14.わたしに咲くもの
華月にとって印とは触れてはいけないものだった。
話題にすることすら禁じられていたのだから。
誰もが何も言わなかったことも、それが禁じられているためだと信じてきたのだ。
それが違っていたらどうだろう?
疑い始めてしまえば、よく知った親しい人たちは遠い存在に感じられる。
だが、それは中嗣も同じではなかったか。
色々と隠されてきたことを華月は知っていたし、今では探られていたことも知っている。
それなのに、何故か同じようには感じられなかった。彼らとは反対に、もっと距離が近付いたように思う。
それは何故なのか。
共に過ごした時の長さであれば、彼らの方がずっと長くあったはずなのに。
すべてを思い出してもなお、語ろうと想える人はたった一人で、たとえばここにあの羅賢がいたとしても、華月はその口を割ろうとはしなかったと分かっている。
彼らと彼は、一体何が違うのだろうか?
「君の花と並べて見てみたいものだな。大きな鏡でも買って来ようか」
背中の印をじっと見詰め、思考の海に沈み始めていた華月を引き上げるように中嗣は言った。
それは無理やりに思考を止めるあの人を彷彿とさせる行為だが、華月がそこに彼を重ねることはない。
中嗣の言葉をいつもより遅れて理解した華月は、慌てたように声を荒げる。
「鏡なんて要らないよ!そんな高価なものは本当に買って来なくていいからね?一人で買って来たら駄目だよ」
はっきり言っておかなければ。華月が熱心に鏡は要らぬと繰り返せば、中嗣は朗らかな声を上げて笑うのだった。
「一人では買わないようにするよ。君と共に選びたいからね」
「買わなくていいんだってば!大きな鏡なんて必要ないよ!」
あまりに中嗣が笑うから、まだ長く冗談が続くかと思いきや。
「君の花は撫子だ」
中嗣はいきなり言った。
「私のものと同じく、一輪の花を描いてあってね。当時もとても美しかったけれど、きっと今は大きく花開き、もっと美しくなっていよう」
華月は撫子の花を思い浮かべ、それが背中にあるところを想像しては、中嗣が先に言ったように目の前の桔梗と並べた様を思い浮かべた。
中嗣が言うように、きっとそれは美しいのだろう。
瑠璃色の桔梗と撫子が一輪ずつ、同じように背にあると思えば、不思議と心が落ち着いて、華月は首を傾げるのだった。
花の絵を想像しただけで、こんなにも穏やかな気持ちになれるのは何故だろう、と。
「私の印も見たい?」
「見せてくれるのならば」
華月に否はなかった。
これから見せるものを想えば、背中のよくは知らないが美しいと聞くそれなど、いくらでも見て欲しいと願うものである。
けれども美しいものがあると知れば、その対極にあるものを本当に見せて良いものかという迷いが、再び生じてしまった。
その迷いを敏感に察知して、すぐに吹き飛ばすべく、中嗣は言う。
「先に傷を見て、その後に背中の印を見せて貰ってもいいか?」
憂いあることは先に終わらせようという提案は、華月にとっても有難い。
ほっとして小さく息を吐いた華月だが、それでもすぐには見せる気になれなかったのだろう。
「その前に、触ってみてもいい?」
中嗣には、自身を疑う声が聞こえていた。「触れさせて大丈夫なのか?本当に問題ないか?」という声である。
その自信のない声を黙殺し、中嗣は「いくらでもどうぞ」と優しい声で平然と言うのだが。
中嗣が自身を信じていられたのは、束の間のことだった。