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写本屋には変人が集う  作者: 春風由実
第四章 ふとどきもの
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11.予測出来ないことを言い始めた


 祭りの初日に熱を出した中嗣は、その翌日も約束通り部屋で大人しく過ごしてくれた。

 しかし次の日には、もう祭りに行くと言って聞かなくなる。


 これはいつものことだけれど、今回は少し違った。何を思ったか、朝から私に今回こそは二人だけで楽しみたいと力強く訴えたのだ。


「祭りのときくらい、知った者に会わずに済ませようと思うのだよ」


 忙しい時期だろうと関係なく、多くの官が祭りを楽しむのだと聞かされていれば、それが厳しいことだと分かる。中嗣は宮中に限り顔が広い。


「それでね、華月。今日は東岸へと行ってみないか?」

「へ?」


 想定出来なかった言葉に驚いた私は、とても間抜けな顔をしていたと思う。


「どうかな、華月?いい案だと思わないか?」


 心躍るように言われ、なお驚いた。中嗣は私が瑠璃川を越えることを嫌がっていると思っていたからだ。

 花街に限らず、あちら側に行ったという話をすると、いつも中嗣の顔は強張って笑顔の質が変わった。だから伝えないようにしてきたのに、今になってどうして共に行こうなどと言い出すの?


「羅生から聞いたのだけれどね。東岸にも書が多く売っているそうなのだよ。それも珍しい書を多く扱っているのだとか。どうかな、華月?」


 どうやって断ろうかと思案していたのに。うぅ、気になる。


「中嗣はいいの?」

「何が問題だ?」

「うーん。問題ではないけれど」


 確かに中嗣の高貴な知り合いに会う可能性は下がりそうだが、私の知る者には会うのではないか。

 会ったとして、どうなるかと考えてみる。

 すぐに中嗣と一緒にいれば声を掛けて来ないと予測出来た。

 これは私への気遣いというよりは、彼ら自身が官と関わりたくないという理由が大きい。

 中嗣がどれだけ身なりを変えて歩こうと、分かる人には分かるのだ。そして分かった人は、深く関わることを避けるものである。

 彼らの心から警戒心を解くには、羅賢のように長いときを掛けなければならない。

 とすれば、中嗣を連れて歩いても問題ないか。


 それでも官らしい衣装は良くないね。祭りで気の大きくなった浅慮な者がここぞとばかりに嫌がらせをしてくるかもしれないし、あえて官を挑発して利を得ようとするも相手をよく選べなかった大馬鹿者が現れるかもしれない。

 そこは私がどうにか避けるとして……あぁ、だけど、珍しい書などを見付けてしまったら私はもう……


 考えていると、不意に頭を撫でられた。

 なんだか昨日からべたべたと触るようになっている気がするのだけれど?

 私が手を払うようなことをしても、その手を掴んでしまうのはどうして?

 私が不満を口にしても、笑いながら撫で続けるなんて、何を考えているの?


 睨みはしたけれど、毎度怒ることには疲れていたので、今は放っておくことにした。

 それを許可だと勘違いした中嗣が嬉しそうな顔で私の頭を撫でている。

 どうしてこの人は、人の頭を撫でることにここまで喜べるのだろうか?変な人だなぁ。


「東岸には行きたくないか?」

「うぅん。行くなら、中嗣にもそれなりの衣装を着せないといけないなぁと思って考えていたの。玉翠に借りられるかな?」

「この普段着ではだめか?」

「うーん。悪くはないんだけどね」


 中嗣の木綿の衣装は綺麗過ぎた。

 言っておくが、あちら側にだって身なりの綺麗な者は沢山いる。ただ彼らは用心棒を雇い、目立つ分の対策はしっかりと講じているのだ。

 だけど祭りだものね。人が多いところで目立ちたがる者は少ないし、今日のところは大丈夫かな。


「そこまで気になるか?君も普段とは変わらない衣装で、花街へと出掛けているね?」


 それは育ちのおかげで、私は危険を察知出来るからだ。

 説明がしにくいけれど、危ないなというときは分かる。

 これを中嗣が出来るといいのだけれど、上手く伝えられる気がしない。


 それに余計なことを言っては、私だってたまには失敗することを悟られる。

 たとえば、蒼錬のような男がそれで。

 通常なら、あの類の男は私のような女らしさの欠片もない者を狙わないものである。あのときは、その先入観で判断を誤った。

 今回もよく気を付けないと。中嗣がいることで、普段とは違うことが起こる可能性は十分に……あぁ、嫌だな。久しく思い出していなかったのに。残念。


「どうした?薬で気分が悪くなったか?」


 確かに先に飲まされた薬湯は強烈な味がして、飲んだあとにも胃に不快感を残すものだったけれど。

 今はただ考え事をしていただけだ。


「何でもないよ。それより、本当に東岸に行くの?こちら側と違って、見廻りの武官には期待出来ないんだよ?武官を呼ぶまで長く掛かるからね?」

「安心するといい。君のことは私が守るからね」


 それが一番不安なのだけれど。

 まぁ、いいか。祭りで人も多く、中嗣が悪目立ちすることもないだろう。


 それに今は書が気になる。考えるべきことをすべて放棄したいくらい、書を見に行きたい。一人でも行く。そうだ、あれこれ考えるよりは一人で行く方法を練って、逃げ出……


「さぁ、準備をして。共に行こうね、華月。明日からもだよ」

 

 極上の笑顔で言われてしまった。

 何故分かるの?


 中嗣は心を読む特別な力を持っているのではないかと疑うときがある。

 本当は種々の怪しい力を隠し持った人なのではないか。

 だからきっと、体が楽になるのだ。昨日は中嗣と始終共に過ごしていたので、痛むことがなく、それはそれで怖かった。

 もう中嗣の持つ力を疑えなくなっている。


 本当にいいの?このまま楽に過ごすつもり?内側の暗いところから、問い掛ける私の声もまた、書を見たい欲が打ち消していく。

 私は碌な人間ではない。

 そんな私の頭を中嗣は長く撫でていた。




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