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写本屋には変人が集う  作者: 春風由実
第五章 はたらきもの
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8.家に帰るまでがと言いましょう


 持ち帰るために紙に包んで貰った団子を受け取った私たちは、また藤通りを連れ立って歩き出した。

 もちろん、団子さえ持つことは許されず中嗣に奪われる。

 その中嗣は、まだ不機嫌に口元を歪めていた。


「どうして怒るの?利雪が何かしたの?」


 急に思い出したから聞いただけなのに。

 今まで利雪の話でそんな顔を見せたことはなかったはずだ。


 一体どうしたと言うの?


「怒ってはいないよ。ただ、二人でいるときに彼らについて語らなくてもいいのではないかと思ってね」

「はぁ?」


 ついつい口が悪くなる。

 だって意味が分からない。


「利雪なら心配ないよ。忙しくしているだけだ。それよりも今は二人の話をしようではないか」

「何それ?」

「意外と二人だけの時間は取れないだろう?」

「毎日家に居るのに?」

「僅かな時間しか君と二人では話せない」


 確かに日中に中嗣が居座るようになったと言っても、中嗣も私も仕事をしているわけで、長々と話すこともない。それに玉翠と共に三人で過ごす時間も増えた。

 二人きりとなると夜にすべてを済ませて二階に上がってからの時間になるが、私はすぐに寝てしまうからね。


 と考えてみたけれど、それでも前はこんなに会うこともなくて、二人で話す時間は大分増えていると思うのだけれど?


「せっかく二人きりなのだから」


 何も懇願するように言わなくても。

 どうせ次の買い出しにも付いてくる気なのでしょう?


「もう。分かったよ。私か中嗣の話をすればいいのね?」


 話題を決められて会話をしようとすると、急に言葉が出なくなる。

 何の話をしようかと、中嗣も考えているみたいだ。自分から言ったくせにね。


 あぁ、そうだ。

 忙しそうだからと、長く言い忘れていたことがあったんだ。


「胡蝶に会いに行ったんだってね?言ってくれたら、夜に連れて行ったのに」


 どうしてそんな顔をするの?

 また駄目だった?


「それは他の者の話になろう」

「中嗣が胡蝶に会ったという話だよ?」

「それはそうだが」

「その件で伝えておきたいことがあったから、ここで聞いておいて。先延ばしにしたら、また忘れちゃう」


 こちらが先を言う前から、すでに嫌なことを聞いたという顔をするのは何故?


「先触れをしたのは良かったけれど、昼間に行くのは褒められたことではないからね?分かっているとは思うけれど、中嗣から連絡を貰っても、妓楼屋側は断れないのだから。会いたいときは、素直に言ってくれていいよ?そうしたら、夜に一緒に行くからね」

「待ってくれ。会いたいとは?」


 そんなに焦ることもないのに。


「胡蝶に会いたかったのでしょう?」

「勘弁してくれ」

「……恥ずかしいの?」

「……君がどういう思考を経て、その考えに辿り着いたのかを知りたいね」

「はぁ?」


 またしても口が悪くなった。


「何がどうしたらそうなったのだ?」

「だって胡蝶の前だと中嗣は何かいつもとは違うし」

「それはあれが……いや、もう辞めよう。後に……いや、後にも触れたくはないな。しかしこのままと言うわけにも……」


 どうも長くなりそうだから、つい口を挟んだ。


「人に知られたくない話なら、言わなくていいよ」

「頼むから、おかしなことは言わないでくれ」


 いつもおかしなことばかり言うのは、あなたなのに。


「やはりはっきりさせておこう。君は以前からどうもおかしなことを考えているが、私はあれをまったくもって好ましく思っていないのだよ」

「私には誤魔化さなくてもいいのに」

「華月」


 手首を掴まれ、足を止めることになった。

 今度は何?


「それは誤解だよ。確かに私は、彼女が苦手ではあるが」

「苦手だったの!」

「そうだとも。それを君は勘違いしているのだと思うよ」

「見惚れているか、照れているのだと思っていたのに」


 いつもの嘘くさい笑顔が向けられた。

 急激に気温が下がったように感じるのは、冬の夜の訪れが早いからだよね?


「頼むから、その手の思い違いだけはしないでくれ」

「はーい」


 と言っておいた。どういうわけか、この嘘くさい笑顔を見ていたら、これ以上余計なことを言ってはならないと思ったのだ。


 だけど気になる。どうしても気になってしまう。


「ねぇ、聞いてもいい?胡蝶の何が苦手なの?」

「うっ……それは恐ろしいからね」

「恐ろしい?何が恐ろしいの?」

「彼女自身がだよ」

「胡蝶の話だよね?」

「まだ他にあれほど恐ろしい遊女が存在するのか?」

「はぁ?」


 胡蝶は確かに厳しいところがあるけれど、それ以上に優しくて、皆にも甘い人なのに。

 私が甘いと言っていたけれど、胡蝶だって大分甘いのだ。


 それから胡蝶は、男性の前では恐ろしい顔など見せないのではないか。

 遊女として意識してそのように振舞っていると聞いているし、どの人も胡蝶を前にするとその美しさに魅了され、心を奪われている。


 とすると、中嗣は余程おかしな人だということになる。

 中嗣は私の心を読んだように言った。


「君に優しいからこそ、彼女は私には厳しいのだよ」

「そうだったの?」

「何度脅され……今度こそ辞めておこうか。もはや二人の話ではなくなっていよう。何か別の……そうだ、華月。帰路は今日の続きと行こう」

「続きって?」

「せっかく君の仕事の深さに触れたからね。もう少し詳しく聞いてみたかったのだよ。もちろん君が嫌ではなければの話だが」

「何にも問題はないよ。仕事についてか。何を話したらいいかな?」

「そうだな。紙について、もう少し詳しく聞かせてくれるか?」

「うーん。それは部屋で物を見ながら説明してあげるよ」


 問題はないと言ったばかりだが、仕事の話の気分ではなくなったから、そう言った。

 すっかり買い終えて、団子も食べて、今は仕事から解放されたときなのだ。


 中嗣にはこれも伝わっていたみたいだ。


「この通りにある店を見て帰るのだったね」

「そうだよ、中嗣。説明しながら、案内してあげる。荷は重くない?」

「これくらい軽いものだ。案内をお願い出来るか?」


 ついつい口が滑る私の横で、中嗣はとてもご機嫌に話を聞いていた。

 はたしてこれは二人の話かと疑問に思うが、中嗣が楽しそうなので、指摘しないでおく。




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