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ぬちぬちとした水っぽい音

 

 腕を枕にしてベッドに体重を預けます。最近やたらとお胸が成長してきたせいか、その厚み分背筋が伸びまして、強張った筋肉が解れる気がいたします。


 思い返せば俯せ寝すること自体減ってきておりましたの。お腹のお肉がシーツに張り付くこの感覚、久しぶり過ぎて逆に新鮮です。低反発のベッドが優しく包み込んでくださいますのでそこまでの負荷は掛かっておりません。



「はぁーあ、見苦しい(痛々しい)ことこの上ないお身体ですこと。どこもかしこも本当に傷だらけ。特にお背中なんか一番酷い有り様です」


 私の体を見てハチ怪人さんが感嘆の息を零されます。心底嫌そうな口振りですが、そんなに嫌なら見なければよろしいのです。お仕事だから止むを得ずなのでしょうか。


 だって仕方がないではありませんの。今日は角馬男と炎鳥男の二人から執拗に暴行を加えられましたのですから。いつもより傷や痣が多いのは仕方がないことなんですの。最後の方は(うずくま)って耐えるしかできませんでした。その分生傷が増えてしまっているのですっ!


 

 横を向いて抗議の意を示してみましたが、私の思いなど露知らず、変わらずじっとりとした瞳で背中を眺めていらっしゃいます。



「これは新しい傷で……こちらは治りかけの傷……」


「ひゃいッ!?」


 突然の冷たい感触にビクリと反応してしまいました。


「ちょっと! いきなり触らないでくださいまし!」


 声を大にして訴えてみましたが、一切聞く耳を持ってくださいません。ぐりぐりと指先を押し付けられたり、つぃーっと背筋をなぞられたりしております。得たことのない感触にゾクゾク身震いしてしまうばかりです。

 

 言っていることとやっていることが違いますの!

 見苦しいのではありませんの!? 

 汚らしい背中なのではありませんの!?


 絶えずぺとぺととボディータッチを繰り返していらっしゃいます。うぅー……ムズムズいたします。これが意味のある触診であることを願いますの。



「貴女、今までさぞかしお辛い目に合われてきたのでは? その境遇を想像すると最高にいい気味(こちらまで心苦しい)です。人の不幸は蜜の味(食事も喉を通らない)なんて言葉もあるくらいですからねぇ」


 横目で見てみれば、彼女は手を頬に当てて顔を赤らめ、何やら恍惚とした表情をなさっておりました。

 うっへぇ、なんだか気持ち悪いですの。やっぱりこの人変ですの。少しは同情してくださるかと思いましたが逆のようでした。


 傷だらけの私を見て嗜虐心を(そそ)られていらっしゃるのでしょうか。


 この人、きっと優しさこそが仮面なんですの。人の不幸でご飯が美味しく食べられる系の方なんですの。お医者様とは仮初の姿で、本質はマッドでサイコでスーパーサドなサイエンティストさんなんですの……!


 言われるがまま、されるがままではさすがに悔しいので反論させていただきます。


「私だって本当はもっとキメ細やかでピッチピチでとぅるんとぅるんですべすべなお肌してますの。今だけですの! こんなボロボロなのは!」


「言い訳は無用です。素体が良いのは分かっておりま――コホン、今のはお忘れなさい」


「ふぅむ?」


 今何か仰いまして? 

 もしや私のことを誉められましたの?


 言動と表情とがイマイチ一致しておりませんので、本音がどちらだったのかは分かりません。ですが発言を誤魔化したのはなんとなく伝わってきます。



「……ともかくこの話は掘り下げなくてもよろしいでしょう。それよりも、今日はその総統様の首輪に免じて施しを与えて差し上げますわ。この私に感謝なさいませ」


「あ、ありがとうございます、の……?」


 総統さんのチョーカーパワーに助けられたのかはよく分かりませんが、治療していただけるとのことであれば素直にご好意にあやかりますの。というよりちゃんとやってくださいまし。


「よろしい。それでは目を閉じて全身の力をお抜きなさい。ふわりと水に浮くように、手足も肩も首もみな一律に脱力させるのです」


 えっと……こうですの……?


 くたりとベッドに身を預けます。少しだけ布地が内側に沈み込みました。そのまますーっと吸い込まれてしまいそうな感覚です。


 鼻を通る甘い匂いがより顕著に感じられるようになった気がいたします。



「…………うふふふ」



 何やら耳元からハチ怪人さんの不敵な笑い声が聞こえてまいります。時同じくして、ぬちぬちとした水っぽい音も耳に届いてきます。それらがだんだん近付いてきたかと思った、その矢先のことでございまし――



「――ひゃっ、冷たっ」


「お静かに。もっとリラックスなさい」


 ぬるっとした感触が肌に伝わってまいりましたの。粘度のある液体がじわりじわりと私の肌に塗り広げられていきます。


 ほんの数分も経たないうちに、私の背中は水饅頭もビックリなくらいにぷるりと湿ってしまいました。

 

 ってか何なんですの、この液体。


 ちらりと目を開けて横を見てみたところ、またもやハチ怪人さんと目が合ってしまいます。


 ……あら。思ったより穏やかな表情をしていらっしゃいます。意外なほど慈愛に満ちた目をしておりますの。


 それはそれとしてトンデモなくこそばゆいんですの……ッ! あ、ちょっとどこ触ってまして!? そこは……!?



「ご安心くださいな。今貴女に塗っているのは特製のハチミツ軟膏です。殺菌効果がありますし、お肌もよりツルツルになりましてよ。更には身体を温めてくださる効能もあるのです。このハチ怪人の私から直々に生成されたものですから、どんな市販のモノより効果的面間違いなしですわ」


「……っとそれ……逆にっ……安心できなっ……ひぃっ……のは私だけでしょう……ひゃん!?」


 隅々まで撫でるような指捌きがくすぐったくて、自然と声が漏れ出てしまいます。



 あ。なんだか塗られた箇所がじんわりと温かくなってきました。確かにほかほかと気持ちがイイです。実家に居た頃の温熱エステを思い出します。



「うふふふ。ふふふ。うふふふふふ……。本当若々しい肉体が羨ましいですわねぇ。お望みとあらば私の針で風穴ぶち開けて(鍼灸治療も施して)差し上げますが、そちらはいかがなさいまして?」


「……それはっ……怖いから……遠慮しておきますのぉっ……!」


 そもそも蜂針と鍼灸は別物だと思います。


「では、代わりにお腹側も丹念に綺麗にして差し上げましょうか。今なら仰向けになられても大丈夫でしょう。ご覚悟はよろしくて?」



「……です……のっ……んくぅっ……!」



 半ば強引にひっくり返されてしまいました。

 私の表側が露わにされてしまいます。


 こうなっては抵抗できませんの。


 全身を包み込む快楽に、私は身を委ねます。











――――――――

――――


――





「……はぁー……っ……はぁぁ……っ……」



 どうもこんばんは。蒼井美麗ですの。

 この小一時間ほどの記憶がありません。

 本当にありがとうございました。



 さてさて冗談はさておき。ハチ怪人さんの全身マッサージからようやく目が覚めましたの。お目覚め直後からすこぶる調子がいいんですの。


 いえ、お目覚めというと語弊がありますわね。半分気を失っていたも同然です。後半は特に記憶が曖昧なのです。


 リラックス効果は最高級にありましたが、終始気持ち良さが尋常ではありませんでした。気を失わないようにするのに必死で、体は少しも休まっておりませんの。


 結局寝落ちしてしまいましたので休まりましたが。



「はい。ご苦労様でした。これにて今回の診察と治療は終わりです。さっさとお座り直りくださいませ」


「待ってくだ……はー……っ……はー……っ……うぅっ……」



 目を覚ました直後も、あまりの手つきの激しさに息も絶え絶えになっておりますの。べとべとぬるぬるでウナギにでもなった気分です。


 もはやハチミツ軟膏を塗られていない部分を探す方が大変なくらいでしょう。身体中が潤いに満ち溢れてますの。おまけに内から外からぽっかぽかですの。


 しかも最後の方はハチミツシャンプーとコンディショナーで頭も髪もキレイにされてしまいました。顔に張り付いた髪で分かります。きっとキューティクルがキラキラ煌めいておりますの。



 結論、髪もお肌もツヤツヤになりましたの……! 


 これにて蒼井美麗、表面的には完全復活ですの……ッ!



 間違いなく症状が軽くなっている感覚がございます。背中側もお腹側も頬っぺたも、幹部の腫れや火照りがだいぶ治まってくれたような気がいたします。


 いつの間にか足の痛みもだいぶ和らいでおりました。もう引き摺って歩く心配は無くなったかもしれません。


 傷自体が消え失せたわけではありませんので完治とは呼べませんが、自己治癒力が最大限にまでブーストされたような心持ちです。治りが早い確信がありますの。



「……ありっ……がと……ござ……まっ……多分、もう……大丈夫…………でっ……はぁあ……っ」


 あとは息切れを整えるだけです。


 この壮絶テクニック……医者と呼ぶより凄腕マッサージ師と呼ぶべきモノだと思います。


 あ、もしかして医者は医者でも外科の整体師が本業でしたり? それなら納得がいきますけれども。



「……はーっ……はぁぁ……っ……まだ……動、けません……の……っ」


 思考こそ落ち着いてまいりましたが、未だに体が言うことを聞いてくれません。動作が重いというよりも、感覚自体が麻痺してしまっているような感じです。


 言い換えれば、体の動かし方を忘れてしまうほど気持ちがよかったとも言えますの。



 ハチ怪人さん、ホントに末恐ろしい方ですの……!


 

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