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写本屋には変人が集う  作者: 春風由実
第七章 ふれるもの
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12.飛び立つ前に籠の中へ



 中嗣の動きは、顔を歪めた華月が振り返るより早かった。

 颯爽と廊下から部屋の中へ歩き出すと、両手で華月の腰を持つようにして軽々と抱き上げ、華月が元居た場所に腰を下ろせば、利雪に向かってにこりと微笑む。

 それはいつもの涼やかな笑顔だった。


「ちょっと。何をするの?離して!」

「ただいま、華月」

「おかえり……じゃなくて、離してってば!」


 華月を膝に乗せた中嗣は、すんと一度鼻を吸って、華月の髪の香りを堪能していた。

 抱えられていたことで、華月が気付かずに喚いていたことは僥倖と言えよう。


「ねぇ、中嗣、離し……」

「華月との話は弾んだかな、利雪」


 お腹にはしっかりと腕を回し、中嗣はさも当然の如く華月を抱いたまま利雪に語り掛けた。

 利雪の方もまた、中嗣の行動に戸惑うことなく、美しい笑顔で応対する。


「おかげさまで」


 くくっと笑い声がして、中嗣に抱かれたまま華月が顔を上げてそちらを向けば、羅生が階段を上がってきたところで、その後ろからは宗葉も現れた。

 華月は慌てて腹にある中嗣の腕を解こうと引っ張り、しまいには叩いてみたが、中嗣の腕はびくともしない。


「おかげさまか。うん、仕方ないね。だが、これからは先に言うように」

「分かりました。次からは一声お掛けしてから出掛けることとします」

「それ以外に言うことはないのかな?」

「それ以外ですか……。そうですね。華月と話せたことで、例の件をより具体化出来そうです。また改めてご相談したく、お時間を頂けますでしょうか?」


 隠さずむすっと顔を歪めた中嗣だが、華月の髪に口を寄せては、すぐに穏やか表情を見せるのだった。

 華月は相変わらず腕を叩いているが、中嗣には次第に強くなるその痛みさえ、ご褒美となっている。


「謝りもせずに、その堂々たる態度。利雪のそれには、もはや感服するぞ。しかし、華月もやけに楽しそうだな」

「何も楽しくないよ!見たら分かるでしょう!困っているの!羅生からも腕を解くよう言って!」


 羅生は当然の顔をして、中嗣の傍らに腰を下ろした。

 華月は一時手を止めて、怪訝に眉を寄せては、羅生、そして宗葉の動きを観察する。


 羅生はこれから寛ぐためにと言うように、両手を上げて伸びをしては、面白いものがないかと探すような顔をして部屋を見渡しているし。

 宗葉など、「座布団は使わぬのか?」と問い掛け、勝手に隣の部屋に移動しては、隅に積んであった座布団を回収し、配り始めたではないか。

 中嗣もわざわざ一度軽く立ち上がっては、受け取った座布団を床に敷いて、また座り直すのだが。その際にも一度も華月の体を離そうとはしなかった。


 華月としては、人の部屋に許可なく上がり込んでくるこの官たちを理解出来ない。

 中嗣は仕方がないとしても、何故誰一人、「入っていいか」の一言も口に出来ぬのか。


 そんな風に華月が不満に思っていることも知らず、宗葉は「では、茶を貰って来よう」と言って、また階下に降りていく。


 ここはあなたたちの家か?と問いたい華月だが、宗葉はさっさと消えていったので、華月は最も近くにある者に不満をぶつけることにした。


 何よりの問題は、華月を大事な荷のように抱え、一切手離そうとしない後ろの男にある。


「中嗣、もう降りるから、手を解いて!私も向こうに座るよ」

「まぁまぁ」

「何がまぁまぁなのよ。早く降ろして!」

「それよりもだよ。今日は余計な者たちを連れ帰って悪かったね。若干一名は、私が知らぬ間に先に来る始末だ。彼らが君にどうしても教えを得たいと言うものだから許したのだがね」

「はぁ?」


 皆が来るとは聞いていたが、華月はそんな話を聞いていなかった。

 たまには会いたいと言っていると、その程度の話だった気がするのだが。


 それも利雪が先に来ては、これまでしてきたことの報告をする予定だったと言い出して驚かされたところで、華月はさらにまだ何かを教えろと願われてしまったのだ。

 この抱えられた体勢で、華月は重ねて不満を覚えねばならず。


 一方の中嗣はまだ一人ぶつぶつと、「やはり元から私がいる家に来て貰うべきだったな。せっかく帰って来たのに、他者がいるのはあまりに……早く帰して…………」斯様に呟いているのであるが、華月の方も中嗣の戯言などもはや聞いていなかった。


「私から官の皆様に教えることなんてないよ」


 中嗣の独り言を遮るように華月が言えば、中嗣は優しく笑って、たとえそれが華月に見えないとしても、一段と優しい声を出し、これを伝える。


「君になくとも、私には()()()()()()()()()()()()()()がたっぷりとあってね。おや、これはあの書の写本だね。どうだ?楽しめそうか?」


 愛しい娘のご機嫌を取るかの如く、座った状態で文机の上を眺めて言った中嗣に、華月は一層顔を歪めるのであった。

 中嗣もまだまだ読みが甘いのである。


 華月としては、人質ならぬ、書質を取られた気分だ。

 ちなみにこの書は元から華月のものではなく借りものであるため、あくまで華月の気分的な話である。


 華月は中嗣の腕を叩く手を止めた。







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