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写本屋には変人が集う  作者: 春風由実
第六章 したうもの
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20.お戯れが過ぎたようです


 重くなった空気を変えるべくなのか、ここで関幸が口を挟んだとき、驚いたのは中嗣の方だった。


「中嗣殿はこう言いたいのですよ、邑昌様。そのように知らぬ仲などと言ってしまえば、ご子息、ご息女は、中嗣殿とは特別親密な仲であると捉え、それも武大臣でもある父親からその関係に対してお墨付きを頂いたと考えてしまうと」

「なんと?わしはそこまで言ったことはないぞ。幼き頃を互いに知る仲であろうし、これ以上迷惑を掛けるなと叱責してきただけで」


 中嗣はふっと息を吐きながら笑うと、冷え冷えとした声を重ねていく。


「そのせいでしたか」

「これもならんのか?わしは叱責していたのだぞ?」

「あの二人には通じませんよ。幼い頃からの許嫁であり、まるで義兄だという顔をされて、大層迷惑を被っておりましてね」

「許嫁に義兄だと?」

「えぇ。邑天殿に至っては、それを認めたくはないが、邑昌殿が言っているからには仕方がないと。それで義兄であるのに、己の方が官位が低くては問題になるから、これ以上私には出世してはならぬと言い、それどころか官位を落とせとまで言っておられましてね。そのように尊大な態度を示されましても、まず私が義兄などと認めていないわけで話にならなかったのですよ」

「ぐぅ……それはすまなかった。しかしそれでも此度の罰は重過ぎないかの?」

「私は何度苦情を伝えたと思います?片手、両手の話ではありませんよ。幼き頃に羅賢殿から伝えて頂いた言葉も合わせれば、もう百も越えておりましょう。これでまだ足りぬと申されますか?」


 邑昌ほどの男の額に粒の汗が滲んでいた。

 この部屋は本殿の内部にあり冷えてはいないが、冬であることもあって暑くはない。

 さらに中嗣のせいで、冷えたように感じさせる作られた空気があって、それでも邑昌は汗を掻いていた。


「それも被害が私だけのうちは良かったのですがね。それがいつしか、紅玉御殿にまでやって来ては、私の婚約者だから言う通りに動け、あるいは義兄となる身であり私より偉いのだから従えと。はては、他の御殿でも同じようにされていたとか」


 ここで邑昌は、医大臣と神大臣からも追い詰められることになった。


「邑昌様には申し訳ないが、事実を語りましょう。黄玉御殿では、邑昌様の子であることを誇示し、綺麗になる薬を出せ、強くなる薬を煎じろと、幾度も騒がれておりました。最後には、次代の主上さまの叔父、叔母になる身だと申されますので、私ども医官も大変困っておった次第です」

「そちらもでしたか。白玉御殿では、中嗣殿と早く結婚出来るように祈れだとか、次の武大臣は己にするよう神託が下りたことにしろだとか、色々と無茶な願いを言われましてね。若い神官たちも戸惑っておりました」


 宮中のどこでも話題に事欠かない、邑家の兄妹であった。長女である正妃よりその名がよく知られているなど、あり得て良いものなのか。


 さすがの邑昌も頭を抱えて蹲る。

 しかしこの話自体は初耳ではなく、彼はもう何度も聞いてきたことだった。それでも、今日のようにこの国の重鎮たちが集まる場で直接苦情を言われたことは一度もない。あって羅賢から二人で話す際に、直接忠告されてきたくらいだろう。

 中嗣も羅賢がいるうちは、直接に苦情を伝えることはしなかった。やんわりと遠回しに嫌味を伝えたことは幾度もあるが。中嗣でもそれなりに立場を弁えて大人しくしていた頃があったのである。


「それはすまないが……それくらいのことであれば、まだ矯正のしようがあるとは思わないか?」

「口だけで済んでいる話なら良かったのですがね。従わぬ官には言い掛かりを付け、罪をでっち上げては、貶めようと画策し、この対応には私もどれだけ無駄な時間を費やしたか。お二人が些か頭が足りぬ状態にあったことには、助けられましたがね」


 邑天、邑仙が考えたことは、ことごとく失敗に終わっている。

 浅慮で短絡的だから、二人の望んだ通りにはいかないのだ。

 いつも最後には、次期皇帝の叔父、叔母だと誇示して、自分たちに従わないことは皇帝への謀反だなどと宣うが、では皇帝と正妃、そして皇子にこれを問うて良いかと聞かれると、慌てふためき逃げていくのであった。


 しかしこうして上手くいかないことが、また二人を焚き付けることになる。自分たちの立場にあって、この扱いはおかしい。いい身分にあるはずなのに、何もかもが思い通りにならないのはどうしてだ。と不満が溜まり、その不満のはけ口として、次から次へと問題を起こしては、兄妹は宮中のあらゆるところに迷惑を掛け続けた。

 それがいつからか、その対象は街へと広がり、華月のことがなくても、もはや看過出来る状況にはなかったのである。

 だから中嗣は、青玉御殿に乗り込んでまで、最後通告をしてきたのだ。もう次はない、と邑昌もよく分かっていたはずなのだが。彼には可愛い子どもたちを制御することは出来なかった。


「それは本当に、本当に、誠に我が子たちがしたことなのか?たとえば、他の誰かに騙されたり、誑かされたり、そういったことは……」

「報告書はお読みになりましたよね?口頭での説明も受けているかと思いますが。誰でもなく邑昌殿が、秘密裡に彼らに付けた者たちの言っていることまで信じられませんか?」

「分かっておる。分かっておるが、どうしても信じられん」

「では、私の所有する家屋に浸入し、そこにいる大事な者まで亡きものにしようとした。これについてはどうお考えで?」

「そ、それは……本当にすまなかった。されど、あれも若い娘の恋心と、妹を想うあまりの……」

「邑昌殿。これ以上はお戯れが過ぎますよ」


 中嗣がぴしゃりと言ったとき、これを窘める者は誰もいなかったのである。

 邑昌は分かっていた。我が子でなければ、さっさと厳しい罰を与えていたことまでもだ。


「あの場で首を撥ねてやろうと、こちらは本気で思っていたことを忘れないでいただきたい」


 ひゅっと息を呑んだのは、神官たちだった。



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