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写本屋には変人が集う  作者: 春風由実
第一章 おくりもの
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13.反省しているつもりなのです


 現皇帝の正妃は、邑の家の出自だ。武大臣である邑昌の娘である。

 だからこそ邑昌は武大臣になれたと言っていい。

 現皇帝の義父であり、次の皇帝の祖父となる彼が出世するのは当然のことだった。今後ますます発言力が増していくことも容易に想像出来る。


 当然、それを面白く思わない者は幾人もいる。


 次の武大臣を狙う、武次官を務める露愁はその筆頭だろう。

 文大臣の羅賢は、孫娘を二人も皇帝に差し出しながら、いずれも形式だけの側妃に留まっている。正妃の父だからと偉そうな顔をしている武大臣に対して、不満を抱えているかもしれない。

 続く文次官の覚栄も、文大臣の羅賢が失墜した後の座を狙っているのだから、武大臣にいつまでも偉そうな顔をされていては、近い将来困ることになる。


 胡蝶が名を上げた者たちはそろって正妃暗殺の理由を持つ家の者たちだった。

 そして利雪らにとっては、とても分が悪い相手である。

 官位は低いが、後ろに大臣や次官が控えているとなると、呼び出して尋問するような真似は出来ないし、下手な不和となる原因を作れば、今度は利雪らの立場が危うい。


 それが二人だけの問題ならまだいいが、家の者たち全員に問題が波及するかもしれない。利雪らもまた、一人の官として家を背負っている。


 問題はもう一つ。

 毒を混入した下手人を探したいのだが、二人は後宮に入ることが出来ない。

 とすると、誰かに頼まなければならないが。

 相手を選ばなければ、その者自身が下手人と繋がっているかもしれないし、またしても家同士の争いに発展しかねない懸念がある。


 ならば皇帝に頼み、後宮を調べて貰うという手もあるが、そのために華月について語らなければならず、それをするとさらに事態が悪化しそうで、利雪も宗葉も実行出来ずにいた。


 今までとは違い、皇帝に話を通す意味を、彼らはよく学んだのだから。

 一介の写本師の情報を提供することに抵抗を持って当然だ。


 とはいえ、このように紅玉御殿の部屋の奥で、ひそひそと話し合いを続けていても何も解決することはない。何かしなければ、そのうち利雪らを通さずに医官が華月を探し出すだろう。


「これは、我らだけでは厳しい話ではないか?大臣や次官のいる家の者に何かするわけにはいかぬし、本当に正妃暗殺を企てていたとしても、騒ぎとなった時点で証拠など処分しておろう」

「とはいえ、ご相談したところで、主上さまもお困りでしょう」


 華月について伏せて進言しても、また別の問題が生じてしまう。

 皇帝が官たちの権力争いに口を挟むことになるし、正妃の暗殺未遂事件などを確かなものにしてしまえば、誰かの首が飛ぶことは必須で、場合によっては家がいくつか消えることとなる。それは進言した利雪らに及ぶことも例外ではない。


「しかし、野放しにもしておけん。華月殿のこともあるが、正妃様にまた何かされる可能性が高いぞ」

「誰に相談するか、という問題が残りますね。誰が誰と通じているかも分かりません」

「確かにな。ひとつの家の問題とは限らん。だからと言って、俺たちの家の者に……というのも難しいな」

「えぇ。出来れば巻き込みたくないものですが、立場的には怪しい者たちより弱く、意味をなさないでしょう」

「そうなると主上さましかいないが」

「大事になるのは目に見えています。まだ何も分からない段階で話すことではないでしょう」


 いくら考えても、良案など思いつきそうにはなかった。

 宮中がこれほど面倒な場所だったと知らず過ごしたかったものだと、宗葉は思う。

 何も知らなければ、今日も重なる書類に文句を言いながら、仕事をし、適宜そこらの者とおしゃべりに興じていた。あれほど嫌だった日々が、今は恋しい。


 宗葉は開き直ろうとしていた。


「なぁ、利雪。どうせ関わらせてしまったのだ。華月殿にお知恵を拝借することは出来ないだろうか?」

「華月殿に?」


 しかしそれはあまりに……と利雪は口を噤む。


「華月殿は、医にのみ長けたお方ではなかろう。医術だけでなく、多方面に造詣が深いようにお見受けする。我らが素直に願えば、何か良い話が聞けるのではないか?」

「確かに聡明なお方とお見受けしますが、それではますます危険な目に合わせてしまうかもしれません」

「少し濁して話してはどうだろう?宮中の外にあるからこそ言えることもあろう」


 利雪には宗葉の提案以上のものは浮かんで来なかった。


 文官になって五年。

 これまで学んで来たことはなんだったのだろう。

 これまで築いてきた他官との仲は虚構だったのか。

 信じてきた皇帝は優しいだけの人ではないのかもしれない。

 官とは世の役に立つ存在であると、固く信じてきたのに。


 自身の無力さに打ちのめされながら、なお華月に会いに行こうとしている自分を、どこかで酷く冷めた目をした自分が見ているような気がした。



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