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写本屋には変人が集う  作者: 春風由実
第六章 したうもの
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31.忘れたいものは今のうちに


 情けない部分を許された。臆病者な自分を認められた。

 それは確かに喜びとなり、自信にも変わっただろう。


「君はあの日、私を偽ろうとしただろう?」


 華月は一瞬だけ慌てたが、後ろから抱えられていたからこそ、冷静になって素直に謝ることも出来た。

 それだけでなく、中嗣が弱い部分を曝け出した後であることは大きい。


「中嗣が知っているとは思わなくて……うぅん、ごめんなさい。確かに頼とはずっと会っていないことにしたかった。でもそれは……」


 人を誘導する尋問となれば、中嗣の得意分野だ。

 中嗣はさすがに愛しい娘に対してそれをしようとは思っていないが、こういった場では自然、培ってきたものが出てしまうものである。


「理由は言わなくてもいいが、彼とは元の身の上で繋がっているのだね?」

「……」

「あぁ。返事もしなくていいよ。ふむ、すると改めて君に紹介して貰い、彼と話したいと思っていたのだが、これは厳しそうだね」

「……」

「昔馴染みの者たちにも知られたくないということは、彼とはそういう繋がりと思っていいのかな?」

「……」

「とすると、あの日、着飾る君をあの店に連れて行ったことは失策だったね。これも重ねて詫びよう。彼に直接謝れないようだから、伝えてくれるようにと頼みたいところだが、こちらも君にとっては迷惑な話となろうね。今は君に謝罪をするにとどめておくよ。君を困らせ、不快な思いをさせて、申し訳なかった」

「……私も中嗣には敵わないみたい」


 ふっと笑い出したのは、二人同時だった。

 笑いながら、「お互い様だったね」「あぁ、まったくだ」と言い合う。


「私に言えたことではないが、改めてお願いしてもいいか?」

「うん、私もあの日はごめんなさい。偽ろうとしたことは事実だから、それは謝らせて」

「いや、私もあの日は気が立っていてすまなかった」

「それも私のせいだから、ごめんなさい。これからは言えないときも、そうだと伝えるようにするよ。それでいいよね?」

「あぁ。お願いしたい」

「分かった。だけど、その場では何も言えないときもあると思うんだ。そういうときは、あとで説明するから、許してくれる?」

「その場で偽らざるを得ないときは、視線で伝えてくれたらいいよ」

「視線……分かった。そうしてみるけれど、伝わらなかったらごめんね」

「君の想いなら伝わるさ」


 華月は頷いたあとで、「私も同じことをお願いしたいんだけどなぁ」と呟いた。

 これは、中嗣にも耳が痛い話である。


「出来る限り、そうしよう」


 誠実に対応しようと思えば、必ず願いを叶えるとは言えないのだ。

 華月はこれにも素直に頷いた。


「中嗣はなるべくでいいよ。宮中の詳しい話なんて言えないだろうし、私も出来れば聞きたくはないからね。だけど私に何かあるときだけは、教えてくれると嬉しいな」

「あぁ。君に関わりがあるときはそのように。だが、もう何もさせないがね」

「勝手に一人で無理もしないでよ?」

「君に何かあることが最も無理なことだよ」

「そういう話ではなくて……そういえば、あの二人はどうなったの?」


 舌打ちしたい気持ちになる中嗣である。せっかく二人であるのに、何故彼らのことを思い出さねばならないのか。今日やっと終わったところで、最早中嗣は忘れようと努めていた。

 しかしすぐに、この独占欲からなる思考がいつも会話を中断、あるいは消滅させてきたことに気付き、中嗣は考えを改めた。ことが終わったからと言って、華月の中では何も終わっていないのだ。己に関わることを話せというのは、こういうときだろう。


「彼らの処遇は今日決まったよ。邑天と邑仙には、それぞれ別の場所で罪人としての労働を課すことになった」

「労働なんて、出来る人たちなの?」

「家名を失った後だ。おとなしく働かなければどうなるか、分からぬ二人ではないと願っておくよ」

「家名を……意外だなぁ」

「何がだ?」

「だって、二人とも武大臣の子どもなんでしょう?しかも、次期皇帝の叔父と叔母だって言っていたよね?」

「確かに彼らは、武大臣の子であり、正妃の弟と妹だったが、家名無き今はすでに関係なき人間となったのだよ」

「それで家名を奪ったのね?だけど、そんないい家の人たちに罰を与えるなんて、騒ぎにはならなかったの?」

「君が気にするように、良家の者に庶民と同じ罰を与えることはなかなかないことだね。そのために家名を奪ったわけだが、それも普段なら異議を唱える者が嫌というほどに現れよう」


 華月は首を捻ると、その仕草が可愛くて、中嗣はつい華月の頬に触れてしまうのだった。

 さらさらと滑るように頬を撫でれば、華月の顔の角度が戻る。


「今回は誰も異議を唱えなかったのね?」

「あの二人だからねぇ」

「あー、知らないのに、言いたいことが分かっちゃうなぁ」


 二人とも笑っていた。失礼な話であるが、そう知らぬ者にも一度会うだけでこう言わせてしまう兄妹だったのである。

 市中にも、あの二人に罰が与えられたことを知れば、安堵する庶民が大勢いるくらいだ。


「君にも迷惑を掛けたが、彼らはどこでもあの調子だったからね。ようやく片付いたと安堵する声は聞こえてくるも、宥免を嘆願するような声が一切聞こえてこないのだよ」

「逆によく今まで放置されていたものね」

「放置していたわけでもないのだが……愚痴を言うことは許されるか?」


 華月はくすくすと笑うと、「もちろん。言いたいならいくらでもどうぞ」と明るく返すのだった。


 邑家の兄妹の二人から、長年に渡って直接的な被害を受けてきた中嗣は、今まで誰かにその愚痴を零したことはない。本人たちは元より、邑昌や羅賢などに伝えた嫌味の言葉は多々あるも、それは問題に対処するために必要だった発言であり、気心の知れた者に愚痴として伝えるという行為をしたことはなかった。

 華月相手にも、距離がある分、いいところだけを見せようとしてきた日々は長く。さらに邑家の兄妹の話で華月を穢したくないという、よく分からぬ思考を持つ男だったので、口が裂けてもこれまでは伝えることがなかったのである。


 二人は確実に関係性を変えていた。それも刻々と。

 中嗣から影響を多分に受ける華月であるから、彼女がすべてを晒す日も近いのかもしれない。




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