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写本屋には変人が集う  作者: 春風由実
第四章 ふとどきもの
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6.弱ると甘えたくなるものなのでしょう


「どうして食べてしまう?」


 その急な声には驚いた。それも悲しそうな声だったから、急いで碗を持ったまま中嗣の顔を覗く。


「まだ下にたっぷりあるよ。食べるなら、取って来るから」

「それがいい」


 熱で辛いのかと思い、碗と匙を片手にまとめ、額に触れた。

 まだ熱いが、上がった様子はなく、安心する。


「起きる?」

「あぁ。食べる」


 やけに食い意地が張っているけれど、もしかして朝から何も食べていないの?それは大変。

 体を起こすのを手伝ってから碗を手渡そうとすれば、「違う」と言って駄々をこねた。

 これはもしや、甘えたいだけか?


「もう。仕方ないなぁ」


 匙で粥を掬い、中嗣の口に運べば、中嗣は大きな口を開けてそれを受け入れる。

 そしてまた、嬉しそうに笑うのだ。まったく仕方のない人だよ。


「美味しくはないけれど、美味しいな」

「それは嫌味なの?」

「嫌味など言うものか。すべて食べていいか?」

「もちろん。おかわりもあるよ。だけど少し待つ方がいいかな。玉翠が美味しい味に変えてくれると思うから」

「私は君の作った粥がいい」


 嬉しそうに食べていたけれど、起きているのが少し辛そうに感じたので、中嗣の後ろに布団を丸めて置いてあげた。

 それを背もたれにすると、中嗣はまた嬉しそうに笑う。本当に変な人だ。


「以前にも思ったが、華月は意外と看病に慣れているね?」


 意外と、という言葉には何か含みを感じるが、今日のところは流そう。


「実際、慣れているんだよ。小さい頃からそうしてきたからね」


 あぁ、そんなに落ち込まないで。ただの事実だから。


「今日は祭りに行けなくなって、申し訳なかったね」


 中嗣は一度落ち込むと、余計に落ち込むようなことを考え始める。

 普段はどうでもいいが、熱のときにこれはいけない。


「明日も明後日も祭りは続くし、たとえ今回行けなくても、また来春もあるんだから。気落ちしないで」

「早く書を見たかっただろう?売り切れてしまっては、君こそが落ち込んでしまう」

「あることを知らない書にまで、私は落ち込まないよ。ほら、食べないの?」


 中嗣は頷いたあと、優しい顔で笑ってから、口を開けた。

 この人は、よく笑うよなぁ。

 匙で粥を流し込めば、粥であるのに中嗣は美しく咀嚼する。これが宮中仕込みの上品な食べ方なのだろうか。

 中嗣が口を開くのはいつも、食べ物を飲み込み、口の中を空にしてからだ。

 あれ?だけど宗葉なんかは、食べながら話すね。

 うーん。利雪は綺麗に食べるなぁと感じたけれど、羅生はそうでもなかったような。宮中の人が皆というわけでもないか。


「すぐに治すよ。急ぎ治すから、どうか待っていて。華月、どうした?痛むのか?」


 考えごとをしていたら、何故か心配された。

 話を聞いていないことくらいで騒がないで欲しい。


「どこも痛くないよ。私は逃げないから、ゆっくり治して」

「しかし祭りの期間は決まっていよう」

「来春でもいいと言ったでしょう?今回だって一日行けたら十分だよ。毎日出歩いても疲れるだろうし」

「毎日出歩くと疲れるのか?」


 しまった。励まし方を間違えた。


「そういう意味ではなくて。中嗣も調子が悪いんだから、疲れるようなことはしない方がいいと言っているの」

「華月、頼むから少しでも辛いときは言ってくれ。私に伝えるだけでいいから」

「分かっているってば。もう、今は自分のことだけ心配して!」


 煩いので粥を口に押し込んでおく。


 こっちが痛みと何年付き合っていると思っているのだろう?

 それにこういうものを抱えていると、疲れるようなことをあえてしようなどとは思わない。

 だから酒でも飲んで、書を読んで、転がっていた方が……うん、これは言ってはいけないことだね。

 なんだか近頃、言葉選びだけで大変だ。


「おかわりは?」

「あとで食べていいか?」

「もちろん。次の分は玉翠に美味しくして貰うね」

「いや、そのままに。君の作った粥がいい」


 本当に、本当に、おかしな人だ。


「分かったよ。何もしないよう言っておく。また寝る?」

「あぁ、君はどこも行かないか?」

「行かないから、寝て。ほら、早く」


 辛くなってきたのではないか。心配になって近付いたのが良くなかった。

 どうしてか、手首を掴まれる。


「華月も少し休もう」

「片付けて来ようかと」

「あとにしよう。店は?」

「お客様は皆来てくれたから、暖簾は下げたよ」

「それはいいね。おいで」


 いや、なんで?

 強引に腕を引かれ、布団に入れられた。

 添い寝までしろと?


「私は体温が高いから、中嗣が熱くなるよ」

「平気だ。君は苦しいか?」

「私も平気だけど」


 背中に腕を回され、完全に掴まった。

 本当にどうしたの?熱が上がってきた?


「傷が痛む前に出ていいから、しばしこのままで」


 熱で淋しい気分にでもなったのか。

 これは早く寝かせた方がいいね。

 どうせすぐに寝落ちて、腕の力も緩むはずだ。


 静かにいようと、目を閉じた。

 布団の中は二人分温まり、普段なら痛みが増してくるところなのに。本当にこれは何なのだろう?


 美鈴に抱き着いても、同じことは起こらない。

 幼い頃には玉翠によく抱えて貰ったが、そのときにも何もなかった。


 中嗣には何か特別な力があるのだろうか。それとも私がおかしいのか。


 いつの間にか私まで寝ていたらしく。

 物音で起きたとき、日が落ちかけていて、部屋に羅生が立っていた。酷くにやけた顔をしながら。


 この家は物騒だなと、今さらに思う。いつも玉翠任せであることを反省し、さすがに寝るときには鍵を掛けようと心に決めた。



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