身体がっ、勝手に跳ねちゃうのっ……
時は少しだけ流れまして。
ただいま私と茜は湯船にゆったりと腰を下ろしております。
「……はぁぁ……極楽極楽、ですわねぇ」
「美麗ちゃん。なんだかオジサンみたいだよ」
「な、失礼ですわね。そう言う茜こそ、波間でちゃぷちゃぷお子ちゃまみたいですの」
「へへーんだ。総統がそのままでいいって言ってるんだから、私はこれでイイんだもーん」
ドヤ顔で胸を張っていらっしゃるようですが、その姿は立ち込める湯気ではっきりとは見えません。
ああ、ちがいましたの。
湯気ではなく張るほどの胸がないからですね、このナイスバディな私とは違って。
凝った首元を揉み込みつつ、体をぐんと伸ばします。
この大浴場は「大」と名のつくだけはあって、様々な湯船が存在しております。泡風呂、電気風呂はもちろん、露天(風)風呂、壺湯、寝湯、発汗サウナ、炭酸泉などなど、他にも魚型怪人さん用の広めの水風呂なんかも用意されておりますの。
今は浴室内中央に設置された目玉の百人風呂に浸かっているのです。
確かに広めのお風呂ではありますがせいぜい30人かそこらが定員でしょうね。
聞いたところによれば某野県にある千人風呂がモチーフとのことらしいのです。
あちらはホントにロマンの溢れる大きさですわね。
何事も大きいことはいいことなのです。
雑誌の切り抜きでしか見たことありませんけれども。
身体が伸ばせるのはよいことですが、全身浸かってのぼせてしまう前に次へまいりましょうか。
何もお風呂はここだけではありませんし、今日はゆっくりじっくりと巡り巡ってみるつもりです。
いつもは入浴の途中からむせかえるような雄風呂サウナの中に入らされたり、私の中に殿方の殿方がずっぽし浸かってしまうような展開が多いですからね。
それはそれでまた一興なのですけれども。
さぁてお次はどこにいたしましょう。
「茜はまだここに入ってますの?」
「ううん、美麗ちゃんが出るなら一緒に着いてくよー?」
うふふ。良い子ですの。
まるで人懐っこい子犬みたいですわね。
行為の時は盛った牝猫になりますのに。もちろん決して貶してなどおりませんわ。私だってなってしまいますもの。
ふぅむ、そうですわね。次は電気ウナギ怪人さん監修の大人気スポットの電気風呂でも試してみましょうか。
肩こり腰痛には抜群らしいですし、この寝違えた首にだって絶妙な効果を期待できるはずです。
「……電気風呂って、何だかとても背徳的な気分になってしまいますわよね。身体が勝手に動いてしまうあの感じとか、内側からビリビリと刺激される特有のもどかしさとか……。もう少し出力上げられないのかしら」
「ん? 何か言った?」
「いえ、なんでもありませんわ」
こちらはあくまでただのお風呂ですし、拷問用の電気椅子ではないのですからそこまでの効力は用意されておりませんか。
残念ですの。今度上層の拷問室へ遊びに行きましょう。
空いていたら機材のメンテナンスがてら使わせてもらえるでしょうし。実験にもお付き合いいたしますしっ。
さて、早速ですが電気風呂に到着しました。
こちらは半身浴の坐湯タイプですわね。
ぬるめのお湯でいつまでも浸かっていられそうですが、長時間の入浴は避けたほうがいいとも聞いたことがありますの。
お湯に浸かった途端、中に設置された金属板から感じるこの感覚。
「あ゛ぁぁあぁあー……っ、これはっ……、ダイレクトにっ、コリコリに効きますわぁ一っ……」
さすがは電気風呂、普段使わない筋肉まで満遍なく刺激される感じがもうたまりません。
足の先っちょから頭の天辺まで、定期的に来る微弱な電気信号に心底痺れてしまうのです。
思わず熱のこもった吐息が漏れ出てしまいます。
強張ったり弛緩したりの繰り返しや、まるで擬似的に叩いたり揉んだりするような区間があったりと、いつまで経っても飽きそうにありませんの。
是非とも自室に備え付けたいくらいですわ。
今度総統さんに相談してみようかしら。
「あははぁ一っ、ほら見て見て美麗ちゃん、身体がっ、勝手に跳ねちゃうのっ……」
向かいに腰掛ける茜もそれなりに楽しんでいるようです。
流れる電気の信号に勝手に足の筋肉が反応してしまうのか、いつも以上にお股を艶かしく開閉させておりますの。
この光景を怪人さんが見たら速攻ビン勃ちの即入れでしょうね。
「はしっ……たないからぁあー、やめなさっ、いぃいいいー」
「ぷわははは、美麗ちゃんったら変な声ー……んっ……」
だって仕方がないじゃないではありませんの。
体の芯から刺激されておりますのよ私だって。
名残惜しいですが、このままでは電気風呂だけで無限に時間が経ってしまいそうな気もいたしますので、完全に病みつきになってしまう前に次に移動いたしましょうか。
この間にどなたかがいらっしゃって邪魔されたくもないですし。
「あっ……はぁん……次ぃ、露天っ、でもっ、いきます?」
「いっくー!」
むふふふ。声だけ聞かせたら余計に勘違いさせてしまいそうですわよね。情に訴えかけるの、私得意なんですの。
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――
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以前にも触れたかどうかは定かではないですが、基本的にこのアジトは地下に存在しておりますの。
ゆえにこの状況では天を拝むなど不可能に近いのですが、そこは圧倒的な技術力がウリの秘密結社、超科学の力によって露天が擬似的に再現されているのです。
この〝露天風〟風呂は、壁面と天井に超精密で高発色な防水液晶スクリーンが張り巡らされており、時間帯によって映し出される光景が変わる仕様となっております。
ときには南国のトロピカルな楽園風、時間が変われば雪山の寒景色にも、はたまた広大な砂漠の熱射の中などなど、ありとあらゆる風景イメージが用意されているんですの。
他にもその地域特有の香りを空間に漂わせたり、実際に気圧や湿度もコントロールすることで、まるで本当にその場にいるかのような心地にさせてくれるのです。
大浴場の中でも大きな話題性のあるスポットになっておりますの。私もかなりの高頻度に利用させていただいております。
「なるほど、今日は高原から見る満点の星空ですか。なかなかロマンチックな光景ですわね」
少しばかりオーソドックスな内容ですが、リラックスには丁度良さげでしょう。
暗めの照明とちょっと涼しげな空気がより外感を演出していて心地がいいですわね。お湯も熱めの設定で、身体の芯から温まれそうなのです。
頭上に散りばめられた瞬く星々。
まるで空に包み込まれてしまったかのような錯覚。
プラネタリウムよりももっと鮮明かつリアルな星空にうっとりしてしまいますね。この首で見上げるのは少ししんどいですが、起きた当初に比べたらだいぶ解れてくださったようです。
はぁー、それにしても極楽、極楽ですの。
血行の巡りが良くなって、老廃物にもサヨナラして、体の内側からも外側からも浄化されてしまいそうです。
終始リラックスに浸る私でしたが、対してお隣に腰掛ける茜は少し浮かない顔をしていらっしゃるようです。
「どうかしましたの? のぼせました?」
なかなか良い温度ですからね。
お子ちゃまには耐えられませんでしたか?
「……ううん。……なんだかさ、こういう星景色を見てるとさ。私、頭が痛くなってきちゃうんだよね」
「あら、どうしてですの? こんなにもキレイですのに」
今にも吸い込まれそうな一面の星空ですのよ。
たとえこれが偽りのモノだと知っていても、そのリアルさを知っているがゆえに、これでも充分に満足できる内容だと断言できますの。
綺麗な景色は心を豊かにしてくださいます。
こんな生活の中でも、こういうリラックスの場は大事なんですの。
ほら、アナタも分かりますでしょう?
身体自体の負荷軽減や行為中の快楽だけが私たちの精神安定剤ではないんですもの。
しかしながら、相変わらず茜はむーんと少しだけ困ったかのような顔ぶりで、続きの言葉をお紡ぎなさいます。
「えっとさ。ほら、なんていうのかなー。デジャヴっていうのかな。この光景をきっと私は観たことがあるのに、記憶の中にはそれが見つからなくて、全然思い出せそうにもなくて。
それでずっとずっと頭の中が空回りし続けちゃってるんだよね。ぐにゃぐにゃーっ、モヤモヤモヤーってさ。
……この感覚、美麗ちゃん、分かってくれる?」
「あっ……なるほど……」
茜には、封印された記憶の、向こう側が垣間見えてしまっているんですのね。そう、でしたか。それで……。
「さぁ……どうでしょうね。私これでも記憶力はいい方でして。少しでも覚えがあればきっと思い出してしまうでしょうから。残念ですが共感してあげられませんの」
「そっかぁ、やっぱそうだよねぇー」
ブクブクブク、と口を水面に付け、泡立てております。
腑に落ちてないご様子でしたが、自分の中でも折り合いを付けられたのでございましょう。
複雑に絡み合った茜の、頭の中では。
この作り物の星空に、深く隠蔽されたはずの記憶が反応してしまっているのでしょうか。
「どこかで見たことがあるだけかもしれませんよ。案外適当な雑誌とか、そんな些細なもので」
「うーん。そうだといいんだけどなぁ……」
私の言葉に、茜はまた偽物の星空を見つめ直し、小さな苦笑いを浮かべていらっしゃいました。
――茜には大変申し訳ないのですけれども。
私は鮮明に覚えておりますの。
かつて貴女と見た、あの満天の星空を。
ですが私はこの言葉をぐっと飲み込みます。
言っても彼女を混乱させてしまうだけでしょうし、
今の茜には思い出すことはできませんし。
きっとその記憶は、心の奥底にある、何重にもロックされた金庫の中に閉じ込められてしまっております。
楽しかった思い出も、辛くて苦しい記憶も、その全部を引っくるめて、厳重に鍵をかけて封印してあるのです。
「……茜。そろそろ出ましょうか」
「そうだね。次はどうする?」
茜が小首を傾げなさいます。
「でしたら、サウナはいかがでしょう」
「ええー、暑いの嫌だよ」
「それでは水風呂で」
「ねぇ、極端すぎじゃない?」
「冗談ですの。ではやっぱりサウナで」
「うええー……」
うふふ、ご安心くださいな。
そもそも貴女に拒否権などございませんから。
この私がたっくさん楽しませて差し上げましてよ。
お風呂回で唐突なシリアス風味って
結構しんどいところあるよね。
第二章にて色々と回収いたしますの。