アナタは何にも分かってない!
全く膝が動こうとしてくれない私を、二人の男がぐるりと取り囲みます。そして手に出現させた発光体を見せつけるかのように、私の顔の前にズイと持ってくるのです。
実物を見て実感いたします。光の具合や質感は元より、放っているオーラで丸分かりですの。
信じたくないですが間違いありません。これは私が普段使用している、つい先ほどもステッキに纏わせていた浄化の光そのものなんですの……!
けれど怪人風情がどうして浄化の光を……?
困惑が私の脳を支配いたします。
「何が何だか分からないって顔してるな。無知で無能なゲロ女に、優しい俺たちが改めて自己紹介してやろうか?」
ケラケラとイヤらしい顔で笑います。
いつもなら恥を忍ばず無様にお願いしますと平気で宣ったことでしょう。けれど、今回ばかりは腹の虫がそれを許してくださいません。意地を張って終始無言を貫きます。
そんな私の様子に痺れを切らしたのか、溜め息と共にユニコーン男が一歩後ろに下がりました。腕をビシッと斜め上に構え、何やら決めポーズをなさいます。
「俺は泣く子も黙る正義のヒーロー、人呼んで清き純白のユニコーンマン。んでもってコイツは」
「静かに燃える不死身の伝説、人呼んで真紅のフェニックスマン」
横に並んだ不死鳥男も、両手を天に向ながら姿勢良く片足立ちをなさっております。これは荒ぶる鷹のポーズというものでしょうか。どこかで小耳に挟んだことがございます。
彼らの手の上の球体が、より一層強い光を放ちました。私が纏わせたステッキよりもずっと眩い光を放っているのです。
紛れもない正義側の人員なのだと、そして私よりもずっと力の強い存在なのだと、暗に示されているような気してしまい、卑屈な思いが強くなってしまいます。
思わず舌打ちしてしまいました。
気が付かなかったことに対してではありません。こんな奴らが、私と同じ正義側の人間だということに対してです。
「さてさて魔法少女プリズムブルーさん? これでご理解いただけましたか? 虚しい勘違いもすっかりご解消なされたことでしょう?
我々は怪人ではございません。むしろ貴女と同じヒーロー連合所属の、言ってしまえば先輩や上司に値する存在なのですよ」
「…………絶対認めませんの」
「ハーッ、ホント物分かりのワリィ糞ゴミ排便女だなぁ。お前だって分かってるんだろぉ? これこそがヒーローとヒロインの何よりの証。悪を滅ぼす絶対の力。お前も使った正真正銘の浄化の光だってことがよぉ」
「…………絶対嘘っぱちですの。断じて……信じ……まっせ……んの」
だって、これを認めてしまったら、それこそ自分の存在自体を信じられなくなってしまうのです。
ヒーローとは何か。正義とは何か。魔法少女と何か。全てが疑念の渦に取り込まれてしまって、もう何も考えたくなくなってしまうのです。
もちろん既に認める認めないの話ではないことも、只の無駄な抵抗なことも重々に自覚しておりますの。
しかし、彼らの振る舞いが果たして正義の者のものだったのか、到底認めることができないのでございます。
……彼らが正義だとしたら、何が悪なのでしょうか。私とメイドさんが傷付けられたことに、いったい何の意味が……!
ここで、胸の宝石がチカチカと発光していることに気が付きます。ポヨが何か言いたそうにしておりますの。直接見る気力も失せております。首の上下だけで応答いたします。
「……美麗。今からでも遅くないポヨ。彼らに刃向かったこと、まずは謝るポヨ。今ならまだ間に合うポヨよ。話くらいは……きっと聞いてくれるはずだポヨ」
「…………アナタふざけてますの!? 何バカなこと仰ってますの!?
こんな人たちに、私の方から謝れと!? 冗談も大概にしてくださいまし! 絶対おかしいですの! そんな義理ありませんの! 死んでも御免なんですの!」
口から次々と言葉が飛び出してしまいます。感情というストッパーはだいぶ前から擦り切れて消えてしまいました。
「分かってくれポヨ。これはお前の、そしてあの町の為でもあるんだポヨ。彼らを認めたくない気持ちも分からんでもないポヨが……今駄々を捏ねたところで美麗かわ捻じ伏せられる相手ではないんだポヨ!」
「嫌ですの! 絶対お断りですの! だって! だって……!」
たとえ仮に彼らが正しかったとして。私がただ暴れていただけとしても。どこの誰に何の罪もない人を傷付けてよい権利があるというのですか。
メイドさんを傷付けたのは間違いなくコイツらなんですの。その点がある限り、私は絶対に許しませんの。
「美麗……聞くポヨ。彼らの適合率は低く見積もっても99%か、限りなく100%に近い数値だポヨ。
賢い美麗ならこの意味が分かるポヨね? 逆立ちしたって勝てっこない、彼らはプリズムブルーよりも数段は格上のベテランヒーローポヨ。亀の甲より年の功ポヨ。長い物には巻かれろポヨ。頼むから大人しく言うこと聞いてくれポヨぅ……」
「そんなこと知ったこっちゃないのです! 勝ち負けの話ではないのです! アナタは何にも分かってない! 全然分かってくださらない!」
ダメですの。もうポヨは話になりませんの。
私一人だけの力でいいですの。この手で思いっきりぶん殴ってやらなきゃ気がすみませんの!
もう意地やケジメの話なのです。
このまま引き下がってはメイドさんが居た堪れませんの。
自然と涙が溢れてしまうのはやり場のない悔しさからでしょうか。それとも突きつけられた現実に消沈してしまっているからでしょうか。
彼らを必死に睨み付けます。
「アナタ方がヒーローであるなら何故! メイドさんをあんな風に痛めつける必要が!? 彼女は関係ないですの! ただの一般人ですの!」
「ならコチラからも言わせてもらうが、関係ないはずの一般人が、どうして色々と情報を握ってやがる? 部外者が暢々と口を出していやがるんだ?
お前を誑かす問題発言の数々。その装置から何度も伝わって来てんだ。町からのSOSに答えなくていいわけがねぇだろう。お前も聞いてねぇとは言わせねぇよ。なぁ?」
「うぐっ……それは……」
確かに、メイドさんは私に行かなくてもいいと優しくお伝えしてくださいました。どこの誰とも知らない人よりも、まずは自分のことを優先するべきだと。
私のことを、そして私が守りたい人のことを第一に考えるべきだと。
正義の味方に対して言うべきセリフではなかったのかもしれません。
けれども私は間違いなくその言葉に救われておりますの。彼女は何も間違ったことは言っておりませんの。胸張ってそう断言できますの。
「さぁ答えてみろ。出動要請に応えないヒーローがどこにいる? 働かなくていい正義の味方がどこにいる? 責任放棄は何よりの重罪だ。連合には鉄の掟がある。罪には罰だ。ゆえにあの女に、先に罰を受けてもらったわけだ。その後、お前に対してもな」
ここで初めてユニコーン男が膝をついて私の顔の高さに合わせて喋り始めました。さっきまで無礼でぶっきらぼうな話し方をしていたというのに、今のはどこか柔らかで、大人な感じで、まるで聞き分けの悪い子供を諭すこのような喋り口です。
彼は落ち着いた口調で続けます。