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写本屋には変人が集う  作者: 春風由実
第四章 ふとどきもの
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12.いつもとは違った形で楽しみましょう


 北の木橋から瑠璃川を越えたあと、二人は瑠璃川に沿って南下しながら、広い河原に不規則に集まる出店を見て回った。

 そこに辿り着いたときには、華月から歓声が漏れる。


「見て!凄い数だよ、中嗣!」


 晴れていたこともあって、地に広げた大きな布の上に、所狭しと書が並べられていた。それも一店や二店の話ではなく、多くの店が売り上げを競うように広げた布の上に書を並べていたので、この場は書に特化した市場のような様相である。


「どうしよう、中嗣?」


 人が多いからはぐれぬようにという理由に加え、傷が痛まないようにという新たな理由を手にした中嗣は、写本屋を出る前から華月の手を固く握りしめていた。それでも足りず、強い薬も飲ませているのに、中嗣は華月を心配して体を屈め、横から顔を覗き込む。


「痛みが出てきたか?」

「違うよ。店ごと買い取りたくなって困っているの!」

「君が望むならそうしても」

「辞めて!今は冗談で済まなくなるから、いつものおかしなことは言わないで!」


 華月の視線は留まることを知らず、並ぶ書の表紙を滑っていく。


「どうしよう、ねぇ、どうしよう?」

「落ち着いて。ゆっくり見るといい」

「ゆっくりしていられないよ!あぁ、これは『水底』の著者の作品だよ、中嗣。これは買わないとね。利雪も他には読んだことがないと言っていたから、写本をしてあげないと。うん、そうだね、写本が出来る内容だといいけれど、駄目なら玉翠に頼ん……あぁ、これは!大変だよ、中嗣。見たことのない兵法書があるよ!あぁ、それにこっちはあの薬草学の原書……あぁ、あれは……」


 まだ表紙を眺めているだけであるのに、華月があまりに興奮するので、中嗣はまた心配になってきた。

 疲れさせないようにしなければと決意し、華月の手を離すと、代わりに小さな背中に手を置いた。それから腰を下ろしゆっくりと見ていくようにと促していく。


 華月は今、とても素直だ。

 促されるままその場に腰を落とせば、目の前から気になる書を次々と手に取った。


「これも凄いよ、中嗣。ねぇ、見て、これは……」


 中嗣も書をよく好み、この場には惹かれていたが、それ以上に普段とは違う華月の溌剌とした様子に魅せられている。


「気になる書は全部渡してくれるといい。あとでまとめて買おう」

「自分で買うよ」

「私も読みたいのだよ」

「それなら中嗣も欲しい書を探したら?」

「君の望む書が、私の読みたい書でもあるからね。これなんか、面白そうだよ、華月。西国の書だ」

「わ、本当だ!これも読みたい!」


 中嗣ほど、華月の好みを把握している者はこの世にいないだろう。

 写本師である華月に、仕事で得る以上に多くの書を与えてきたのは中嗣だ。


「あ、これは南方の釣りの書だね。これも買っておこう」


 華月が取った書に違和を覚えた中嗣は、即座に問う。


「君は今、釣りに興味があるのか?」

「私はいつも何でも興味があるよ」


 やけに早く華月が返事をしたことと、その返答の内容に、やはり違和を覚える中嗣だったが、「そうか」としか言わなかった。

 華月は上手く誤魔化せたと安堵して、また違う書に手を伸ばす。そうすれば何を誤魔化す必要があったかも忘れ、書に夢中となった。

 

 それから華月の書を選ぶ作業は長く掛かったが、横にあり続ける中嗣は、華月ばかり見ていた。見惚れているのか、観察しているのか、いずれにせよ目を離さない。


 そんな中嗣の執拗とも言える熱い視線が、華月から外れたときがあった。

 華月とは反対に当たる人込みの奥へと注がれた視線は、確かに誰かの視線と交えたが、それは一瞬である。

 姿が見えなくなった者の行方は追わず、中嗣は華月の顔に視線を戻した。


 外れた視線が戻ってきたことで気が付いたのか。顔を上げた華月は少々心配した様子で中嗣を見つめた。


「飽きていない?大丈夫?」

「何を言う。私が書を好きなことは知っていよう。楽しんでいるよ」


 今度は華月が違和を覚えたらしい。首を傾げ「どうかした?」と問い掛ける。


「どうもしていないよ。それより、素晴らしい書を見付けてしまってね」

「あぁ、これは湧国の!凄いよ、中嗣。よく見付けたね。中身はどう?」

「どうやら専門家向けの書のようでね、前に手に入れたものよりも詳しく書いてある。真実かどうかの検証は必要だがね」

「それは凄い!検証は一緒にしよう。ねぇ、中嗣、これも面白そうだよ」


 二人は敷かれた布の一部を借りて、気になる書を積み重ねていった。

 一店目でこれであるから、この祭りで一体どれだけの書を買うことになるのやら。


 しかし一度に買える数にも限度というものがある。

 いくら中嗣に金があろうと、運ぶ手間を考えると買える量は決まっていた。

 ここが瑠璃川の東岸でなければ、中嗣も荷運びの者を雇い、あとで書を届けるようにと頼んだが、ここで同じことをしても、その書が確かに届くか分かったものではない。それに華月も、手にした書を手放さずに自分たちで持ち帰りたいと願うだろう。


 中嗣は残る祭りの期間、毎日でもここに連れて来ようと決めて、書に魅入られる華月を眺めた。

 誰かに見せ付けるように、何度も華月の頭を撫でるようなことをしていても、華月は書に夢中でこれを咎めない。

 二人の親密さを主張するこの状態は、一店目で選んだ書の支払いを終えるまで続いてしまった。

 華月はこれを一切問題視していないのである。


 二人はそれから一度写本屋に戻ることにした。紐でまとめて貰った書の塊を中嗣は両手で抱えているので、中嗣の懇願の末に華月は中嗣の腕に掴まって歩いている。

 知らぬ者からすれば、恋仲の二人にしか見えない。


「沢山負けてくれて良かったね!」

「一度にこれだけ買えば、上客だろう」

「他の店も同じように負けてくれるかな?」

「交渉してあげるよ。またあとで行くか?」

「いいの!」

「あぁ。どこかで食事も取りたいからね。傷はどうだ?」

「痛まないよ。本当に平気!」


 華月は今日、瑠璃川の東岸に連れて行こうと、何も起こらないではないか、という妙な自信を心の内に育ててしまった。それで何の気兼ねもなく、この日から連日中嗣と共に瑠璃川を越えて、その仲の良さを周囲に見せ付けることになる。

 それが何を意味するか、華月は考えてもいなかった。



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