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0.序章~記憶の嘘
「これからは華月と名乗りましょう」
私にとってそれはとてもおかしなことだった。
名前が変わることについておかしいと感じたのではない。
「どうしてその名なの?」
「お気に召しませんかな?」
「そうではないの。買った人から家名を貰うと聞いていたから気になっただけ」
「そうですなぁ。しかし私はこの名が良いと思うのです」
思い出すほどに、老人は笑っていたのだろうか。
今ではあの穏やかな笑顔ばかりが頭に浮かぶも、どの言葉も笑って言っていたはずはない。
「あなたがそうしたいなら、それでいいよ」
「では今日からあなたは華月です」
老人の前で自然と笑えたのは、この時が初めてだった。
気を許したわけではなく、ただ安心していたんだ。
元の名を呼ぶ人はもういない。それは当時の私にとって悲しいものではなかった。
老人はきっと、私の笑顔を違うように受け取っていただろう。
それも今は確かめようがない。