慰安要員って何ですの?
今回のエレベーターは先程乗り込んだモノよりだいぶ揺れ方が激しいです。総統さん用とそれ以外の方用では求められた質が異なるのかもしれません。ガタガタと物音を立てておりまして、今にも落下してしまいそうな不安感を沸き立たせてしまいます。
数十秒ほど揺られたのち、ようやく次のフロアに到着いたしました。ゆっくりと扉が開きます。
「うわっ……もっと人口密度が凄いですの。むさ苦しさが全開の極みですの」
思わず感想が零れ出てしまいました。
辺りを見渡します。エレベーターを降りたすぐ先には土壁とも石壁とも言えない小汚い空間が広がっておりまして、それが広くなったり狭くなったりと、串団子のような形にやんわりと区分けされているようです。
先程のエリアよりも更に汗臭さが鼻につきます。まさに働く男たちの空間という感じがいたしますの。立ち込める熱気で肌が湿ってしまう錯覚さえございます。
ちなみに串部分となる通路は奥までは一直線に繋がっているようです。小さいですが終点が見えますの。目的地はあそこでしょうか。
そこかしこに黒い全身タイツを見に纏った戦闘員さんたちが何人も待機していらっしゃいます。
各々地べたで自由に寛いでいたり、膝を屈伸させて準備体操をしていらしたり、はたまた隅っこで麻雀らしきもので遊ばれていたりと多種多様なご様子です。
「そりゃココは戦闘員たちが屯してる場所だからな。各個人の自室は用意していないから、隅に羅列された三段ベットで好きに寝泊まりしてもらっている。休憩室とか喫煙所とか必要なもんは大体揃ってるはずだが、いかんせん人数が多くてな。日々増設中だ」
総統さんが私の独り言を拾ってくださいました。一つ一つ丁寧に解説してくださいます。
お話になったその声で気付いたのか、戦闘員さん方は総統さんの姿を見るや否や、モーゼに割られた海面のように、一斉に通路の脇へと移動なさいました。
皆一様に敬礼をし、一人おきに床に跪いては頭を垂らしていらっしゃいます。そのまま微動だになさいません。一糸乱れぬ素晴らしい統率が執られておりますの。
ズラリと並んだその姿はまさに圧巻の一言です。
なるほど、こんなに規律ある方々が町に繰り出しては、日々公共良俗に反する行為をなさっているんですのね……。
あのまま私一人が頑張っていたとして、この膨大な数の暴力に敵うことができたでしょうか。今なら声を大にして言えますの。人海戦術に負ける未来しか見えませんの。きっとただの悪あがきしか出来ないでしょう。
「……ここは本当に悪の秘密結社の中なんですのね。やっと自覚した気がいたしますの」
「何を今更。コイツら今まで散々戦ってきた奴らだろ?施設内に居て当然だよ。数だって一番多いんだし」
「ええ。だからこそですの」
戦闘員が作った列の真ん中を、総統さんが堂々と歩かれます。トップの身として決して臆することなく、終始どっしりと構えていらっしゃいますの。
……私、こうした内部事情を知れて逆にスッキリしているところもありますの。
正直、ほのかに予想していた通りの光景と言っても過言ではございません。数多の戦闘員がいらして、偉いお方の前に跪いて、絶対的な地位格差を感じさせて。
私を抱え上げてくださる総統さんが、本当に高尚な方なのだと分かって安心いたしました。
この人なら確実に私たちを守ってくださいますでしょう。淡い期待がこの胸の内に生まれます。
「コイツらは身を粉にして組織の為に働いてくれている。どんな残虐非道な行為も自ら進んでやってくれてるんだ。ホントに助かってるよ」
小さな微笑みと共に感謝の意を零されました。周囲の面々を見渡しながら彼は続けます。
「もちろん、その分の対価はちゃんと渡してるんだぜ? 命懸けで戦ってもらってるんだから報酬を支払うのは当然だし、それが俺の役割でもある。実利で欲しい奴には賃金を、美味いもんが食いたい奴には美味い飯を、癒しが欲しい奴には慰安要員をって感じでな」
「まさに経営者のご発言ですわね」
自信満々な笑顔をしていらっしゃるのは大変よろしいのですが、最後の言葉だけが気になってしまいました。
「あの、慰安要員って何ですの?」
総統さんの眉がピクリと反応いたしました。
「……今はノーコメントだ」
「むう。さっきからそればっかりですの。習うより慣れろとか、住めば都とか、そのうち分かるとか。肝心なことばっかり煙に巻いて、ズルいですのっ」
はぐらかされるこっちの身にもなってくださいまし。頭の中のモヤモヤが一向に晴れる気がいたしませんの。
「疲れてる時に小難しい話をしても頭に入らないだろ? 一応俺なりの配慮だよ。
それにお前にはキチンとこの先の未来を受け止めてもらいたい。そんでしっかりと納得してもらいたい。その為にも、コレは片手間で話すわけにはいかないんだ」
間近に見た総統さんの目は、思っていたよりもずっと真っ直ぐで綺麗な色をしていらっしゃいました。小さく私の顔が映り込んでおります。
少しだけ不安そうな表情をしておりますの。
「それに、まずは気掛かりを解消しないと、お前も気が気じゃないだろ?」
そう言うと彼は二箇所に向けて目配せをなさいました。一回目の視線の先には私たちの後ろに続く担架が、二回目の視線の先にはこの手に握られたハート型の目覚まし時計がございます。
私の気掛かりが茜さんとメイドさんにあるって仰りたいんですの?
彼女らの問題がある程度解消するまで、私が〝心ここに在らず状態〟に陥ってしまっていると、そう仰りたいんですのね?
……悔しいですがその通りです。
私だけの安全が欲しいのではないのです。私の大切な人たちの安全も欲しいのです。
総統さんを頼る他に選択肢はありませんが、それでも許される限りワガママを貫かせていただきますの。
仰る通り集中なんてできるはずがないのです。
「さぁ、先を急ごう。目的の医務室はすぐそこだ。あの暖簾の向こう側にある」
戦闘員の列の先に白い暖簾の掛かった出入り口が見えております。すぐ脇の壁には赤十字のマークが描かれておりますの。おそらくここが今日の旅の最終目的地なのでございましょう。
担架隊が私たちのすぐ脇を追い抜いていきました。そのまま駆け足気味に暖簾をくぐられます。
「一旦あの子は別行動な。つってもブルーとは検査入院か即入院かの違いくらいだが。お前は多少自力で動ける分、診察に付き合ってもらうぞ。心配しなくともあの子には病室で再会できるさ。あとお前さんの保護者にも」
「分かりましたの」
先にご説明いただければ、私も何の疑念を持たずに納得できますのよ。適当なタイミングで適切なご指示をいただければ黙って素直に従いますの。言葉を濁して不安にさせるからいけませんの。
総統さんはここでようやく私を地に下ろしてくださいました。少々名残惜しさを感じてしまいましたが、彼に体を支えていただきながらゆっくりと歩みを進めます。
受付と思しき場所までやってくると、奥から白衣に身を包んだ女性が出迎えてくださいます。
「あらあら閣下、また面倒そうな子をお連れになりまして」
私と同じような喋り方をなさいますが、彼女の口ぶりはどこか言葉尻に棘のようなキツさを感じさせます。
初見ではかなり美形なオトナの女性に見えましたが、よく見てみれば額から虫のような触覚が伸びていらっしゃいますの。
おまけにお尻の辺りからはムチムチとした黒と黄色の縞模様のある物体が生えているのです。その先端には怪しく光を反射させる鋭利な針が付いておりました。
間違いなく只の人間ではございません。
この危険信号なカラーリング、そして針……。
「もしかしてハチの怪人さんですの?」
「あらあら。ただのバカではないようで。少しだけ見直しました」
とてもにこやかな微笑みを浮かべていらっしゃいますが、油断したらすぐにでもブスッと刺してきそうな、言い表しようのない冷淡さがその表情から感じられます。
合っているようです。ハチ怪人さんの登場です。
「それはよかった。こう見えてブルーは結構な怪我人だ。丁重に頼む」
「……ふぅーん。一丁前に首輪なんて付けていらして。総統様の愛玩動物候補ということですね? つまりはおクスリ漬けにしてはいけないと。……非常に残念でなりません」
しゅんと落ち込む素振りをなさいますが、何故でしょう。
とにかくとっても寒気がいたしますの。
「んじゃ後は任せたぞ。俺は一足先に病室の方に向かってるから、終わったら連れてきてくれ」
「え、待ってくださいまし。この人なんか不安ですの!」
「大丈夫。ソイツ、仕事〝は〟ちゃんとやる奴だから」
「今何で助詞を強調なさいましたの!?」
私の問いかけも虚しく、総統さんが足早に退室なさってしまいます。その背中をハチ怪人さんが会釈しながら見守っていらっしゃいました。
「……では、こちらへどうぞ。小娘さん」
張り付いた黒い微笑みが私の方に向けられます。