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写本屋には変人が集う  作者: 春風由実
第六章 したうもの
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27.核心までもう一歩です


 一度や二度の拒絶など何も恐れるものではないとすれば。


「万が一にそうなったときのことを考えたのだけれどね」

「考えなくていいのに」

「いや、大事なことだ。それまでは遠くとも見守っていけたらと、正しく想っていたはずなのに。想像すると、どうやらそうではないと気付かされてしまうのだよ。頭では、華月が好いた相手と幸せになるよう取り成してやらねばと考えていてもね。それがどうしたか。いくら想像しても、相手の男を無事で済ませてやることが出来ない」

「はい?」

「君はこんな私を嫌うか?」


 華月の顔から、またしても色が抜けていく。

 紅くなったり、白くなったりと、忙しい顔だが、青ざめていないだけまだいいと言えるだろうか。


 妙な自信を持ったせいで、中嗣の口から出る正直な言葉は、華月を混乱させ続けた。


「えっと……無事で済まないと言ったけれど、中嗣は架空のその人に何をする気だったの?」

「完璧な男ならいいのだよ。もちろん、私より賢く、私より強く、私よりも魅力的で……」


 何をするかと問うたのに、これである。

 心底呆れた声が、華月から漏れていた。


「何それ?」

「私より劣る男に君を渡すなんて、許せるはずがないではないか。そうすると劣る部分を鍛えるか、その部分を容赦なく攻撃し、自ら身を引いて貰えるように仕向けるか、あるいは劣る部分から責めて街に居られぬようにしてしまうか」

「おかしなことを言っているよ?それも段々と酷くなって、最後はとてもおかしいからね?」

「おかしいものか。それどころか、二度と君に顔を見せようと思わないほどに追い込むか、はたまた……」

「それもおかしいよ!中嗣は優しいから、そんなことをしないでしょう?変なことは考えないで」

「私は君にだけ優しいのだよ」

「そんなことないよ。ほら、前は蒼錬にわざわざ殴られてあげていたでしょう?あれだって、蒼錬のために殴られてあげたんだよね?」

「君には忘れて欲しい男だが……あれも私の自己満足だった」

「そんなことはないよ。蒼錬は今頃きっと、中嗣のおかげで力強く生きていると思うからね」

「そうだといいが」

「ほら、優しい」

「いいや、優しくない。君に再び何かしようものなら、私は迷わずあの男の首を撥ねる。そういう男だよ」

「そうは言うけど、中嗣はきっと許すと思うの」

「それは君が許することを望んでいるからだよ。それくらいに、私は君に溺れている」


 また華月の顔が紅く染まっていく。

 ここに羅生でもいたら、そのように照れていられる話ではないと指摘してやれるのだが。


「私の何がそんなにいいのか、分からないよ」

「君が望むなら、何晩でも語り明かそうと思うが」

「それは大丈夫。辞めておいて」

「そうか。残念だ」


 中嗣はそれを突然思い出して、羽のように軽く笑い、「自分で改めて気付いたときもあったな」と呟いた。


「自分でって?」

「あるときにね、君に触れたい気持ちが違っていると気付いたのだよ」

「触れたい気持ち?」

「あぁ。かつては幼い君を喜ばせたいと触れていたのだが」

「そういえば、中嗣も小さい頃はよく頭を撫でてくれたね」

「私()とは?」

「またそんな顔をして。玉翠のことだよ」

「あぁ。幼い君があまりに可愛く、彼や羅賢殿とは競うように君を可愛がっていたものだ」

「私を可愛がることを競っていたの?」

「それぞれが勝手にね」


 中嗣は一人うんうんと頷いたが、華月は覚えがないのか首を捻った。

 確かにその三名からは可愛がられてはいようが、華月にはそんなことで競われた記憶はない。


「それがね、君のためではなく、ただ私が触れたくてそうしていることに気付いたときがあって。あのときは、落ち込みもしたのだが」

「落ち込んだって、どうして?」

「君のためであるような顔をして、自分の欲を満たそうとしていたと分かればね。それは君も触れられるのを嫌がろう」

「誰かのために選ぶことは、誰かのせいにすること?」


 中嗣は華月の意外な返答に眉を上げたが、すぐにその眉を戻し優しく微笑んで同意を示した。


「そういう考えも出来るね。私は自分がしたいことを君のせいにして実行する浅ましい男だったのだよ。だから君も私に触れられるのが嫌だと感じていたのだろう?」

「そんなことで私のせいだとは思わないけれど……嫌がっていたのだって、大人になっても子ども扱いされることが落ち着かなかったからだよ?それは中嗣だけの話ではないし」


 実際、中嗣を拒絶し始めた同時期に、華月は玉翠に対しても触れ合うことを拒絶するようになっている。

 それは少女から大人への成長の過程として必然的なものだった。


「だが、最近は嫌がらなくなったね。……すまない。また嫌なことを言ってしまった」


 華月は首を振ってから、そわそわと足を揺らしはじめ、中嗣はこれを違うように受け止めた。


「やはり痛むか?少し寝た方がいいね。すぐに布団を敷くから……」

「違うの。ねぇ、中嗣。わ、私が……」

「うん?」

「私が中嗣を撫でたいと思ったら、それは同じことになるの?」


 中嗣の目がまたしても見開かれ、直後には柔らかい息と共に嬉しそうな笑顔があった。


「私のような男を撫でたいか?」

「い、いつもは違うよ。いつも撫でたいわけではないからね」

「たまには撫でたくなる?」

「この前から……うぅん、なんでもない」


 中嗣は溢れる笑みを隠せないまま、そっと頭を下げて華月へ寄せた。


「撫でるといい」

「今はいいの」

「いつに撫でたくなる?」

「……それは中嗣が……時々淋しそうな顔をするから」


 顔を戻した中嗣は困った。

 そっぽを向いても意味がないほど耳まで真っ赤にしてこう言われたら、抱えて腕の中に閉じ込めてしまいたくもなる。

 これははたして許されるのか。


 恐る恐るという形で弱弱しい力で手を引いてみると、華月の体は容易く傾き、中嗣は自身も近づいて、華月の身を柔らかく抱き留めた。


「嫌なら離れるから言うといいよ」

「うん……ねぇ、中嗣」

「どうした?」


 中嗣の声は一層に優しくなるも。


「同じことなの?」

「何とかな?」

「架空の人に何かすることと同じ気持ちで、頼を探ったり、私を監視したりしていたの?」





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