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写本屋には変人が集う  作者: 春風由実
第六章 したうもの
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28.かの男はまたしても流れを変える


 気まずい沈黙のときなどはなかった。


「このまま抱えていいか?」

「はい?」

「答えるために、膝に乗せてもいいか?」

「どうしてそうなるの?」

「私は思っていた以上に臆病者のようでね。最も落ち着く状態で話したいのだよ」

「臆病者って……。私を膝に乗せると落ち着くのね?」

「あぁ。駄目か?」

「んもう。仕方ないなぁ」


 同意を得た直後には華月を抱え上げ、宙でくるりと回転させると、中嗣はそのまま華月を自身の膝に乗せてしまった。

 後ろからお腹に腕を回しては、そっと息を吐く。


「頭を下げるところだと分かっているのに、このようなことを願い出てすまない」

「それはいいから。教えて?頼を探っていたのは、本当に中嗣なのね?」

「あぁ。私の責任でいい」

「もしかして他の人がしたこと?」

「私が頼んだ形だよ」

「お願い。本当のことを聞かせて?はじめから中嗣が頼んだわけではなかったのね?」


 ふーっと長く息を吐くと、中嗣は頭を下げて額を華月の肩に預けてしまった。

 華月の手がぎこちなく伸びて、中嗣の頭に乗ると、冷えていた中嗣の胸がじんわりと温まる。


「撫でてみてもいい?」

「いくらでも」


 見えないところで中嗣の口角は上がっていたが、実は華月も同じだった。

 顔が見えない分、お互いに顔に浮かぶ心情を隠さない。


「誰が頼の後を付けるようなことをしていたの?」

「私のためにしてくれたことなのだよ。すまないね」

「誰かは言いたくないのね?」

「そうではないが、本人に確認したい点がある」

「うん。いいよ。分かった。それなら、私のこともまだ聞いてはいけない?」

「いや、そっちは隠すものでもなかろう。君にも話したと聞いているが。私がいないときに、羅生を側に置くようなことをして、すまなかった」

「羅生だけなのね?」

「うん?あとは玉翠に頼んではいたが。彼は自分でもそうしよう」

「それは玉翠なら。ち、父親だからね」


 中嗣は我慢ならず、華月の肩に額をぐりぐりと押し付けるようなことをした。

 くすぐったいのか、華月は笑いながら、中嗣の髪をくしゃりと掴むようにして撫でる。


「玉翠にまで、架空の人に対するようなことは考えていないよね?」

「どうかな」

「考えるの!玉翠だよ?」

「彼だからこそ、私は……あぁ」

「何があぁなのよ。もう」

「すまない。私は臆病なあげくに、狭量な男だった」


 落ち込んだ中嗣を励ますように、しばし華月は中嗣の頭を撫で続けたが、やがて飽きたのか、疲れたのか、手を下ろすと、お腹に回された手に重ねるようにしてぽんぽんと軽く叩き始めた。


「ほら、元気を出してよ。怒っていないからね」

「すまない」


 謝りながら中嗣は手を翻して、華月の手を捕らえる。

 固く決意したものを忘れ、すでに中嗣側の気も緩み始めていた。結局触れ合っていれば、こうなる。


「私を心配してくれたのでしょう?今日も玉翠だけだと心配だったのね?」

「ん?まぁ、官絡みとなれば心配にもなるが。今日とは?」

「今日も羅生がこっそり付いていたのでしょう?羅生って上手に身を隠せるんだね」

「……華月、少し下ろすよ」

「どうしたの?」

「今すぐに今日の件について明らかにしようと思ってね」


 膝から優しく床に降ろされた華月は、困惑した顔で中嗣の動きを目で追った。

 中嗣は何を思ったのか、突然窓を開けて、外に顔を出す。

 客間の窓は小さいし、桜通りではなく裏手の路地に繋がっているのだが。


「磁白、いるか?」


 沈んだ声を発しただけであるのに、窓の外には以前と同じように男の姿があって、華月は吃驚した。

 何故いつも、降って湧いたように現れるのか。


「お呼びでしょうか」

「君に聞きたいことがあってね。誰がここで見張りをしているようにと頼んだのだ?」

「自主的な鍛錬中です」

「君はもう謹慎が明けたのだろう。仕事をしたまえ」

「されど、これからは中嗣様に従うようにというお言葉を頂戴し、他に仕事はありません」

「その件は断ったはずだが?」

「断られますと、私には宮中に居場所がなく、無職となります」


 陽が落ちて、薄暗くなってきているとはいえ、このように家の窓に張り付く男がいれば、目立ちもするだろう。


「中嗣、入って貰ったら?」

「磁白にそんな気遣いは要らないよ」

「えぇ。どうか私のことはお構いなく」

「気遣いというか……」


 この写本屋は怪しい付き合いがあると思われたくなかっただけなのだが。華月は頷き、口を挟まぬことにした。ここが二階でもなく、表の桜通り側でもないことは、救いだ。


「それで君は、今日も華月の警護を勝手にしていたわけだね?」

「はっ。中嗣様が宮中に向かわれましたので、その間何事もなきよう大事な御方をお守りしようと思いまして」

「それで華月を困らせてどうするのだ」

「お困りでしたか。これは申し訳ありません。しかし何故」


 気付かれぬ自信があったのだろう。磁白、これが偽名であることはややこしいが、この男は窓の外から、部屋の奥にいる華月に対し、探るような視線を送った。

 この視線を華月は苦手だと感じたが、すぐに体で遮ったのは中嗣である。


 中嗣はにこりと微笑むと、それは冷えた声で言った。


「君もまだまだ鍛錬が足りていないようだね。護衛役はまだ早い。私が頼まない限り、今後は華月に付き纏わないように。分かったね?」

「はっ」

「自主的に鍛錬しようとする姿勢は素晴らしいが、人を尾行する鍛錬は辞めなさい。鍛錬ならば、部屋でも十分に出来よう。君の処遇はこれから検討するから、指示があるまではおとなしく宮中の自室に留まるように」

「かしこまりました。そのように」


 一体何をしたい男なのか。

 華月が疑問を口にする間もなく、磁白は窓の外から姿を消した。


 


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