表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
写本屋には変人が集う  作者: 春風由実
第三章 かわるもの
56/221

14.密談をしましょう


 それは二人の若い文官が、用事を言いつけられて、この部屋を去ってからである。


「羅生。誰にも言わないと誓えるか?」


 このような厳しい顔で中嗣が羅生に語り掛けたことはなく、羅生は大真面目に頷いた。


「はっきり見たわけではないが、皮膚が変色し、今も苦しんでいるとしたらどういう状態だ?」


 誰のことか、羅生には伝わろうが、中嗣はあえて口にしなかった。

 羅生もまた、名を伏せた意味を理解している。


「もう少し詳しくお聞きすることは出来ますかな?」

「変色は布越しに確認しただけで皮膚の状態は分からない。その変色部に痛みは確実にある。それから水浴びを繰り返してもなお、冷やしたいと言っていた」

「皮膚の変色と痛み、それに熱ですか……ふむ。火傷の可能性はありますね。酷い火傷の場合、汗が出なくなり、熱が籠るようなことはあるそうです。暑いときに汗が出るでしょう。あれで体の熱を外に逃がしているのですがね、それが出来ないと、体の熱が上がり過ぎるのだとか。しかし変色は気になりますな。布越しでも分かるほどならば、薬などでやられた可能性もありましょう。同じように汗が出なければ熱が籠ることも……しかし痛みは……ふむ。聞いた話からはここまでですな」


 火傷か。

 羅の家の跡地に、華月は一度も足を運んでいないし、それについて聞いても来ないが、もしや火が苦手だったというようなことは……いや、釜戸は普通に使えていたな。味はともかく。

 想像で深追いし過ぎては、真実を見失うか。

 中嗣はすぐに予測を止めた。


「薬は飲んでいるようですか?」

「あぁ。痛み止め薬を飲んでいるとは言っていたが、効果がないようだった」

「本当に痛み止め薬であるかの見極めも必要でしょうな。私の知る薬であれば、お借りすればすぐにでも調べられます」


 中嗣は頷き、期待される言葉が返ってこないことを知ったうえで、さらに聞いた。


「今からでも治せるか?」

「古傷だとすれば、どうしようもありませんな」


 仕事においては、羅生のはっきりとした物言いを中嗣は気に入っている。

 下手に気遣われて、適当な気休めを言う医官など信用出来ない。


「されど今の時点でも考えられることはありますぞ」


 羅生はその先に、少しの希望ある言葉を中嗣に与えた。


「痛みに関しては、強い痛み止め薬を飲むことで今よりずっと楽になりましょう。それから熱に関しては、皮膚ではなく内に籠ることをどうにかしたいのであればですがね、血の流れを考えて冷やすことです。熱の籠る場所により、冷やすべき部位が異なります」


 中嗣は迷った。手ぬぐいが置かれたのは、腹部と両の太ももで、変色も同じ場所だ。

 それを伝えたら、羅生は間違いなく、傷を見ようとするだろう。羅生なら正攻法でないこともする。しかしまだ、華月を説得していない。

 中嗣の気持ちを、羅生はよく汲み取り、さらに言葉を足した。


「それぞれの冷やすべきところを書いてお渡ししましょう」


 羅生はまた考え、それからさらに提案した。 


「気休めですが、塗ると涼しく感じられる薬も出しておきましょう。体が冷やされることはありませんが、気持ち楽になると思いますよ」


 異国の葉を使っているらしく、まず街医者では手に入らない塗り薬だと言う。

 中嗣は是非にとお願いし、これから写本屋に戻ってからの華月の反応を考えた。

 薬を渡しても、拒絶されるだろうか。どうして羅生に言ったのかと罵られるか。それとも……。


 そういえば、医者には診て貰っているのだろうか。薬は誰から入手しているのだろう。まさか自分で煎じているということはあるまいな。


 中嗣の思考はさまよい続けるも、聞かねば分からないことばかりなので、自らの意志で思考を止めた。


「古傷というのは、その後も定期的に医者に診せておくべきか?」

「私が主治医ならば、体中を定期的に診療するところです。大きな傷であれば、臓腑にも影響しているやもしれません。最初は分からなくても、後々問題が見付かるような症例もありますからな」


 中嗣は頷き、またしばし考えの淵に入り込みそうになったのが。


「しかしそれが()()()()()、すでに取り得る対策はしておりましょう」

「何が言いたい?」

「医術の知識だけならば、私にも敵わない。と言えば分かりますかな?」

「なるほどな」


 中嗣はこれを踏まえて、一連の華月に対する考えを見直していく。

 羅生にいつものお喋りが戻ったのは、二人の若き文官が戻ってからだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=809281629&s
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ