立てば芍薬座れば牡丹
総統さんが小さく咳払いをなさいました。気を取り直すかのようにすぐさま真面目な顔をなさいます。威厳を感じさせるトップのお顔ですの。大変キリッとしておりますの。
「はじめに。ここに来る前にも伝えたが、当分の間お前らは施設の外に出ることはできない。今頃ヒーロー連合の連中が血眼になって探しているだろうからな。捕まったら何をされるか分からん。
連合に比べたら結社の方が随分と気楽なはずだ。もちろん軟禁するつもりはないから、基本的に施設内の出歩きは自由にしてくれて構わない。構わないんだが……」
そこまで言うと彼は渋めの顔で口籠もります。
「えっと、何か問題がお有りでして?」
秘密の部屋とか立ち入り禁止区域があるのなら、先にダメと言っていただければ素直に従いますのよ。今のところは好奇心よりも安心感の方が優ってますもの。
ただ顔色から察するに別のお話のようです。
「ここは外界とは違う。この施設内では一般的な〝法〟は通用しない。言うなれば俺たちこそがルールだからだ。お前らもそのうち慣れてくれると嬉しいんだが……いや、むしろ早いうちに慣れてもらわないと困るな。スカウトした理由も半分はそれなんだし」
「ふぅむ?」
言葉の意図が飲み込めませんの。もう少し具体的な例をあげてくださいまし。頭の上にはてなマークが浮かんでしまいます。
「具体的なことはタイミングが来たら言うよ。もちろん手解きもしてやる。
それでだ、ブルー。お前勉強はできる方か?」
「少なくとも嫌いではございませんわね」
知らないことを覚えるのは元々好きなのです。ただ、知らないことが多すぎて、何を知らないのかが分からないときも多々ございます。
ともかく物覚えはイイ方だと自負いたしますわね。でないと学年上位なんてとてもキープできませんもの。
頷きと共に返答いたします。
「そうか、よかった。なら落ち着いた頃にでも教科書や指南書を届けるよ。お前の部屋に」
「お部屋、ご用意いただけるんですの!?」
「当たり前だろ。どこで寝泊まりするつもりだったんだ? その方が色々と都合がいいからな。……あっと、そうだった」
何かを思い出されたのか、唐突に総統さんが立ち上がられました。部屋奥の机の方へ歩みを進められます。引き出しから何かを取り出していらっしゃるようです。
ほんの十数秒も経たないうちにお戻りになりました。
「コレを先に渡しておこう。今のうちに装着しておくといい」
「これは……? 首輪、ですの?」
彼から手渡されたのは黒い首輪飾りでした。可愛らしいハートリングの装飾が付いております。
「それは俺からのお手付きの証だ。付けていればこの施設内の誰からも手出しされることはない。皆俺が怖いからな。しっかり身に付けている限り、お前の自由意志が尊重されるってわけだ」
ニカっと清々しい笑みを浮かべます。
〝手出しをされない〟とはまるで私が動物園のふれあいコーナーの小動物みたいな言い方なさいますのね。
撫でられるだけ撫でられて小屋に逃げ帰ることも許されていないような言い振りではございませんの。
改めてチョーカーを眺めてみましたが至って普通のお洒落グッズにしか見えません。特に異能な力は感じられませんの。もし魔力的なものが込められていたとしても今の私には感じることはできないでしょうが。
彼に促されるままに首の後ろに手を回し、恐る恐る首輪を装着してみます。少々手こずってしまいましたが、カチリと音を立てて金具部分がくっ付きました。取り外しは……ちゃんと出来ますわね。罠ではないようです。
「うん。よく似合ってるよ」
ふふふん。当たり前ですの。言われて悪い気はいたしません。私を誰だと思ってますの。立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花ですの。鏡があったら見てみたいです。さぞかし美人さんなことでしょう。
「最初はちょっと邪魔かもしれんが、大きめのミサンガと思えば耐えられるだろ。あ、風呂でも外すなよ」
「よく分かりませんが、分かりましたの」
一種の通行手形のようなものと考えておきましょう。
総統さんが横たわる茜さんの首に同じものを装着なさいました。これでお揃いですわね。早く目を覚ましてくださいまし。
「それでは次の質問なんですけど……あ」
次の疑問を問うてみようと思ったそのときでした。コンッコンッと、司令室の扉がノックされたのでございます。タイムリミットでしょうか。
「入れ」
間髪入れずに総統さんが応答なさいます。扉が開かれますと、部屋の中に白衣を着た男性が数人ほど入ってきました。うち一人は布製の担架を持っていらっしゃいます。
「時間だな。続きは診察と治療が終わってからにしよう。何よりこの子の心と身体が心配だ」
全面的に同意いたします。茜さんは静かにお眠りなさっているわけではないのです。気を失ったまま目を覚まさない、と言った方が正確でしょう。
総統さんはまたもや茜さんをお姫様抱っこなさいました。広げられた運搬布の上にそっと寝かせられます。彼女の顔にかかった前髪を優しく掻き上げなさる様子がこの瞳に映り込みます。
えっと、どうしてでしょう。
心の奥底がモヤモヤいたしますの。
「俺も同行しよう。ブルー。歩けるか」
「え、ええ。座ってだいぶ楽になりましたから」
差し伸べられた彼の手を取って立ち上がります。疲労の蓄積感こそ変わりませんが、歩行自体には問題はなさそうです。今後に激しい戦闘を行うわけではないのですから、多少痛くても我慢できますの。よろめきもフラつきもお構いなしです。遅かろうと壁伝いに歩きますの。
「ブルー。強がりは良くないぞ。見た感じ、生まれたての子鹿にも負けそうな足腰具合だ」
「ひゃっ」
そのまま腕を引かれ、腰に手を回されて抱え上げられてしまいます。もう一度総統さんの胸の前に逆戻りですの。軽々と持ち上げられてしまいましたの。つまりはお姫様抱っこ再びなんですの。
両手両足を封じられてしまっては抵抗などできるわけがございません。ここは素直に彼の腕に身を任せます。
「うぅ……こんなはずでは」
口から零れ出た言葉とは裏腹に、私はくすりと微笑んでしまいました。
うーむ。なんだか空回りしてしまいますわね。
自分の心に戸惑う私を嘲笑うかのように、首元のチョーカーのハート飾りがチリンと揺れました。この感触に慣れるまでもう少し時間が掛かりそうです。
先導するタンカー隊の後を追うように、総統さんwith私も司令室を後にいたします。