないだけなのか、この子の経歴が特殊なだけか、ぐぬぬぬぬぬ……。


 とにかくこれは大問題なのです。私も更なる対抗意識を燃やしませんと。弊社の研究員さん方なら、もっと簡単に身に付けられる変身装置を開発してくださるはずです。



「……出ますわよ。ちょっと用事を思い出しましたの」


「え、美麗ちゃんもしかして怒っちゃった?」


「いえ、怒ったというよりも。劣等感に苛まれて若干ブルーな気持ちになっているだけですわ」


「うん? んんんー?? あれぇおかしいな。おっぱい戦争に負けてるのは私なのにな……。ま、いいか」


 くっ、能天気なのが地味ぃにムカつきますの。

 多分本気で気にしてないご様子ですの。


 この際ですから足りてない部分を更に抉りとって、お胸にクレーターを二つほど作ってあげましょうかしら。


 ふらつく足を気合で立て直し、私はサウナの出入り口へと向かいます。一歩一歩が非常に重いですが関係ありません。


 出たらすぐに生理食塩水をがぶ飲みして差し上げますの。

 

 

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