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私が魔法少女になってしまったから

 

「一人でも多くの民を救ってこそのヒーロー、優先されるべきはいつだって個よりも多だ。

それが分からねぇバカにはお灸を据えてやる必要がある。怠慢の推奨、一回や二回の話じゃねぇんだろう?」


 荒々しい様子が薄まりました。その真面目そうな瞳は静かに私を捉えております。


 ……いえ、これは私というより、私の胸に付いてるポヨに対して話しかけているようにも感じられますの。



「…………正直、目に余るほどだったポヨ」


 私の疑念に応えるかのように、胸の宝石ブローチが淡く点滅いたしました。


 この感じ、どうしても今日初めて対峙した感じには見えませんの。もっと前から密に連絡を取り合っていたような……。


 私としても気になっていたのです。私のことが目障りだったのであれば、直接私の元に襲いに来ればいいのですから。学校であれ道端であれ、彼らの実力であれば抵抗されずに攫うことなど造作もないことでしょう。


 しかし実際に狙われたのはメイドさんの方でした。目の上の瘤と思われていたのは彼女の方だということです。


 ユニコーンとフェニックスの二人がメイドさんのことを知るには、誰かがその情報を伝えなければなりません。


 メイドさんの言動や行動をあまりよく思っておらず、心のどこかでは邪魔だと思っていて……更には連合側と連絡の手段を有していた人物……!


 そんなの、一人しか残っておりませんの。



「まさか……ポヨ! アナタなんですの!? 全部アナタの仕業ですの!? 知っていて黙ってたんですのね!? メイドさんがどんな目に合うのかも、彼らがここに連れてくることも全部!」



 胸のポヨを鷲掴みいたします。



「…………だって、監視も、円滑な運営も、全部装置の役割だポヨから」


 酷く申し訳なさそうにポヨが呟きました。

 一つずつ言葉を選ぶかのように彼が続けます。


「任命された地域を守るのが変身装置の仕事ポヨ。スケジューリングに弊害がある場合……それを排するのも……任務の内ポヨ。

だけどこんなことになるとは思ってなかったポヨ! 本当ポヨ! 信じてくれポヨ!」



 信じる信じないの話ではないのです。実際にアナタが邪魔者だと思っていた事実は変わりませんの。


 この胸を支配する感情は悲しみとも悔恨とも異なっております。


 これは言わば……失望でしょうか。



「…………私たちは」


 きっと人の心が分からないアナタには、事務的で打算的なアナタには、絶対に理解できないことでしょうね。


 それでもコレだけは言わせてくださいまし。



「……私たちはただの人間ですの。機械のアナタとは違いますの。疲労が溜まれば体を壊してしまいますし、熱が出たら動けなくなってしまいます。そんなときは、ゆっくりと体を休めて、それで初めて再起できるようになるのです」



 強く、ポヨを握り締めます。



「……メイドさんはいつも私の心配をしてくださいました。冷えた体を温めてくださいました。

メイドさんの優しさがなければ、今ここに私はおりませんの。彼女が私の体を形作ってくださってますの。彼女がいなければ……私は生きていけませんの」


 茜さんと同じくらい、大事な人なのです。

 粗雑に扱っていい方ではないのです。

 絶対に居なくなってはならない存在なのです。



「……信じてくれポヨぉ……本当に本当だポヨぉ。多少傷付けられたとしても、組織への考え方を改めさせた後に……正しく治療が施す予定だったのポヨ……。

美麗が騒ぎを大きくしなければ、こんな大事には……」


「私のせいだって、言いたいんですの?」


「ぜ、全部が全部そうとは言わないポヨが……ゼロではない、とも思っているポヨ。一旦準備しに戻ろうって言ったのもそれが理由だポヨ。カメレオン怪人にたぶらかされて……気が動転してたようだから……何も言わなかったポヨが」


「……………………そう、ですか」



 ダメですの。話になりませんの。

 やっぱり根本を分かってくれませんの。


 保身の言葉が欲しいのではないのです。



 私はポヨを見ることをやめました。

 握り締めていた手も外しました。


 赦して差し上げたわけではございません。

 むしろその逆です。


 見限った、とでもいうべきでしょうか。


 叶うなら今すぐこの胸からむしり取ってやりたいくらいです。けれど、そうすることに意味はありません。



 猛烈な吐き気を呑み込みます。


 これは私の最後の理性です。

 目の前の二人の男性に向き直ります。



「……あの……先輩方……今ここで私が謝れば……メイドさんは、助けてもらえますの? 酷いことも、何もされませんの……?」


 この二人が話の通じる方だと信じて……一縷の望みに賭けて……自分の感情を押し殺して……恥を承知でお尋ねいたしますの。

 

 たとえこの感情を押し殺したとしても。

 少しでも安全な未来を選択するしか、道は残されていないのです。



「ああ。もちろんあの女はしばらくの間、連合に身柄を預けてもらうことにはなるがな。管轄下で考えを改めてもらう。それが無事に済んだら開放されるだろう」


「そう……ですか」



 最終的に、いつもこうなるんですのね。

 私が全部呑み込めば全て丸く収まるんですの。


 どんなに私が抗おうとも、運命は変わりませんの。

 小は大には勝てないのです。


 メイドさんが助かるなら……あの美しくて楽しかった日々を取り戻せるなら……こんな憤りや悔しさの一つや二つ、真っ白にして流して差し上げるのも、きっと容易いはず……で……す……。


 いつものように感情を殺して……私も機械のように……。



 私が全てを受け、入れれば……。



 そのときでした。

 私の膝を冷たい何かが濡らしたのです。


 降り注ぐ雫は次第に数を増していき、顔下のドレススカートに大きな染みを作っていきます。



「……あ、あれ……どうしてでしょう……涙が溢れてきて……止まりませんの……うふ、うふふふ……ちょっと待ってくださいね、今、止めますから。止め、止めま……」



 瞼を強く閉じてみても、目の端から止め処なく流れ落ちてしまいます。どこに溜まっていたのかも分からないほどの量なのです。


 精神の乖離というのでしょうか。


 涙を流すまいと抵抗する理性を、まるで私の体そのものが拒否しているかのように、私の心の奥底の〝正しい感情〟が、今は涙を流せと必死に訴えかけてくるのです。



 ふと、脳裏にある考えが横切りました。


 今後のことについてです。


 

 ヒーロー連合に不信を抱えたまま、今まで通りに魔法少女を続けることなど……。


――そんなの、絶対に出来るわけない、と。


 そして今もこれからも、どんなに心の中では抗ったとしても、結局は私やメイドさんは連合の言いなりになる運命しか残されていないのだと。

 

 それはおそらく、再起された茜さんも同じなのだと。



「……うっ……うぅう……ぁあぁあ……」


 一度思ってしまったことは簡単には覆せません。私の中で、私の根本を支えていた決定的な何かが崩れ落ちていくのを感じます。


 その代わりに生まれてしまいました。

 絶望という名の、感情の底なし沼が。


 力で抗うことを止めた先に待つのは、本来であれば諦めて順従することしかありません。


 心を無にできればどんなに楽なことでしょう。


 しかし、全ての物事に対する諦めは、ある意味では魔法少女としての自分の存在理由さえも容易に否定してしまうのです。


 私は、大切な人を守る為に魔法少女になりました。その為に私は絶えず戦ってまいりました。


 いつの間にか、私の気付かないうちに、魔法少女であらねばならないこと自体が枷となってしまっていたのです。

 正しい魔法少女でなければ、大切な人が傷付いてしまうことを知ってしまったのです。

 魔法少女であること自体が〝枷〟から〝苦痛〟へと変わってしまったのです。



 私が魔法少女になってしまったから。


 こんな悲しい思いをすることになったのです。

 心が苦しむハメになったのです。

 自分以外の誰かが傷付いてしまったのです。

 力の無い自分に嫌気が差したのです。



 一度自覚してしまえば、その先の欲に気が付くのは時間の問題でした。たったの一呼吸をする間に、全ての意見が簡単にまとまってしまいました。



 魔法少女の活動なんてしたくない。

 変身だって絶対にしたくない。

 現場に駆けつけたくもない。

 怪人と戦いたくない。

 自分も他人も傷付けたくない。

 もう独りにしてほしい。

 ずっと放っておいてほしい。


 ……金輪際、何一つとしてしたくない。



 一度生まれてしまった負の感情は、どんどんと増幅して抑えきれなくなってしまいます。



 理性というものが、たった今消え失せました。




「……うふふふ……ああ、ダメですの……耐えられませんの……うんざりですの……あんまりですの……全部、全部……うふ、ふふふ……」

 

 

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