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写本屋には変人が集う  作者: 春風由実
第八章 はかるもの
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14.わたしに咲くもの


 華月にとって印とは触れてはいけないものだった。

 話題にすることすら禁じられていたのだから。

 誰もが何も言わなかったことも、それが禁じられているためだと信じてきたのだ。


 それが違っていたらどうだろう?


 疑い始めてしまえば、よく知った親しい人たちは遠い存在に感じられる。



 だが、それは中嗣も同じではなかったか。

 色々と隠されてきたことを華月は知っていたし、今では探られていたことも知っている。

 それなのに、何故か同じようには感じられなかった。彼らとは反対に、もっと距離が近付いたように思う。


 それは何故なのか。

 共に過ごした時の長さであれば、彼らの方がずっと長くあったはずなのに。

 すべてを思い出してもなお、語ろうと想える人はたった一人で、たとえばここにあの羅賢がいたとしても、華月はその口を割ろうとはしなかったと分かっている。


 彼らと彼は、一体何が違うのだろうか?



「君の花と並べて見てみたいものだな。大きな鏡でも買って来ようか」


 背中の印をじっと見詰め、思考の海に沈み始めていた華月を引き上げるように中嗣は言った。

 それは無理やりに思考を止めるあの人を彷彿とさせる行為だが、華月がそこに彼を重ねることはない。



 中嗣の言葉をいつもより遅れて理解した華月は、慌てたように声を荒げる。


「鏡なんて要らないよ!そんな高価なものは本当に買って来なくていいからね?一人で買って来たら駄目だよ」


 はっきり言っておかなければ。華月が熱心に鏡は要らぬと繰り返せば、中嗣は朗らかな声を上げて笑うのだった。


「一人では買わないようにするよ。君と共に選びたいからね」

「買わなくていいんだってば!大きな鏡なんて必要ないよ!」


 あまりに中嗣が笑うから、まだ長く冗談が続くかと思いきや。



「君の花は撫子だ」


 中嗣はいきなり言った。


「私のものと同じく、一輪の花を描いてあってね。当時もとても美しかったけれど、きっと今は大きく花開き、もっと美しくなっていよう」


 華月は撫子の花を思い浮かべ、それが背中にあるところを想像しては、中嗣が先に言ったように目の前の桔梗と並べた様を思い浮かべた。


 中嗣が言うように、きっとそれは美しいのだろう。

 瑠璃色の桔梗と撫子が一輪ずつ、同じように背にあると思えば、不思議と心が落ち着いて、華月は首を傾げるのだった。

 花の絵を想像しただけで、こんなにも穏やかな気持ちになれるのは何故だろう、と。



「私の印も見たい?」

「見せてくれるのならば」


 華月に否はなかった。

 これから見せるものを想えば、背中のよくは知らないが美しいと聞くそれなど、いくらでも見て欲しいと願うものである。


 けれども美しいものがあると知れば、その対極にあるものを本当に見せて良いものかという迷いが、再び生じてしまった。

 その迷いを敏感に察知して、すぐに吹き飛ばすべく、中嗣は言う。


「先に傷を見て、その後に背中の印を見せて貰ってもいいか?」


 憂いあることは先に終わらせようという提案は、華月にとっても有難い。

 ほっとして小さく息を吐いた華月だが、それでもすぐには見せる気になれなかったのだろう。


「その前に、触ってみてもいい?」


 中嗣には、自身を疑う声が聞こえていた。「触れさせて大丈夫なのか?本当に問題ないか?」という声である。

 その自信のない声を黙殺し、中嗣は「いくらでもどうぞ」と優しい声で平然と言うのだが。


 中嗣が自身を信じていられたのは、束の間のことだった。





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