総統様に可愛がっていただくのでしょう?
ヒィヒィ息を整えておりますと、眼前に聖母のような微笑みが現れました。いえ、少々盛り過ぎました。百歩譲ってもこの人は聖母様には成り得ません。
「あらあら、ちょっとやり過ぎてしまったかしら。
呆れてものも言えないですわね。医者冥利に尽きますわ」
聖母というよりは悪魔かつ怪人な方ですの。しかもなんだかこの人までツヤツヤてかてか潤いに満ち溢れていらっしゃいますの。さすがに意味が分かりませんの。
度を越した気持ちの悪い微笑みを浮かべたまま、こちらに手を差し伸べてくださいます。恐る恐る掴んでみますと、ひょいと身体を起こしてくださいました。
彼女も空いたスペースに腰を降ろされて、私の背中を優しく摩ってくださいます。
「私に出来ることは終わりました。あとは貴女の治癒能力次第です。早く治ることを祈りますわ」
至極真っ当なことを仰るのはよろしいのですが、待ってくださいまし。摩るというよりベタベタズリズリと感触を楽しまれているような気がいたします。あと何食わぬ顔で下腹を摘まないでくださいまし。そこ、乙女の秘蔵肉ですの。
こちらも涼しい顔で平手で払い除けます。
散々撫で回されてしまった影響でしょうか。今更肌に触れられてもなんとも思えないのが悲しいところですの。
少しずつ息が整いつつあるなか、彼女は黄色と黒の縞々部分……えっと、昆虫で言ったらお腹に当たる部位を背もたれにしてくださいました。案外モチモチしていらっしゃるんですのね。水風船のような感触ですの。
彼女の気遣いに甘え、しばらくの間、ふかふかとその弾力を楽しんでおりました。
息も充分に整った頃合いでしょうか。
「……気分的にはそのまま寝転がしてお外を引き摺り回して、羞恥と快楽の色に染め上げて差し上げてもよろしかったのですけどね。あんまり最初から虐めては総統様に叱られてしまいますから」
ボソリととんでもないことを呟かれます。
身動きの取れない先程なら容易に可能だったことでしょう。
ただ、羞恥はまだしも快楽はおかしいですの。床を引き回されて気持ちいいわけがないと思いますの。せっかくスベスベなお肌にしていただいたというのに、それではまた傷が付いてしまいます。
やっぱりこの人の考えていることはよく分かりません。そもそもの思考の次元が違いますの。相応の感謝はいたしますけれども。
「蒼井さん。これにて治療は終わりですが、先程脱がれたお召し物は私の方で預からせていただきます。キチンと洗浄したのちに殺菌消毒を施しますので。
〝正常な回復は清潔な衣類から〟。これ、医療現場の鉄則ですわ。ゴミカス塵芥なら当然ご存知でしょうけど」
ほへぇ、初耳ですの。確かに血だらけの衣服を再び着るわけにはいきませんものね。仰ることにも納得です。
彼女は無表情のまま言葉をお続けなさいます。
「そのままの格好では風邪を引いてしまいますでしょう。さすがに医者として見過ごすわけにはいきません。ですので、後日返却するまではコチラをお召しになっていてくださいな」
ベッドの下から水色の病衣を取り出し、手渡してくださいます。上下が一つに繋がったガウンタイプの衣服です。羽織った後に脇の下でリボンを結ぶ形のアレですの。
手に取って撫でてみるとサラサラとした生地でとても着心地が良さそうです。促されて早速袖を通してみましたが、私の体にぴったりフィットしてくださいます。ナイスなチョイスです。少しは触診された甲斐があったというものですの。
「あ、言い忘れてましたけどソレ、水に触れるともれなく溶け出しますからご注意くださいませ。決して汗などかかれませんよう」
「難易度高すぎではありませんこと!?」
唐突に言い放たれた内容に動揺が隠せません。さすがの私でも寝汗までは制限できませんの。朝起きたらすっぽんぽん不可避ですの。
その前にハチミツ成分で一発アウトでしょう。これが本当なら今すぐドロドロですの。
「うふふ、勿論冗談です。こんな簡単な嘘を信じなさるとは、やはり貴女は生粋の阿呆ですわね」
口元を隠すようにお笑いになられます。言葉尻の棘は相変わらずですが、初めてお会いした一時間程前と比べたら、だいぶ空気が和らいだ気がいたします。肌と肌によるスキンシップのおかげでございましょうか。
私の目をお見つめになって、優しげな微笑みを向けてくださいます。
「貴女、なかなか面白い子ですね。しっかりしているようでどこか抜けていて、生真面目そうに見えて実は面倒くさがりで、繊細なのにしたたかで図太い精神をお持ちでいらして。総統様が気に入る理由も分かりましてよ」
そして同じく唐突に誉められてしまいました。
……うん? 褒めていらっしゃいます?
よくよく考えるとマイナス面しか仰られていないのでは?
彼女の言葉の裏側に気が付いてむすっと顔を顰めようとした直後、ぎゅむと頬っぺたを握られてしまいました。自然とタコチューの口になってしまいます。
「ご安心なさいな。たとえ蒼井さんが〝元〟魔法少女であったとしても、総統さんがここの一員に迎えると仰るのなら、秘密結社は心から貴女を歓迎いたしますわ。
一つ屋根の下、これから仲良くしていきましょう」
胸の前にもう片方の手を突き出されます。
これは……握手ということでしょうか。
恐る恐る握ってみますと、柔らかく握り返してくださいました。どうやら合っていたようです。
そのままモムモムと手の平の感触を確かめられてしまいます。無下に振り解くわけにもいかず、少しだけ気まずく思ってしまいますの。
顔を見てみれば不敵にニヤニヤなさっております。なんだか物凄く不気味です。触れてはいけないオーラを纏っていらっしゃいます。
痺れを切らして少しだけ手を引っ張りますと、ようやく頬も手の平も解放してくださいました。名残惜しそうにしているようにも感じましたが、まったくなんだったのでしょうか。
「……いずれは私にもおこぼれを……となればまずは総統さんに手ほどきを……コホン。つまりは郷に従っていただく必要がございましょう」
「ふぅむ? どういうことですの?」
半分独り言のようにも聞こえましたが気になって拾ってしまいました。この秘密結社の居住ルールに基づいて行動をしろ、ということでしょうか。
そういえば今後についての具体的な話は何も聞いておりませんの。総統さんに尋ねてももはぐらかされるだけでしたし。
「その為にも、まずはその小汚いお肌を早く完治させなさい。総統様に可愛がっていただくのでしょう? 見たら悲しまれますわよ」
「ふぇ? 総統さんが? 見るんですの? 私の肌を?」
「ええ。もちろん」
何を当たり前なことを、と言わんばかりの表情です。こちらは何の仰っているのかさえ分かっていないですのに。
そもそも、ちっとも信じられませんの。
今思えば総統さんが足早に退室なさったのは、私が治療の為に服を脱がなければいけないのを知っていたからではないでしょうか。気を利かせて何も言わず紳士的に振る舞ってくださったのです。そう思えてなりません。
そんな気遣いや配慮の塊のようなお方が、わざわざ私の素肌を見るだなんて……。
「まったまたご冗談を。同性の貴女ならまだしも、殿方の総統さんが、ですのよ? いったい何の為に? もしやあの人もエステがご趣味だったり?」
お気に入りでオススメの潤いオイルを私の体に塗ってくださいますの? もしかしなくても秘密結社が誇る最高級品をご用意していただけますの!?
それならば甘んじて受け入れさせていただきますけども。私エステ好きですし。より好きになれましたし。
ハチ怪人さんを期待の目で見てみましたが、私の予想に反してポカンと口を開けていらっしゃいます。
それも束の間でした。今度は何やらくすくすと含み笑いをし始めなさったのです。
「あらあら? あらあらあら? まさか何も聞いていらっしゃらない? ご自分の境遇をこれっぽっちもご理解されていない? うふふふ……これは面白くなってまいりましたわ。今からご飯が美味しく頂けますわねぇ」
最初は肩を震わせるだけでしたのに、終いには私に聞かせるように大きく声に出して笑われました。一体全体どうなさいまして?
「ぷふっ……ぷくふふふ……では私もナイショにしておきましょう。後日談を聞くのを楽しみにしております。
さてさて。件の総統様とは病室で再会なさるお話になっているのでしょう? ご案内いたします。着いてきてくださいな」
ハチ怪人さんが立ち上がられました。黄色と黒の背もたれが無くなってしまい、ころりと後ろに倒れてしまいます。ベッドの上ですのでダメージはありませんが、ちょっぴり背中が寂しく感じてしまいます。
仕方がないので私も立ち上がりま……あ、やっぱり足が軽くなってますの。はちみつ効果凄いですの。はちみつマッサージ様々ですの。はちみつ教に入信希望ですの。
余計なことを考えておりましたら見失いそうになってしまいました。
急いで彼女の背中を追いかけます。