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写本屋には変人が集う  作者: 春風由実
第五章 はたらきもの
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7.美味しいお団子はいかが


 私は甘過ぎるものが好きではない。

 けれども甘味を味わうことはある。

 要は過ぎなければいいのだ。


 そんな私が好む甘味のひとつが、この藤通り中央にある団子屋のみたらし団子で、私はいつも買い出しの後にこの店に寄ることを楽しみにしていた。


 いつ来ても、店先では網の上に並べられた小ぶりの団子が炭火で焼かれていた。焼いているのは、この店の店主の男だ。

 席に着くなり、私は言う。


「十個お願いします。中嗣はどうする?」


 座ろうと腰を落としていた中嗣が、やけに驚いた顔を示す。


「それは一人分か?」

「いつもお代わりをするよ?」

「では、私は……まずは五個頼めるかな」

「十個と五個ですね!ありがとうございます!」


 若い娘の元気な声と共に、店主によって焼かれた団子は伝えた数だけ皿に乗せられ、その上には壺から水杓子で掬ったみたらし餡がたっぷりと注がれた。


 先に注文を受け、皿を卓まで運んでくれた女性が、店主の娘である。

 

 皿が来る前から楊枝を取って、皿が卓に置かれてすぐに団子をひとつ口に運んだら、また中嗣が驚いた顔をしていたが、今はどうでもいい。

 はぁ、美味しい。とても美味しい。これじゃあ、足りないね。


 ここの団子だけは、いくらでもお腹に入った。

 さらに素晴らしいことには、出してくれる渋めのお茶がまたいいのだ。

 このお茶が口に広がった甘みを抑えてくれるせいで、いくらでも食べられるのかもしれない。だとしたら、商売上手な団子屋だね。


「これは美味しいね」

「でしょう?」


 私が作った団子でもないのに、得意な気分になるのは何故だろう?

 中嗣はそれからお茶を飲んで、一瞬顔を顰めた。


「中嗣には苦過ぎた?」

「予想より苦く驚いただけだ。これくらいの方が団子には合うね」

「でしょう?」


 また得意気に言ってしまい、笑われた。

 笑い過ぎではないかと気にはなったけれど、今はいいんだ。それより団子を食べないと。


 あぁ、美味しい。


「中嗣は藤通りにはあまり来ないの?」

「そうだな。数えるほどしか来たことはないよ」

「それも仕事で?」

「あぁ。かつて武官のときに少々ね」


 そうだろうなと思う。

 藤通りは宮中から離れているため、用のない官はまず来ない。


 街の北側にあるこの藤通りには、専門的な店が多く、庶民においても足を運ぶのは私のような特定の仕事の者が多かった。

 たとえばこの団子屋もある中央付近には、沢山の刃物屋が軒を連ね、髪結師や料理人、庭師に、あるいは彫師など、様々な仕事の者たちがその道具を買い求めにやって来る。

 同じ中央寄りの西側には、調理道具や鍋などの刃物以外の金物を扱う店も沢山あった。

 ずっと西の方には、布小物や履物を作る際に必要な材料や道具を扱う店が並んでいるし、縫物の針を扱う店からの繋がりか、頼の好きな釣り具店もいくつかあると聞いている。


 されど、特定の仕事をする者以外は来ないかと言えば、そうではない。


「藤通りは美味しい料理屋が多いんだ。あっちの蕎麦屋さんは、かき揚げ蕎麦が美味しくてね。あとは書店の側の寿司屋も美味しいんだよ。葵川の辺りには定食屋さんも多くてね。季節の魚を焼いてくれるいい店が……」


 知っている料理屋について説明していくと、意外と長くなった。

 それだけの店を私は巡って来たのだと気付く。


 特殊な職業にあろうとなかろうと、人が集えば料理屋も増えていくものなのだろう。

 加えて藤通りは、料理人が多く集う場所でもあるせいか、味のいい料理屋が多くある。腕に自信のある者が同業者に勝負を挑みたくなる場所なのか。味にうるさい客が多いから、味の悪い料理屋が長く続かなかった結果なのか。いずれにせよ、藤通りでは、初めて足を運ぶ店で美味しい料理が食べられるかという問題を心配しなくて済んだ。

 だから私も、来るたびに新しい店を開拓していった時期があり、藤通りの料理屋には少々詳しい。


「どの店も行ってみたいね。次からは華月に店を選んで貰うとしよう」


 またついてくるつもりなの?

 それに次からって何?あと何度、付き合うつもり?


 いつもなら、ここで買った書を読んでいるところなのだからね?


 だけど今は、中嗣に不満をぶつける気にはなれず。


 うん、美味しい。

 もう私の皿に乗る団子はひとつになった。

 ここであと何個食べようか?


「中嗣は、みたらし団子より他の甘味がいいかもね」

「これも気に入ったよ?」

「確かにこれは特別に美味しいけれど、中嗣はもっと甘いものも好きでしょう?私は食べたことがないけれど、塩豆大福が美味しいと有名な店もあるし、向こうには人気のきんつば屋もあって。あぁ、そうだ。金平糖ばかりを扱うお店があるんだけれど、見ているだけで楽しい店だったよ。菓子屋は東の方に多いから、帰りに寄って行こうか?」


 嬉しそうな顔をするんだから。

 本当に甘いものが好きなのだ。


 そうして、私が追加の団子を十個頼むと、中嗣も今度は同じ数だけ注文していた。

 中嗣がこの店のみたらし団子を気に入ってくれたことには、何故かとても嬉しくなる。


 団子を待つ僅かの間で茶を味わった。渋くていい茶だねぇ。 


「買い出しはよく行くのか?」


 新しい皿が置かれたので、まずは団子を頬張り、それを飲み込んでから返事をする。


「ひと月に一度くらいかな。特に決めてはいないから、その時々だけどね」

「書店にも同じように?」

「うぅん、あの書店には十日に一度は通っているよ。玉翠が行くこともあるけれどね」


 そのたびに私はこの店で団子を食べている。

 そういえば、前回は家に戻ると岳がいて、団子を奪われ嫌な気分になったものだ。人の楽しみを奪ったあげくに夫婦喧嘩の仲裁を申し出るとは。あぁ、嫌なことを思い出した。団子を食べて忘れよう。


「写本は楽しいのだね?」

「え?うん、まぁ、嫌いではないよ」


 急に変なことを聞くね?

 好きかと問われると、今まで好きか嫌いかで考えたことがないことに気付く。書くよりは、読んでいたいと思うから、書を読む方が好きで、写本はその次に続くのだろうか。


 中嗣は何故か一層優しく微笑んでいた。

 そんなに美味しかった?


「書き写す以外は、すっかり玉翠がしていると思っていたから今日は驚いたよ」

「それは正しいよ。私は糊も選ばないし。綴じ紐だとか、表紙用の紙も選んだことはなくて。買い出しも書くことに関わるものしかしないから」


 私が文字を書き写した紙を書の形に整えるのは、玉翠である。

 私がこれをしないことには、理由があった。


 私が製本を行うと、下手ではないけれど、上手くもないという、なんとも言えない書が出来上がる。私が製本したものでも十分に売り物にはなるが、玉翠が製本すると何故か一等の書に見えるのだから。玉翠が行った方がいいに決まっていよう。

 

 これを言ったら、中嗣に思い切り笑われた。料理と同じだと言って笑うんだから。

 失礼だと思ったけれど、それも団子を食べると消えてしまう。

 ここのみたらし団子は、最高だね。


「君は人と仲良くなることが上手だね」

「そんなことはないと思うよ?」

「あちこちの店の者から可愛がられていよう」

「それは、あれだよ。あの人たちに初めて会った頃は、私の体が小さかったから」


 栄養状態が悪く、さらには怪我もしたせいで、私の体の成長は通常よりも遅れていたと聞いた。玉翠は予想より小さい私に胸を痛めたと言っていたから、街の子どもと比べれば、かなり小さかったのではないか。あの中でも小さい方にはあったからね。

 そのおかげで、玉翠について店を回ったときには、十は軽く超えていたはずだけれど、皆はそれ以下の幼子に接するようにとても優しくしてくれた。育ちを考えると、ある意味良かったのかもしれない。なお、墨屋では空気の扱いだったけれど。


 それからよく食べるようになって私が成長したかと言えば、そうでもない。

 傷のせいもあるのか、元からそうなのかは分からないが、私の背丈は期待するほど伸びなかったし、太らない体質なのか肥えることもないまま、今に至る。

 だから大きくなったでしょうと誇らしく言えないところは悔しい。


 が、これもまた団子をひとつ食べれば、そんな悔しさも忘れてしまい、その美味しさを味わいながら別のことを考える。

 

 玉翠の作ってくれるご飯はいつも美味しくて、私にとっては豪華なものだった。

 玉翠や羅賢が連れて行ってくれた料理屋でも、毎度見たこともない美味しい料理に感動したものだ。

 もちろん逢天楼でも、初めの頃はそうだった。


 そうして沢山食べて、満ち足りた幸せを感じれば、同時に罪悪感を覚えていたのも常で。

 育ちがなければ当たり前に享受していたそれを、私は誰かに悪いと思いながら、それでも有難く受け取って、お腹が痛くなるほどに食べたのだから。

 玉翠を何度困らせたか分からない。


 こんな私が今日も団子を味わい、幸せを感じながら覚える罪悪感よりも、欲が勝つ。

 私はろくな人間ではないだろう。



 食べ終わって帰る前に、店の女性に私は言った。


「持ち帰りで、みたらし団子十五個、いや二十個ください」


 隣で中嗣が驚愕しているのは解せない。そこまで驚くこと?


「まだ食べる気か?」

「玉翠へのお土産だよ?」


 と言いつつ、私の食べる分も入っている。

 帰ったら、玉翠の淹れた美味しいお茶と共に団子を楽しむのだ。そうして、今日の成果を語る。


 ほらね。罪悪感はどこへ行ったか。私は育ちだけでなく、心まで卑しい人間なのだ。


 ぽんと中嗣が私の頭に手を置いて、微笑んだ。こんなところで撫でるなと思ったが、またふわっと体が軽くなったので、手は払わずに睨むだけとする。


「中嗣はどうするの?」

「あと五個、いや十個追加で」


 中嗣は今日、もう仕事をしないと思った。

 疲れた顔で宗葉辺りが泣き付いて来る日は近い。


 あぁ、そういえば。


「ねぇ、中嗣。利雪は元気にしているかな?」


 思い出したから、ちょっと聞いただけなのに。


 これまでと打って変わって、不機嫌な顔がそこにあった。

 どうしたと言うの?




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