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藁にも蜘蛛の糸にも平気で縋り付きますの

 

「「誰だ!?」」


 突然、目の前のヒーロー二人が狼狽え始めました。


 彼らが声を上げた理由もすぐに分かります。心の底から震え上がるような、身の毛もよだつような、そんな絶対的な恐怖が一瞬でこの場を支配したのでございます。



 ……いえ、以前はもっと明確に恐怖や殺気を感じ取ることが出来ていたのかもしれません。けれども魔法少女の力を完全に失った今の私には……この感覚は何となくでしか分かりませんの。殺気の大小までは感知できないのです。


 急にひりついた空気感と対面するヒーロー二人の険しい表情に、たった今感じた寒気が殺気であり恐怖なのだと判断いたしました。間違ってはおりませんでしょう。


 

 もはや眼前のヒーローたちは私のことを見てもおりませんでした。突然現れた脅威に頭がいっぱいなのでしょう。彼らの見つめている先を、私も体ごと振り向いて確かめてみます。


 エレベーターの中からその声は聞こえてきました。横開きの扉がゆっくりと開かれていきます。


 中に立っていらっしゃったのは……二人の男性でした。お一人はつい先ほどお会いした方ですの。

 


「ケケケ。また会ったなプリズムブルー。俺ァこうして堂々と登場するってのはあんまり好きじゃネェんだけどなあ。ほら、こちとら潜入と諜報が専門なモンでさ。ま、閣下が言うから仕方なくって感じなんだけどよぉ」


 カメレオン怪人さんです。

 まるで気の置けない友達に話しかけるかのように流々と話しかけてきます。何故だか夕方に会った時に感じた不安感は浮かんできません。私が魔法少女の姿をしていないからでしょうか。



「カメレオン。つべこべ言ってないでとにかく急いでくれ。まだ間に合うかもしれん」


 そのお隣に立っていらした人物も、私が過去にお会いしたことがあるお人でした。


 真っ白な軍服、軍帽に、軍靴。

 荒々しさを感じるはずなのに、どこか紳士的な雰囲気を感じさせる不思議なオーラ。


 カメレオン怪人から〝総統閣下〟と呼ばれていた男性でした。私も茜さんも、実力の違いに威圧されて一歩も動くことのできなかった相手です。


 幸か不幸か。今はわりと自由に動けますの。


 私が今もヒーロー連合側の人間であったのならば、彼らの襲来に恐れ慄きたじろいだかもしれません。


 しかし、全ての責を放り捨てた私には別段気にしませんの。今の敵に集中するだけですの。


 それよりも今このタイミングでの彼らの登場が不思議に思えてなりません。恐怖よりも先に困惑の方が思考の前面に表れてしまっているのです。


「どうして、あなた方が……!?」


「すまないが話は後にしてくれ。君がその女性とサヨナラしたくないと思っているならな。

んじゃ、カメレオン。ここからは二手に別れよう。そっちは頼んだぞ」


「へいへい、頼まれました。まぁ任せてくださいヤし。とっくの昔に医療班にも連絡済みでさぁ。この俺様が直々にアジトへひとっ担ぎしてやるから安心してくだせぇ」



 全く状況が理解できませんの。はてなマークを頭の上に浮かべる私を他所に、彼らはこちら側に歩みを進めてきます。


 白い軍服姿の男性は微笑みながら私の横を通り過ぎていきます。そうして私とヒーロー二人のちょうど中間の位置で立ち止まられました。


 何故だかその背中がとても大きくて優しげなモノに見えてしまいました。まるで絶対的な恐怖が私を包み込んで守ってくださっているかのようです。(ヒーロー)に対して立ち塞がってくださっているような印象を受けますの。


 

 もう一方のカメレオン怪人は私の正面で立ち止まられました。私を見て、とても迷惑そうな顔をしていらっしゃいます。


 ……私というより私の後ろを気にされているようですの。



「悪ィがそこ退いてくれるか。ソイツ持ち上げンのにちぃとばかし邪魔なんだわ」


 どうやら床に横たわるメイドさんの方に用があるみたいですの。


「メイドさんをどうなさる気ですの!?」


 貴方のご助言でこの場に辿り着けたこと、一応は感謝しておりますの。けれど、メイドさんの安らかな眠りを邪魔されるようであれば容赦はいたしませんわ。


 敵意を込めて睨み付け、そして身構えます。



 しかし私の素振りを見て、彼はとにかく大きなため息を吐きました。まるで心底呆れたかのような表情をなさいます。



「そう心配すんなや。こんな状況でその女を煮て焼いて炒めて食ってやるとか言うと思うか? 安心しろ。コイツ、まだ死んでネェよ。まぁ間違いなく虫の息だろうがな。俺等が何とかしてやるからそこを退いてくれって言ってんだ」


「なっ……ホントですの!? メイドさんがっ!?」


「おいおい。こんなタイミングでお前を騙すメリットがあるとでも?

言っとくが死にそうなことには間違いネェんだ。ぼやぼやしてるとホントに手遅れになんぞ? それでもいいのか?」


「それは……絶対嫌ですの……けど、いきなり言われてそう簡単に信じられるとは……でも、メイドさんが……死んでない……まだ……諦めなくても……」



 正直、このまま鵜呑みにしていいものか、疑いがないかと聞かれたら嘘になります。それに彼は怪人です。悪の秘密結社の一員なのです。発言の不安は到底拭い切れるものではございません。


 しかし、一度は捨てた望みに唐突に光が差してしまった今、まさに藁にも縋りたい気持ちになってしまったことは間違いありませんの。


 たとえこれが罠だとしても。裏のある甘言だったとしても。孤立孤軍の私にいきなり差し伸べられた救いの言葉に、今は乗っかるより他に選択肢はない気がいたしました。



「……貴方のこと、完全に信じたわけではありませんの。けれど、この手で一度は諦めた命ですの。まだ彼女に未来が残されていると仰るのなら……私の手の届かないところに一縷の望みが残されているのなら……私は藁にも蜘蛛の糸にも平気で縋り付きますの。

どうか、メイドさんをお助けくださいまし。私にはできませんでした。一生のお願いですの。この通りですの」



 恥も見栄もかなぐり捨てて、私は今までで一番深々と頭を下げました。



「おう。先に言っとくが絶対助かるっつー保証はネェ。だから叱咤も激励もしてやるつもりもネェ。けどさ、総統閣下が直々に助けてやれと言ったんだわ。そう言われちゃあ俺たち怪人は全力で何とかすんのが仕事なんだわな。快く任されてやンよ。んじゃ、落ち着いたらまた会おうゼ」


 軽快にそう仰ると、カメレオン怪人は床に横たわるメイドさんを軽々と肩に担ぎ上げました。小走り気味にエレベーターの中へ消えていきます。



「カメレオン! よろしく頼むぞ!」


 一切の振り向きも見せず、総統閣下と呼ばれた白軍服の男性が声を掛けます。


「そちらこそッ。閣下も下手なヘマはせんように! ですぜェ!」


 お互い見向きもいたしません。しかし二人とも互いのことを信頼し合っているからこそ出来る応答のようにも感じられました。


 かつての茜さんと私のやりとりのような……そんな彼らの様子を見て、少しだけ心が明るくなった気がいたします。



「……ふん。アイツも言うようになったな。まぁいい。次は俺の番だな」


 私の前方からは心底嬉しそうな呟きが聞こえてきました。

 

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