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これ以上、魔法少女を続けたくない

 

 

「……うふ、ふ、ふふふふふふ……」


「美麗? どうしたポヨ?」


 不安そうにポヨが発光いたします。


 しかし、心配する彼を他所に、私の身体を包む衣装の端が少しずつ綻び始めてしまいました。薄くじわりじわりと燃え広がるかのように、その範囲が徐々に大きくなっていきます。


 以前にも同じようなことが起きました。あのときは確かステッキでしたっけ。トマト怪人との戦闘の際、感情が暴走してしまい、精神的に不安定になりました。そのまま実体化を保てずに、自然消滅させてしまいましたの。


 事の原因は分かっております。

 適合率の低下です。



「うふ……うふふ……あ、ああ……」


「美麗! ダメポヨ! そうじゃないポヨ!」



 前回は無意識によるものでした。

 けれども今回は自分でも気付いているのです。


 一度自覚をしてしまえば、そしてそれを止める気が既にないのであれば、それはもう意図的であるのと同義なのです。


 魔法少女でありたくない、という気持ちが適合率にダイレクトに反映されているのです。



 今日ここで彼らに対峙し始めた時、上手い具合に適合率が上がらないのは、装置との連携がうまく取れていないからだと思っておりました。


 けれども本当は違いました。ポヨだけではなく、私自身の問題でもあったのです。私自身がこれ以上彼とは心を通わせたくないと思ってしまっていたから、魔法少女にはなりたくなかったからなのです。


 〝これ以上、魔法少女を続けたくない〟


 ただその思い一つのせいだったのです。


 本来ならばこの思いこそ一番抱いてはいけないものなのでしょう。しかしリミッターの壊れてしまった今では、極端なまでに負の感情がループしてしまい、どんどんと消極的な気持ちが増幅してしまいます。


 様々な不安や憤りや悲哀が相乗し合い、明確な嫌悪感そのものにまで昇華してしまいます、もはや自分では抑えきれないほど嫌気が強くなってしまっているのです。



 泣きつける相手は、ここにはおりません。

 止めてくださる方も、ここにはおりません。

 共に分かち合える仲間も、ここにはおりませんの。


 私を優しく繋ぎ止めてくださる方は、この場には一人も存在しないのです。



「気をしっかり保つポヨ! お前までダメになったら、誰があの町を守るポヨか!?」



 ポヨが顔の前で必死に叫んでいらっしゃいますが、私の心にまでは届きません。


 あなたは、私の味方ではなかった。そう思い込んでしまえば、簡単にシャットアウトできてしまうのです。



「…………ああ……もう、遅いですの」


 自然と微笑みが溢れてしまいます。人間が全てを諦めたときに出てきてしまう、何の感情も伴わない虚無の微笑みですの。


 体感で分かってしまいます。


 未だかつてないほどに、魔法少女としての適合率が瞬く間に下がっていっているのです。



 たった今適合率が90%を下回りました。


 途端にポヨからの助力を一切感じなくなりました。軽減されていた疲労がこの身にじわりじわりと重くのし掛かってきます。


 ああ……そうでしたわね。長らく忘れておりました。私、ここのところずっと体調が悪かったんですの。目を開けているのも、座っているのもやっとなくらいです。


 倦怠感、寒気、めまい、熱っぽさ、前後の不覚、動悸、頭痛、吐き気……思い付く全ての不調が一度に襲ってまいります。

 この数日は気力だけでこの身を支えていたというのに、私はそんなことさえ忘れていて……たった今思い出すまで、それこそ精魂尽き果てるまで身体も心も酷使させていたのですか……。



 とても耐えきれるものではなく、仕方なくパタリと横たわります。固くて冷たい床が容赦なく私の体温を奪っていきますの。



 そうこうしているうちに、早くも適合率が80%を下回りました。


 床に転がっていたステッキの欠片が完全に光の粒となって消え失せていきます。


 ……それどころか、今までどうやってステッキを生成していたのか、また維持していられたのか、その感覚を思い出すことができません。

頭に霞が掛かっておりますの。脳内の回路がうまく繋がらないのです。


 ぽっかりと抜け落ちてしまったような感覚です。記憶自体にロックが掛かってしまったような、そんな気持ちの悪さを感じます。



「……ああ……今理解いたしましたわ……。こんな気持ちを……茜さんも……」


 夢の中でも唸されてしまう気持ちが分かります。私もとてもマトモではいられませんもの。溢れんばかりの嫌悪が今も絶えず襲ってきておりますの。



 やがて、適合率が70%を下回りました。


 身に纏っていた魔法少女の衣装に大きな綻びが生じ、ビリビリと縦横に引き裂かれては、塵となって宙に消えていきます。


 可愛らしかったフリルスカートも見るも無惨なボロボロの布切れと化してしまいました。

 背中に付いていたリボンも、ポトリと力無く床に落下して、真っ二つに千切れてしまいます。それぞれが光の粒となって霧散していきました。衣装が、消え失せてしまいました。



 最後に、適合率が60%を下回りました。


 もう、完全に変身状態を維持することができません。ブローチ化していたポヨが胸から放り出され、無造作に私の前方に転がります。



 変身する前の学生服姿に戻ってしまいました。


 ぐっしょりと雨に濡れたこの服が私に更なる追い討ちを掛けてきます。弱りきった私の体温を急激に奪っていくのです。既に指先の感覚がありません。寒さに唇が震えてしまいます。



「美麗! 気をしっかり持つポヨぉ! こんなところで終わりだなんて……!」



 ……装置が何かを言ってますの。

 うまく聞き取れませんわ。


 なんだかどっと疲れてしまいました。けれど……全てを諦めると、こんなにも楽になるんですのね。



「美麗! 待ってくれポヨ! 冷静になって考え直してくれポヨ! 一度契約を放棄したらもう二度と魔法少女には戻れなくなるポヨよ!? 茜にも並び立てなくなるポヨよ!?」



 ああ。うるさいですの。


 アナタの声、とっても癪に触りますの。

 今すぐお黙りくださいまし。


 聞きたくないのに、聞こえてしまいます。

 


「……ふふ……二度と、ですか。そうなったら、私が彼女を説得いたしますの。……一緒に魔法少女なんか辞めて、普通の学生に戻りましょうって。そう、お伝えいたしますの。その方が今よりずっと楽で、楽しくて、すぐに明るい未来が……」



「そんな簡単にいくわけないポヨ! それにポヨ! 今投げ出したらメイドの命だって補償できないポヨ! 美麗ッ!」


「…………ああ……メイドさん……そうでしたわね……大丈夫かしらぁ。

うふ……でも、ここは病院ですからね……お医者様にお診せして、適切な治療を施していただきませんと……。

あれぇ……? おかしいですの……足が動きませんの……。もう、ダラシがない足ですわね……それなら仕方ないですの……這ってでも……向かいませんとね……」



 足が動いてくださらないなら仕方ありませんの。這ってでもまいりましょうか。今すぐにでも……誰かの温もりが……欲しいのです。



「美麗!? しっかりするポヨ!?」



「そこ……退いてくださいまし。邪魔ですの」



 目障りですの。目に映るのも嫌ですの。


 青いカタマリを平手で払い除け、腕の力だけでメイドさんの元へと近付きます。


 床にこびりついた赤い液体のせいで、ズルズルと滑ってしまいますの……。

 もう……本当に困ってしまいますわね……。


 お掃除が、行き届いてないんですの……?


 

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