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写本屋には変人が集う  作者: 春風由実
第七章 ふれるもの
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11.盛り上がってきたところでしたが


 あれから話は盛り上がった。


 利雪はこれまで共に過ごした時間の中でどんな考えを得てきたか、私に余すことなく教えてくれた。

 私としては偉そうに講釈を垂れるつもりで利雪と付き合ってきたわけではない。羅賢がそのようなことを願っていたと知っていても、偉い文官様に対して私に出来ることなどあるはずもなく。ただの友人として付き合ってきたつもりだった。

 それなのに、私の戯言なんかをまともに取り上げて、これについて真剣に考える人がいるなんて。

 驚いてしまったけれど、照れくさくもあって。これからはもう少し頭で考えてから発言しようと反省することにもなった。

 でも、悪い気はしない。


 と考えていながら、私はまたしても調子に乗って次々と浮かんできた案を思い付くまま口にしていった。

 利雪の反応があまりに良くて、気分が良くなっていたのもあるが、こんな風に話せたのも、利雪が以前の頼りない男にはとても見えなかったからだろう。

 今の利雪は私が思い付きで語ったことを、そのままに受け取って、安易に実現しようとは動かない。そう信じられたから、私も好き勝手に語れたのだ。


 利雪も同じ気持ちだったようで、すでに考えてきたことを語りながら、たった今思い付いたことも軽々と口にした。利雪はもう分かって発言しているので、私もかつてのようにいちいち指摘をしたりはしない。

 お互いに発言を諫め合うことはあったが、それは提案の実現可否を判断するために必要な会話でしかなかった。



 学びの場について具体的に考えるのは楽しかった。

 その具体性たるや、現場で使う教材についてまで話は及び、間違いなく宮中で検討すべき資金源の調達方法も二人で考えた。どうせなら、その場所からも利益が出た方がいいだろうという考えに至り、共に案を出し合っていけば、話は尽きない。


 農耕技術に関しては、なんとも嬉しいお願いごとをされてしまった。お願いというより、仕事の依頼だ。

 各国の農耕技術に関する書を写本して欲しいとのことである。すでに読んだことのある書もありそうだが、まだ見ぬ書と出会える期待が膨らんだ。


「異国語のままの写本と、訳した書の両方が欲しいのね」

「えぇ。可能でしょうか?もちろん、華月が訳したことなど伏せますし。手柄を横取りするようで心苦しいですが」

「うぅん。利雪が訳したことでいいよ。その方が私も楽だから。だけどいつまで誤魔化せるかな?」

「華月が憂えることの無きよう、私自身でも訳が出来るようになってみせますよ。そのために異国語のままの写本をお願いしたいのです」


 こんな風に配慮して貰えれば、こちらも気分良く話せるというものだろう。

 近頃中嗣とは、長く真面な会話が出来ないせいで、今日のこの時間はなんだか新鮮で、貴重にも感じた。


「これを機に、この国の農に関しての知識ならば、宮中随一と言われる男になりたいと思っていまして。それでまた田畑の視察にも伺いたいのですが、今度は麦の育成状況も見せて頂きたいですね。それから流通や産業にも詳しくなりたくて」


 利雪が見学ではなく、視察と言ったとき、官らしくなったなぁと改めて実感させられた。

 言葉一つの違いで、受け取り方にこんなに大きな差異を感じることがあるとは。

 言葉選びについても、私はもう少し考えた方が良さそうである。


「麦畑の視察なら、好きに行けるでしょう?」


 領主がいないのだから。官として赴けば、田畑を好きに見ることは出来るだろう。

 あの地の農民たちに農耕技術を学んで貰うとすれば、早いところ親しくなって、意思の疎通を図れるようになっておくのもいい。


 というように、なおも話題を膨らませることは出来たが。

 私はすでに別の期待に胸が膨らんでいて、それどころではなかった。


 今、産業と言ったよね?


「皆様の邪魔にならないよう配慮したいので、田畑に赴く際には、是非華月もご一緒に行ってくださいませんか?私には、まだまだ気付けないことがありまして、ご助言頂きたいのです」

「うーん。まぁ、今の時期ならいいかな」


 馬車を使ってくれるし、移動は楽だ。広い田畑を歩き回ることは疲れるけれど、たまには動いた方がいいし、街の外に出ることも気晴らしになっていい。

 けれども同じことを夏まで続けられると辛いから、私は途中で離脱しなければ。


「良くない時期があるのですか?」

「仕事が忙しいときもあるからね。またそのときは伝えるよ。えぇと、それで流通と産業って?」

「いずれはこの国のすべての農業に関わる分野に詳しくなるつもりですが、まずは米と麦に特化してみようかと。それでその流通と産業にも詳しくなりたいのです」

「流通のことなら、岳の方が詳しいと思うけれど。もう話を聞いていたよね?」

「えぇ。楊明殿のお話はとても勉強になりました。さらに詳しくなるために、宮中の資料を紐解いているところですが。やはり資料だけではなく、実際に目にして知っていきたいのですよね。それで各産業を視察しながら、学んでいこうかと」

「産業と言うと?」

「たとえば先日は偶然にも醤油屋の茶屋前でお会いしましたが。醤油の原料として麦も使われているそうですね?」

「そうだねぇ。麦も使うけど、主に大豆で出来ているようなことは聞いているけれど」


 あの日のことは、忘れて貰いたいことだったので、言葉は少なく済ませておいた。

 利雪にこれが伝わっていたかどうかは分からないが、すぐに次の話題に移ってくれてほっとする。


「味噌もまた、米でも麦でも作ることが出来るとか」

「うん。玉翠がどちらの味噌も作っていたよ。あとは豆でも出来ると聞いたことがあるなぁ」

「豆も。それは知りませんでした。玉翠殿には作り方を詳しくご享受頂きたいですね」

「玉翠なら、快く教えてくれると思うけれど。味噌屋に行くのもいいよね」


 利雪は頷き、ついに期待していた言葉を言ってくれたのだ。


「米や麦はお酒にもなるのですよね?こちらも視察に伺いたいと思っています」


 利雪がとても綺麗ににっこりと笑ったとき、私はもう嬉しくて、早口で言葉を返していた。


「そうなの!米も麦も大事なお酒の原料で、これは是非視察に行って味比べをしたいところだよね。酒造ならいくつか気になる……うぅん、視察するのに良さそうなところがあって。酒屋の知り合いもいるし、何なら話を付けてきてあげるから――」

「それは素晴らしいが、私からも正式に依頼をしたいから、その知り合いと話すときには、私も共に連れて行ってくれるかな?あぁ、もちろん。視察のときには、私も共に行くからね」

 

 聞き慣れていたはずのその声に、心臓が飛び跳ねて、体を大きく揺らしてしまった。




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