5.繰り返しのようですが変わっていますよ
「さぁ、祭りに行こう!」
既視感に目を細める。
朝餉も断り、まだ暗いうちから宮中に向かった中嗣が、日の浅いうちに戻って来た。早過ぎないか?
「まだ店番中だよ」
「玉翠は配達中か?」
「うぅん、祭りに行った。今日はお休み」
「休み?珍しいな。店は?」
「お客様があと少しいらっしゃるだけ」
この街のお祭りは年に二回ある。
春と秋。名目は、今年の豊作を祈ることと、収穫に感謝することだと聞いているけれど、神への祈りは宮中が行うので、庶民の私たちはただ儲けるか、楽しむだけの時となる。
そして玉翠は秋の祭りが好きだった。料理好きの玉翠にとって、珍しい食材が見付かる秋の祭りは春より楽しいそうだ。
「では店番が終わるまで待つとしよう」
あれ?何かおかしい。
中嗣が靴を脱ごうとしている間に、横から近付いて顔を覗き込んだ。
急いで目を逸らすから、首筋に触れる。うん、熱い。
「微熱だよ。問題ない」
確かに酷い熱ではないけれど、外が寒いのにこの熱さ。
んもう、いつも、いつも、祭りのために無理をするのだから!
「祭りは明日もあるでしょう。今日は休んで」
背中を叩いて奥へと促すも、「平気だ」と駄々をこねる。
「いいから寝て。客間と二階とどちらがいいの?」
「君が世話をしてくれるのか?」
「他にいないでしょう?世話が要らないなら、一人で祭りに行ってくるよ」
「一人でなど。それなら私も共に行く」
「駄目に決まっているでしょう。世話をして欲しいなら、してあげてもいいけど、どうするの?」
中嗣はとても申し訳なさそうに眉を下げた。
こうすると、私よりずっと幼い少年のような顔になる。
「すまない」
「いいから、ほら。手を洗ってきて。二階を寝られるようにしておくから」
「駄目だ。階段は私と共に」
「はいはい、分かったから。ほら、まずは手洗いね」
「待ってくれ。寝るなら二階がいい」
「分かっているってば。一緒に二階に上がって、用意をするよ」
中嗣は階段ひとつで騒ぐ。
私がこれまで一人で何度一階と二階を上下してきたか、忘れてしまったらしい。
そして今も、熱がある自分を差し置き、階段を上る私の後ろを追いかけて来る。
二階に上がれば、今度は自分で布団を敷いてしまうし、私は一体何をすればいいのか。
とにかく寝かせよう。そうしないと、動けない。
着替えが終わった中嗣を布団に押し込み、宥めすかしてなんとか眠らせることに成功した。
寝不足だったのだろう。黙らせてから寝付くまでは早かった。
すーすーと続く寝息を聞いていると、不思議と気分が落ち着いて、なんだか私も眠くなってくるが、少しは看病らしいことをしてあげようと思い立つ。
音を立てないように、それは気を付けて移動した。
ここで何かあったら、また中嗣が心配して大騒ぎだ。もう寝てはくれないだろう。
それに私には店番もある。
一階に下りてからは、店を気にしつつ、台所で粥を作った。
美味しくはないだろうが、栄養を取れればいいだろう。
玉翠がいつ戻るか分からないので、仕方がない。
うん、うん、他にどうしようもないのだから。急に料理の腕も上がらないし。
しばらくして、相変わらずの美しい顔をして店に現れた利雪に、中嗣が熱を出している旨を伝え、羅生を見掛けたら伝えるよう頼んでおく。
「中嗣様はお風邪ですか?」
どうかな。疲れが溜まって少し熱が出ただけかもしれない。
中嗣は丈夫そうに見えるが、よく熱を出した。
利雪に渡したのは八冊もの写本。
今さらに作業を思い出して、肩が痛くなるのは何故だろう?
「甥、姪が喜びます」
書を手にすると、利雪はすぐに出て行った。
今日は利雪の二人の姉上が利の家のお屋敷に顔を見せるそうで、利雪は甥っ子、姪っ子と再会することをずっと前から楽しみにしている。
利雪はどうして二人も姉上がいるのに、女性が苦手なのだろうか?幼い頃から女性に囲まれて育ったら、嫌でも慣れていそうだけれど、とても不思議だ。
店番の途中で中嗣の様子を何度か確認したけれど、いつもぐっすりと眠っていて、熱が上がる素振りはない。
意識を失うといった問題もなく、普通に眠ることが出来ているうちは、人は大丈夫だと認識している。これは身をもって学んだことだ。
予定の客がすべて訪問し終えたところで、入り口の暖簾を下ろし、二階に上がることにした。盆には茶瓶と湯呑、それからはちみつの瓶と、椀に入れた粥と匙も乗せておく。
足元にはよく気を配った。今、階段から落ちたら、もうね、どうなるか考えるのも恐ろしいよ。
二階に上がると、まだ中嗣は眠っていたので、悩んだ末に粥を食べてしまうことにする。
釜戸には鍋一杯の粥が置いてあるから、中嗣が目覚めたら温め直してあげよう。
だけどやっぱり美味しくないな。味がない。塩を沢山入れた気がするのに、おかしいなぁ。
中嗣が食べる前に、塩を足そうか。それより塩を添えて出し、中嗣には好きな味で食べて貰う?
その前に玉翠が帰って来ると一番いいのだけれど。
「どうして食べてしまう?」
不意に悲しい声がした。