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俺のドリルが火を噴きますぜ

 

 総統さんに身を預け、彼の進む先を眺めます。司令室を出た後は何もない一本道の廊下がひたすらに続いているだけでした。数人の足音だけが辺りに響き渡ります。



 突き当たりには一台のエレベーターが設置されておりました。下へのボタンは付いておりませんがここが最下層なのでしょうか。


 前を歩いていた担架隊の一人がボタンを押すと、すぐに扉が横開きいたします。


 皆で中に乗り込みますと何をせずとも自然に動き始めました。しばらく揺られていたような気もいたしましたが、階層表示を見てみるに一階分だけの移動のようです。というより上か下かの二択しかございませんの。今回は上へみたいですの。



 小さな揺れと共に次の階層に到着いたします。ゆっくりと扉が開いてまいります。


「ちなみに言っておくと、ここがお前の住む予定のフロアだ」


 え、本当ですの? 正気で言ってますの?


 飛び込んできた光景に、思わず耳と目を疑ってしまいます。その、大変申し上げにくいのですが。


「……えっと……中々個性的な場所でございますわね。薄暗くて、ちょっとだけ蒸し暑くて……なんだか変な臭いがいたしますの」


 劣悪とまでは言いませんが、我が家に比べたら住み心地はあまりよさそうには見えません。


 床だってほぼ打ちっぱなしのコンクリートですし、天井には点々と豆電球が吊り下げられているだけですし、通路の両側には古い集合住宅のように沢山の扉が連なっておりますし。

 

 もしかしてこの扉の向こう側が各自のお部屋ということなんですの? 勝手な偏見ですがあまり広くは無さそうです。住居というよりは牢屋のような印象も受けてしまいました。



 ……おまけに扉の向こう側からは何やら男女両方の呻き声が聞こえてきております。


 叫び声とも雄叫びとも異なる……ええと、上手い表現が見つかりませんが、声色からしてとても興奮なさっているのが伝わってくるのです。かと言って喧嘩しているような雰囲気でもございません。


 誰も気にしているような素振りは見せませんのでスルーいたしますが……とにかく視界に入った至る所から怪しい香りがプンプンしているのです。



 香りといえば、この独特な臭いは周囲の部屋の中から漂ってきているようですわね。汗臭さの中に、ほのかな甘酸っぱさを感じますの。こちらは大人の女性が身に付けているような香水でしょうか。魅惑的で蠱惑的な香りが私の鼻を刺激いたします。


 とにかく、プラスの意味でもマイナスの意味でも気になってしまう空間なんですの。



「私、ホントにここに住むんですの……?」

 

「住めば都って言葉もあるだろ? 今は皆お楽しみタイムのようだから説得力はないけどさ、定期的に換気はされてるんだ。慣れちまえば結構気に入る環境だろうよ」


「だといいんですけど」


 こちらは居候させていただく身ゆえにあまり声を荒げたくないのですが、待遇の改善を訴える権利くらいはいただきたいですの。後々猫撫で声で懇願したら少しは考えてくださるかしら。


 彼の発したお楽しみタイムという単語に妙な引っかかりを覚えましたが、さらりと触れられては流れていきましたので深く追求はいたしません。


 確かに時折部屋の中から漏れ聞こえてくる男女の仲睦まじげな声は、この環境がそこまで最悪ではないことを証明しているような気もいたします。


「……さすがに深読みしすぎでしょうか」


「ん? なんか言ったか?」


「いえ、何でもありませんの」


 どのみち体験してみないと分かりませんわね。



 会話が途切れるや否や、担架隊が先を歩かれました。総統さんもその後に続きます。


 曲がり角を曲がったそのタイミングでした。

 視界に怪人さんの姿が映ったのでございます。


 思わずビクリと身構えてしまいましたが、ふと我に返って平常心を取り戻します。ここは秘密結社のアジトなのです。怪人さんたちが居ることこそが、ここでは当たり前の日常なのだと思い出したのです。


 怪人さんが物珍しそうな顔で私のことを見てくるように、私も彼のことを観察いたします。それくらいは許してくださいまし。



 彼のモチーフはモグラなのでしょうか。


 全身に茶色い産毛を生やしていて、やや面長の鼻高で……ただでさえ小柄なのに、更に猫背気味なせいでやたら背が低く見えてしまう男性の怪人さんです。

 

 他の外見的特徴はといいますと、丸レンズのサングラスを掛けて、頭に安全ヘルメットを被っていらっしゃることでしょうか。背中には大きめのスコップを担いでいらっしゃいますの。


 土仕事の似合いそうな服装ですわね。戦闘要員というよりは工作要員な感じがいたします。こういう裏方の怪人さんもいらっしゃるんですのね。初めて知りましたわ。


 

「よう旦那ァ。新入りの慰安要員ですかい?

かなりの上モノとお見受けいたしやしたが」


 横に並んだ辺りでモグラ怪人さんが口を開きました。ヘルメットを持ち上げて軽い会釈をなさっております。


 立ち止まられた総統さんが答えます。


「ああ。一応その予定だが、今はまだ只の客人でかつ俺のお気に入り扱いだ。勝手に手を出したらお前ら、分かってるよな?」


 黒い微笑みが見え隠れしておりますの。上司からの重圧ですの。言葉の裏に隠れた命令を感じますの。交わしている言葉の意味は分かりませんが、何となく牽制していることは伝わってきます。


 やっぱり守ってくださってるんですのね。総統さん。


「へへぇ。もちろんでさぁ。まっ、時が来たら俺にも味見させてくだせぇな。俺のドリルが火を噴きますぜ」


「それはコイツ次第だろうな」


 気さくにご挨拶なさる最中、私と目が合ったような気がいたしましたので会釈だけ返しておきました。口元から微笑んでいらっしゃるのが分かります。とりあえず敵対されていないようで一安心です。


 担架隊も総統さんも、モグラ怪人さんの横を通り過ぎて更に奥へと進んでまいります。


 向かい正面に見えてきたのはまたしてもエレベーターのようでした。個々はそれぞれ小さめですが、複数台設置されているようです。



「どうしてさっきの司令室と直通させていないんですの?」


「万が一敵に攻め込まれた時、通るルートを増やしておけばその分時間稼ぎできるだろ? あえて怪人たちの居住フロアのド真ん中を通らせることによって、皆で足止めしやすいように設計してあるんだ。

アジトってのは最深部まで到達されちまったら終わりだからな。ちなみにコレ、さっきのモグラ怪人の考案な? ああ見えて奴も中々なもんだろ」


「ほえー……凄いですの。言われて納得いたしましたの。確かに職人さんですの」



 怪人さん方も沢山知恵を絞っていらしたんですのね。今思えば、総統さんは常に命を狙われる立場といっても過言ではありませんもの。いつだって用心するに越したことはないということでしょう。



「そんなわけで、今俺たちが居たのが通称〝上級社員寮〟だ。怪人や戦闘員の中でも、特に功績を上げた連中だけがこのフロアに住むことを許されている。

俺の口から言うものでもないが、給料も待遇も不満の無い感じに調整してある。みんなの憧れ、言わば地下世界のVIPルーム的な場所なんだよ。そんで」


 総統さんが続けます。


「今から向かうフロアが〝一般社員寮〟だ。正直に言って、ここよりずっと待遇も治安もよろしくはない。

お前の見たくない施設や光景もあるかもしれないが……まずはこの組織の現実を受け止めてほしい。俺たちが正義の味方でなくて、悪の秘密結社たる所以を、その肌身で感じ取って欲しいんだ」


「りょ、了解ですの」


 改めてごくりと息を呑み込みます。


 言葉とは裏腹に、ピンポーンという軽快なお知らせ音が鳴り響きました。上行きのエレベーターが到着したのです。

 

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