洗脳装置
ふぅむ、行動がいちいちワイルド過ぎますの……!
直上にどなたも居らっしゃらなかったから良かったものを、一歩間違えれば大事故間違い無しな所業です。
いや、もしかしたら彼のことですから、充分に考慮した上で飛び上がりなさったのかもしれません。ですがそれにしたって一言くらいお伝えいただいてもよかったと思いますの。
ボロボロの体と心ではただでさえ処理しきれておりませんのです。ぷんぷんですの。
「まぁそうカッカするなよ。エレベーター使ってる時間も勿体無いしな。どうせここは敵地のど真ん中なんだ。今更コソコソしたところであんまり変わらないし」
「それは! そうですけれど!」
今更警備員を呼ばれたところでこの方を捕らえられる人などいらっしゃらないでしょうが、もっとこう、か弱い乙女を両腕に抱えていらっしゃるのです。もう少し繊細な行動を、ですわね……。
とも思ったのですが、正直ハッと驚いたことがございます。
上から瓦礫なり医療器具なりがこの身に降り掛かってくるかとも思いましたが、一向にその気配がないのです。
大変悔しいのですが、総統さんが体を盾にして守ってくださってますの。それどころか私に塵一つ被らせることなく綺麗に運んでくださってますの。
少しの揺れさえも感じさせないのです。
高級なマッサージチェアよりも収まりがよく、またファーストクラスの飛行機の座席よりも静かで快適な移動なのでございます。
……まったく末恐ろしい限りですの。
「ほら、そろそろ着くぞ」
彼の言葉に首を上げてみます。この目に一面の白世界が飛び込んでまいりました。ここは茜さんの病室の前です。
ああ。エレベーターの手前の床にポッカリと大穴を開けてしまいましたの。修繕にどれほどの時間が掛かることでしょうか。考えるだけ気が遠くなってしまいそうです。
いえ、今はそんなことはどうでもよろしいのです。茜さんの方が十倍も二十倍も大切ですの。
急いで総統さんに下ろしていただいて、病室のガラス窓の方に駆け寄ります。
ふぅ、よかったですの。
結構大きな振動を与えてしまったと思いましたが、茜さんの病室には何の被害もなさそうです。
ベッドに横たわる茜さんを瞳に映します。とても落ち着いた様子で胸を小さく上下させておりますの。
ただ、一つ気になることがございます。
「……なんですの、アレ」
この前訪れたときは無かった器具が増えているのです。体に繋がれた点滴の管に加えて、何やら頭にヘルメットのようなモノを被せられておりますの。取り付けられたランプがチカチカと怪しげな光を放っているのです。
第六感があれは良くないものだと告げております。言い表しようのない疑念に包み込まれようとしていた、丁度そのときでございました。
「――美麗? そこに居るのは美麗プニか?」
「あっ……」
赤いモチモチがベッド脇の器材の上にいらっしゃいました。目が合うや否や、二、三回ほど小さなジャンプを繰り返して、私のいるガラス窓の近くに寄ってきてくださいます。
「お前どうしたプニ!? 血だらけじゃないかプニ! ポヨからの通信が途絶えたから心配していたプニよ。怪人にやられたプニか!?」
窓に体を張り付けるようにして心配してくださいます。
この裏表のなさそうな様子、真面目で真剣そうな表情。もしかして。
「……アナタ、何も聞いていらっしゃいませんの?」
「うん? 何の話だプニ? このところは茜の面倒で本当に手一杯だったプニからね。連絡もほとんど処理しきれていないのプニ。
このままじゃ本部に怒られてしまうプニよ。えっと……ちょっと待つプニ……今メールを確認するプニから」
「いえ、大丈夫ですの。後回しでいいですの。そのままでいてくださいまし」
よかった。アナタは何も知らなかったのですね。この件には噛んでいらっしゃらなかったのですね……っ!
このタイミングでポーカーフェイスを貫けるほど、赤い変身装置は器用な性格ではないのです。
アナタが何も知らないということは、茜さんにまではさっきのヒーローたちの被害は及んでいないと判断していいはずですの。
ですが、そうなりますとこの違和感は何なんですの……? やっぱりあのヘルメットが気になりますの。本当にただの医療機器の一つに過ぎないのでしょうか?
残念ながら今の私には判断できそうにありません。聞いてみた方が早いまでありますでしょう。
「ねぇプニ。あの茜さんが付けてる被り物。アレ、何ですの?」
「ああ、この前本部のスタッフが付けていった器具プニよ。精神を鎮める効果があるとかなんとかプニ。確かに効果は出てるプニね。最近はだいぶ発作の数が減ってきたプニから」
「そう、ですか。ならよいのですけど……」
どうしてでしょうか。彼の言葉とは裏腹に、
この胸の不安感は全くといっていいほど解消してくださいません。今もなおドクドクと警笛を鳴らし続けているのです。
私自らがヘルメットを外そうと手を伸ばしてみても、その手前のガラス窓に阻まれてしまいます。指先には冷たい感触しか返ってきません。
「ブルー。お前、何となくでも気付いてるよな」
ふと総統さんが後ろから私の肩を叩きました。その顔を見上げてみると、いつになく険しい表情をしていらっしゃいます。ヒーロー二人と対峙していたときよりもよほど真剣そうな眼差しですの。
彼の見つめる先は私と同じ、茜さんの頭部に取り付けられた得体の知れないヘルメットです。
「ウチでも似たようなモンは使ってる。少なくともアレは……ただの医療行為に使っていいような代物じゃない」
彼の言葉に、ごくりと息を呑み込みます。
「あのヘルメットは〝洗脳装置〟だ。それも頭ん中を直接書き換える、かなり荒っぽい種類のヤツだよ。このまんまだと綺麗さっぱり脳みそ調整させられて、終いには今までの記憶丸ごと壊されちまうぞ」
「なんですって!?」
以前茜さんがうなされていた時のことを思い出します。今の私と同じように、彼女もまたこれ以上戦いたくないと憂い嘆いていたはずなのです。
そのことを良しと思わない連合の人間が、彼女を〝矯正〟する為に、連合側の都合がいいように洗脳を施そうとしている可能性もございます。
綺麗さっぱりに洗われて……私との大切な思い出を消させるわけにはいきませんの。それだけは断固拒否ですの!
「ちょちょっと待つプニよ美麗ッ!? 何だその話プニ! それにその男……! どうして怪人の側に居た男と一緒に居るプニか!? 本当に何があったのプニ!? 話してくれないと何も分からんプニよッ!?」
「えっとこれはその……ああもう! 何からどのように説明すればいいんですの!?」
いきなりいろんな選択肢を与えられても整理しきれませんのっ!
プニも総統さんも、私から見たらどちらも嘘は付いていないように思えます。となれば今取れる選択肢はただ一つ、一刻も早く茜さんの心と身体を最優先することですの。プニへの説明はそれからでも遅くはないはずです。
とはいってもこの厚いガラス窓に阻まれてしまっては私にはどうすることもできません。見渡してみてもこちら側にドアは見当たりませんし。プニに取り外しを促したとしても、彼の小さくて柔らかな体ではどうすることもできないでしょうし……。
ぐぬぬぬ、もっと私に力があれば。こんな乙女のか弱い力ではなくて、ずっと強大で絶大な力があれば、ですの。
魔法少女の力を手放した私には到底無理なお話でございましょうが……。拳を握ろうにも、血が滲んだ手の平に痛みが走ってしまうだけなのです。
あたふたしておりましたところ。
「ここに居るだろ。適材適所な人材がさ」
あ、そうでしたわ。おりましたの。ちょうどいい感じの破壊神様が。ついさっき天井と床をぶち破っていたばかりの、圧倒的で絶対的な力の持ち主が。
この人にかかればこんなガラス窓……ッ!