6.弱ると甘えたくなるものなのでしょう
「どうして食べてしまう?」
その急な声には驚いた。それも悲しそうな声だったから、急いで碗を持ったまま中嗣の顔を覗く。
「まだ下にたっぷりあるよ。食べるなら、取って来るから」
「それがいい」
熱で辛いのかと思い、碗と匙を片手にまとめ、額に触れた。
まだ熱いが、上がった様子はなく、安心する。
「起きる?」
「あぁ。食べる」
やけに食い意地が張っているけれど、もしかして朝から何も食べていないの?それは大変。
体を起こすのを手伝ってから碗を手渡そうとすれば、「違う」と言って駄々をこねた。
これはもしや、甘えたいだけか?
「もう。仕方ないなぁ」
匙で粥を掬い、中嗣の口に運べば、中嗣は大きな口を開けてそれを受け入れる。
そしてまた、嬉しそうに笑うのだ。まったく仕方のない人だよ。
「美味しくはないけれど、美味しいな」
「それは嫌味なの?」
「嫌味など言うものか。すべて食べていいか?」
「もちろん。おかわりもあるよ。だけど少し待つ方がいいかな。玉翠が美味しい味に変えてくれると思うから」
「私は君の作った粥がいい」
嬉しそうに食べていたけれど、起きているのが少し辛そうに感じたので、中嗣の後ろに布団を丸めて置いてあげた。
それを背もたれにすると、中嗣はまた嬉しそうに笑う。本当に変な人だ。
「以前にも思ったが、華月は意外と看病に慣れているね?」
意外と、という言葉には何か含みを感じるが、今日のところは流そう。
「実際、慣れているんだよ。小さい頃からそうしてきたからね」
あぁ、そんなに落ち込まないで。ただの事実だから。
「今日は祭りに行けなくなって、申し訳なかったね」
中嗣は一度落ち込むと、余計に落ち込むようなことを考え始める。
普段はどうでもいいが、熱のときにこれはいけない。
「明日も明後日も祭りは続くし、たとえ今回行けなくても、また来春もあるんだから。気落ちしないで」
「早く書を見たかっただろう?売り切れてしまっては、君こそが落ち込んでしまう」
「あることを知らない書にまで、私は落ち込まないよ。ほら、食べないの?」
中嗣は頷いたあと、優しい顔で笑ってから、口を開けた。
この人は、よく笑うよなぁ。
匙で粥を流し込めば、粥であるのに中嗣は美しく咀嚼する。これが宮中仕込みの上品な食べ方なのだろうか。
中嗣が口を開くのはいつも、食べ物を飲み込み、口の中を空にしてからだ。
あれ?だけど宗葉なんかは、食べながら話すね。
うーん。利雪は綺麗に食べるなぁと感じたけれど、羅生はそうでもなかったような。宮中の人が皆というわけでもないか。
「すぐに治すよ。急ぎ治すから、どうか待っていて。華月、どうした?痛むのか?」
考えごとをしていたら、何故か心配された。
話を聞いていないことくらいで騒がないで欲しい。
「どこも痛くないよ。私は逃げないから、ゆっくり治して」
「しかし祭りの期間は決まっていよう」
「来春でもいいと言ったでしょう?今回だって一日行けたら十分だよ。毎日出歩いても疲れるだろうし」
「毎日出歩くと疲れるのか?」
しまった。励まし方を間違えた。
「そういう意味ではなくて。中嗣も調子が悪いんだから、疲れるようなことはしない方がいいと言っているの」
「華月、頼むから少しでも辛いときは言ってくれ。私に伝えるだけでいいから」
「分かっているってば。もう、今は自分のことだけ心配して!」
煩いので粥を口に押し込んでおく。
こっちが痛みと何年付き合っていると思っているのだろう?
それにこういうものを抱えていると、疲れるようなことをあえてしようなどとは思わない。
だから酒でも飲んで、書を読んで、転がっていた方が……うん、これは言ってはいけないことだね。
なんだか近頃、言葉選びだけで大変だ。
「おかわりは?」
「あとで食べていいか?」
「もちろん。次の分は玉翠に美味しくして貰うね」
「いや、そのままに。君の作った粥がいい」
本当に、本当に、おかしな人だ。
「分かったよ。何もしないよう言っておく。また寝る?」
「あぁ、君はどこも行かないか?」
「行かないから、寝て。ほら、早く」
辛くなってきたのではないか。心配になって近付いたのが良くなかった。
どうしてか、手首を掴まれる。
「華月も少し休もう」
「片付けて来ようかと」
「あとにしよう。店は?」
「お客様は皆来てくれたから、暖簾は下げたよ」
「それはいいね。おいで」
いや、なんで?
強引に腕を引かれ、布団に入れられた。
添い寝までしろと?
「私は体温が高いから、中嗣が熱くなるよ」
「平気だ。君は苦しいか?」
「私も平気だけど」
背中に腕を回され、完全に掴まった。
本当にどうしたの?熱が上がってきた?
「傷が痛む前に出ていいから、しばしこのままで」
熱で淋しい気分にでもなったのか。
これは早く寝かせた方がいいね。
どうせすぐに寝落ちて、腕の力も緩むはずだ。
静かにいようと、目を閉じた。
布団の中は二人分温まり、普段なら痛みが増してくるところなのに。本当にこれは何なのだろう?
美鈴に抱き着いても、同じことは起こらない。
幼い頃には玉翠によく抱えて貰ったが、そのときにも何もなかった。
中嗣には何か特別な力があるのだろうか。それとも私がおかしいのか。
いつの間にか私まで寝ていたらしく。
物音で起きたとき、日が落ちかけていて、部屋に羅生が立っていた。酷くにやけた顔をしながら。
この家は物騒だなと、今さらに思う。いつも玉翠任せであることを反省し、さすがに寝るときには鍵を掛けようと心に決めた。