14.密談をしましょう
それは二人の若い文官が、用事を言いつけられて、この部屋を去ってからである。
「羅生。誰にも言わないと誓えるか?」
このような厳しい顔で中嗣が羅生に語り掛けたことはなく、羅生は大真面目に頷いた。
「はっきり見たわけではないが、皮膚が変色し、今も苦しんでいるとしたらどういう状態だ?」
誰のことか、羅生には伝わろうが、中嗣はあえて口にしなかった。
羅生もまた、名を伏せた意味を理解している。
「もう少し詳しくお聞きすることは出来ますかな?」
「変色は布越しに確認しただけで皮膚の状態は分からない。その変色部に痛みは確実にある。それから水浴びを繰り返してもなお、冷やしたいと言っていた」
「皮膚の変色と痛み、それに熱ですか……ふむ。火傷の可能性はありますね。酷い火傷の場合、汗が出なくなり、熱が籠るようなことはあるそうです。暑いときに汗が出るでしょう。あれで体の熱を外に逃がしているのですがね、それが出来ないと、体の熱が上がり過ぎるのだとか。しかし変色は気になりますな。布越しでも分かるほどならば、薬などでやられた可能性もありましょう。同じように汗が出なければ熱が籠ることも……しかし痛みは……ふむ。聞いた話からはここまでですな」
火傷か。
羅の家の跡地に、華月は一度も足を運んでいないし、それについて聞いても来ないが、もしや火が苦手だったというようなことは……いや、釜戸は普通に使えていたな。味はともかく。
想像で深追いし過ぎては、真実を見失うか。
中嗣はすぐに予測を止めた。
「薬は飲んでいるようですか?」
「あぁ。痛み止め薬を飲んでいるとは言っていたが、効果がないようだった」
「本当に痛み止め薬であるかの見極めも必要でしょうな。私の知る薬であれば、お借りすればすぐにでも調べられます」
中嗣は頷き、期待される言葉が返ってこないことを知ったうえで、さらに聞いた。
「今からでも治せるか?」
「古傷だとすれば、どうしようもありませんな」
仕事においては、羅生のはっきりとした物言いを中嗣は気に入っている。
下手に気遣われて、適当な気休めを言う医官など信用出来ない。
「されど今の時点でも考えられることはありますぞ」
羅生はその先に、少しの希望ある言葉を中嗣に与えた。
「痛みに関しては、強い痛み止め薬を飲むことで今よりずっと楽になりましょう。それから熱に関しては、皮膚ではなく内に籠ることをどうにかしたいのであればですがね、血の流れを考えて冷やすことです。熱の籠る場所により、冷やすべき部位が異なります」
中嗣は迷った。手ぬぐいが置かれたのは、腹部と両の太ももで、変色も同じ場所だ。
それを伝えたら、羅生は間違いなく、傷を見ようとするだろう。羅生なら正攻法でないこともする。しかしまだ、華月を説得していない。
中嗣の気持ちを、羅生はよく汲み取り、さらに言葉を足した。
「それぞれの冷やすべきところを書いてお渡ししましょう」
羅生はまた考え、それからさらに提案した。
「気休めですが、塗ると涼しく感じられる薬も出しておきましょう。体が冷やされることはありませんが、気持ち楽になると思いますよ」
異国の葉を使っているらしく、まず街医者では手に入らない塗り薬だと言う。
中嗣は是非にとお願いし、これから写本屋に戻ってからの華月の反応を考えた。
薬を渡しても、拒絶されるだろうか。どうして羅生に言ったのかと罵られるか。それとも……。
そういえば、医者には診て貰っているのだろうか。薬は誰から入手しているのだろう。まさか自分で煎じているということはあるまいな。
中嗣の思考はさまよい続けるも、聞かねば分からないことばかりなので、自らの意志で思考を止めた。
「古傷というのは、その後も定期的に医者に診せておくべきか?」
「私が主治医ならば、体中を定期的に診療するところです。大きな傷であれば、臓腑にも影響しているやもしれません。最初は分からなくても、後々問題が見付かるような症例もありますからな」
中嗣は頷き、またしばし考えの淵に入り込みそうになったのが。
「しかしそれが彼女ならば、すでに取り得る対策はしておりましょう」
「何が言いたい?」
「医術の知識だけならば、私にも敵わない。と言えば分かりますかな?」
「なるほどな」
中嗣はこれを踏まえて、一連の華月に対する考えを見直していく。
羅生にいつものお喋りが戻ったのは、二人の若き文官が戻ってからだった。