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本当に全てを放棄してしまう前に

 



 そこから先は一方的な戦闘が繰り広げられました。もちろん総統さん側が優勢です。というより負けるどころか苦戦する様子さえ一切感じられないのです。


 今の私では彼らの戦闘は早すぎて目で追うことができません。しかし、時折見える残像で総統さんの猛撃具合を察することができました。

 一撃一撃の重さ然り、手数の多さ然り、そのスピード然り、一人で何人分の戦闘力があるのでしょうか。圧倒的、という言葉が可愛く思えてしまうくらいです。


 飛車角金銀桂馬を抜いたハンデ戦でも余裕で勝利してしまいそうな強さなのです。もはやこれは絶対的と言い表す他にありません。



 彼と戦っているのが自分ではなくてよかった……と安堵してしまったくらいですの。


 ヒーローの二人が床に這いつくばるまで、そう長い時間はかかりませんでした。



「ほい、一丁あがり、と」

 

 少しも息の乱れも感じさせることもなく、パッパと手を払われます。けろっとした顔でこちらに微笑みかけてきました。


 お相手が茜さんであればハイタッチの一つや二つ交わしてもよいのですが、いかんせん恐れ多く感じてしまい、身体を硬直させてしまうばかりです。


「……本当、とんでもないですの」


 感嘆が溢れて言葉になってしまいました。


 ピクリとも動かないヒーローたちの背中を見つめながら、もう一度ほっと一息吐きます。安堵もよいのですが、この力が私に向けられていなかっただけ幸せとも思うべきですわね。


 

 二人にはかなりのダメージを与えたとは思うのですが、おそらく彼らはまだ死んでしまったわけではないのでしょう。微かにですが息遣いや気配を感じることができます。


「あの、トドメは刺さないんですの?」


 この人たちは殺してやりたいくらい憎いお相手なのです。総統さんに許可をいただけるのであれば、相応の恨みを込めて私自身の手で息の根を止めて差し上げてもよいくらいです。今更、追加で一人や二人くらい……。



 私の顔を一目見ると、総統さんは静かにその手をこちらに向けて、止めろとの意を示しました。


「殺すのは簡単だ。……お前の気持ちも痛いほど分かるよ。けどな」


 彼は静かに言葉を続けます。


「コイツらにここで死なれちまうと、その分誰かがその街を管理しなければならなくなる。減った分だけお前のような思いをする奴が増えるってわけだ。それはお前も本意じゃないだろう」


「……ええ。その通りですの」


 私と同じような、茜さんと同じような苦しみを味わう方が増えてしまうのだと。そういうことですのね。大丈夫ですの。理解できてますの。


「そんで申し訳ないが、全区域をまとめて面倒見れるほど、俺らの組織もそんなに暇ではなくてな。

細々とした事ならコイツら(ヒーロー連合)にぶん投げておいた方が何かと都合がいいんだ。

悪党側にも色々居るんだよ。身の程を弁えてる聡い連中も居れば、ホントに見境のなく色んな所に手を出す連中もな。コイツら(ヒーロー連合)には、そういう面倒な連中の相手をしてもらわんと」


 結局は利用されてしまうのはどこの誰でも同じ、ということですのね。私が今まで中途半端に正義を信じ込んで良いように使われていたように、彼らもまた、賢い誰かに利用されていただけに過ぎないのかもしれません。


 彼らだって元はそういった上層部から命令されて一時的に派遣されてきただけの、ただの別地域の一ヒーローに過ぎないはずなのです。

 彼らにとってはこれは単なる仕事の一つだったかもしれません。


 もちろん同情はいたしませんの。それでも憐みを感じるくらいは許してもらえるはずです。


 

「ま、要するに雑魚の相手は雑魚で充分、馬鹿とハサミは使いようってことさ。今は理解できないかもしれないが……ここは目を瞑ってくれから嬉しい」


「いえ、大丈夫ですの。分かりましたの。でも……」


「でも?」


 一つ、思ったことがありますの。


「私が居なくなったら……私の住んでいたあの街は、どうなってしまうのですか?」


 茜さんだっていつ目を覚まされるか分かりません。それどころか、お目覚めになった後だってこれ以上一度たりとて戦ってほしくありませんの。今まさに身体も心も限界にまで至っていらっしゃるのです。治った直後にまた壊しに行っては、可哀想で仕方ありませんもの。



「そこは安心してくれ。いい意味で、あの街には利用価値がある。俺ら結社の管轄内に加えておくよ。今後は他の組織もそこまで大きな顔は出来なくなるはずだ」


「なら、一安心ですの」


 私も茜さんも何もしなくてもよいのなら、それに越した事はございませんの。


 あ、でもヒーロー連合の管轄下から悪の秘密組織の管轄下に変わるのって、色々と問題起きてしまったりしませんの? やたら犯罪やら拉致が増えたりだとか、治安の悪化に活気のあった商店街がシャッター街に変わってしまったりだとか……。


 私がとやかく言ったところで何も変わらないのは分かっておりますけど……ここは総統さんを信じてみる他ありませんわね。どこかの知らない誰かに任せるよりはまだいいですの。保証などはどこにもございませんが。この人を信じてみる他に選択肢はないのです。



 ええ、諸々理解しましたわ。腑にも落ちてますの。納得のご回答をどうもありがとうございますの。



「で、この後どうする? つっても問答無用にウチに来てもらうんだけどさ。多分お前、すぐにでも連合側から指名手配されちまうだろうし。一応先に言っとくが当面の間は外出も禁止になるぞ」


「それは構いませんの。元より私の帰る場所は無くなってしまったのですし。ただ……」


 次にこの地に戻って来られるのがいつになるかは分かりません。もう二度と戻って来ないかもしれません。今から行く先が案外居心地が良くて、一生外に出たくなくなってしまう可能性だってゼロではないのです。


「ただ?」


「貴方の所にお邪魔させていただく前に、ちょっとだけ寄り道を、二箇所ほど」



――だから、本当に全てを放棄してしまう前に。



「茜さんの病室と、我が家に。よろしくて?」


 少しくらい未練を抱えさせてくださまし。



「ああ。それくらいならお安い御用さ」


 総統さんが手を差し伸べてくださいます。

 恐る恐るそれに触れてみます。


 ……優しく握り返してくださいました。



 総統さんが差し伸べてくださったその手は、少しゴツゴツしていて、なんだかとっても逞しくて、何よりも温かく感じてしまいます。私がしばらく忘れていた人の温もりです。安心感が直接流れ込んでくるのです。


 いつのまにか彼への恐怖心と警戒心はすっかり影を潜めて消え失せてしまっておりました。彼の曇りのない笑顔がより強くそう思わせるのかもしれません。


 彼に騙されているのだという疑いの目は、少しも浮かんではきませんでした。きっとこの感覚は間違いないですの。正真正銘のものですの。断言できますの。



「それじゃ、いよっと」


「はわわわっ!? いきなり持ち上げっ」


 つい一思いに耽ってしまっておりましたが、そんなのも束の間に、私は彼に軽く抱き抱えられてしまいました。

 背中と膝裏にそれぞれ手を回して支え上げるこの体勢、たしかお姫様抱っことかいう体勢ですわよね……! 以前に学校の女生徒さん方が話していたことがありますの……! 


 茜さんにならまだしも、殿方にされてしまうとはとんでもなく恥ずかしい気持ちでいっぱいになりますの……っ!


 ですが今更下ろしてくださいましとも言えるはずがございません。赤面を隠そうにも、体を安定させるために腕を離すわけにもいきません。このドキドキを隠す術がありませんの。



「それじゃまずは病室だな? 確かこの真上に位置していたはず……。時間も惜しいしこのまんま行くか」


「ふぅむ? それってどういう――」



 私が全てを言い切る前に、彼は床を蹴って勢いよくジャンプなさいました。まるで重力が二倍にも三倍にも感じてしまうほどのスピードです。天井だって簡単に突き破ってしまうほどの勢いでしょう。


 あ、もしかしてコレって。


 私の思考が早いか、本当に壁や天井をぶち破るのが早いか、それ自体はさほど大きな問題ではありませんでした。


 確信いたします。絶対天井を突き破る感じの行動ですの。頭上から、今まさにベキベキバキバキという鉄筋のひしゃげる音が聞こえてまいります。

 

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