14.嵐の前にはひとときの静けさを
「ようやく終わったか?」
中嗣と華月の声が止んだとき、羅生は大変な迷惑を被ったという顔で口を開いた。
それなのに、直後には二人には至極興味がないという顔でバリバリと煎餅を頬張ってみせるのである。
華月は思わず口を尖らせた。
「なぁに、それ?」
「仲が良いのは結構だが、睦み合うのは二人だけのときにして欲しいものだぞ。目のやり場に困るからな」
「む、睦み……何を言っているの!そんなことはしていないし!困っているのは私の方なんだから!そう思っていたなら、早く中嗣を止めてよ!」
「触れぬ方が良き神もあってだな。して、中嗣さま。ようやく落ち着かれましたかね?」
「君の言い方はいつも気になるが、こうしていたら落ち着くことには違いないね」
結局膝から降りることが叶わなかった華月は、今も中嗣に抱えられていた。
「ほら、華月。大きな声で長く話していては疲れただろう。まずはお茶でもどうかな?」
「それも誰のせいだと……はぁ」
大きなため息が漏れ、華月は抵抗を諦めた。暴れたところで中嗣の腕はびくともしないので、疲れるだけなのだ。
中嗣が意思を持って膝から降ろしてくれない限りは、このままの体勢で話をするしかなく、そのうち飽きるだろうと期待したい華月であるが、今日の中嗣はやけに頑固であることが気掛かりだった。
一体何があったというのか。華月は本当に宮中で何かあったのではないかと、改めて疑い始める。
このようにして、中嗣の暴走を許してしまう甘さがあるから、いつも己が困ることになるのだが、華月はこの問題に気付いていない。
さて、部下たちもようやく本題に入れるのかと、各々茶で喉を潤し、盛り上がってい会話を止めたのだが。
利雪がここで、何やら煌めいた瞳でもって、華月を見詰めているではないか。
嫌な予感に、宗葉はひっそりと背中に汗を滲ませた。
「おい、利雪。正気でいろよ?」
「正気?何を言っているのですか?あなたこそ、正気ではないのでは?」
「お前の様子がおかしいから俺は……」
「おかしいところなどありませんよ。私はまた素晴らしいことに気が付いてしまったのです!中嗣様がおられるとますます華月は……中嗣様!」
中嗣を呼ぶ声の大きさに、中嗣さえ身構え、守るようにして華月の腹に回す腕にぐっと力を込めた。
華月はさして気にもせず、有難く宗葉が配った茶を飲んで落ち着いている。すでに温くなった茶を味わいながら、様々なことを諦めていた。
「そのように声を荒げぬとも聞こえているよ。どうしたのかな?」
「どうかよくこれからも華月の側におられますように!」
「は?」
「はぁ?」
中嗣の疑問の声に被せるようにして、華月からも大きな声が漏れる。華月の持っていた湯呑の中で、茶がちゃぽんと音を立てて揺れていた。
「君に言われるまでもなく、私はいつも華月と共にあるが。君は何が言いたいのかな?」
中嗣は華月の言うところの、嘘くさい笑顔を浮かべて優しく問い掛けると、華月は振り返らずともその顔が見えたように顔を歪めた。
「華月がますます字のように美しき状態になるのですよ」
「字のように美しき状態だと?」
「またそれなの、利雪……」
せっかく潤わせた華月の声も、力なく掠れ落ちていく。
羅生は笑っているが、宗葉は気が気ではないような心配した表情を浮かべ、だがこれと言って何も出来ず、幼馴染のおかしな様子を見守っていた。