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写本屋には変人が集う  作者: 春風由実
第六章 したうもの
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7.恥の上塗りを重ねています


「華月はみたらし団子がお好きだったのですね。今度お伺いするときには、こちらで買って参ります」


 利雪に言われたときには、とても恥ずかしい気持ちになった。あまりに美味しくて、周りに人がいることも忘れ、夢中で食べていたところだから。

 恥を知らない自覚があったけれど。近頃はおかしい。


「いつものところと、どちらが好きだ?」


 中嗣に問われたときには、恥を忘れ、長い時間を掛けて悩んでしまったので、やはり恥を知らない女ではないかとも思える。


 藤通りのお店で昔から食べてきた団子は、こってりと濃厚な味をしているも、甘過ぎるということはなく、醤油らしい香ばしさも強かったが、くどいものではない。一つ食べると、また一つ食べたくなり、手が止まらなくなるような、食欲をよく刺激する味だった。

 この南大通りの茶屋の団子は、一口目は意外と甘いなと感じたのだけれど、使っている砂糖が上等なのか、口にその甘さが残ることはなく、これまた飽きることなくいくらでも食べられる味だった。こちらは醤油屋併設の茶屋のはずであるのに、醤油の香りはあまり感じず、甘ったるい匂いがするも、食欲を誘うぎりぎりのところで抑えられていて、もう嗅ぐのも嫌だと思うときは来そうにない。

 そうだ、あちらでは共に味わう渋い茶が味の濃さを忘れさせてくれるので、またひとつと手が伸びるのだった。

 こちらはどうだろう。南大通りでは茶まで上品なのかと驚いたが、すっきりと鼻に抜ける独特の味わいは、やはり満腹感を薄れさせ、もう少し食べようかと試みさせる。


 あれ?茶があれば、いくらでも食べられるのでは?なんて思ったり。

 どちらの団子も、いくらでも食べられるのよね?と気付いたり。

 もしや甘さも関係なく、みたらし餡なら何でも好きなのでは?と悟ったり。


 心の中で様々な考えをまとめていたら、すっかり返答を忘れて、気付いたら中嗣に微笑まれていた。見れば、中嗣だけでなく、利雪や宗葉までもが、生暖かい目をして私を見ているではないか。


 うぅ。恥ずかしい。

 やはり恥を覚えたみたいだ。


 それもこれも、この間から、恥ずかしくて堪らないことを続けたせいだ。それでまた恥を重ねるなんて。


 どうしてあんなに泣いてしまったのだろう?

 熱があったとはいえ、あの数日間の自分を今も信じられないでいる。


「他にもみたらし団子のいい店がないか、探しておくとしよう」


 何故か中嗣の言葉に返事が出来なかった。

 この間から、言葉が出なくなるときがある。


 そうすると、中嗣は私のどこかを撫でるのだ。今日は髪を結ったせいか、顔ばかり撫でるのだけれど。

 食べているときは、辞めて欲しい。

 そう、私は恥じらいながらも、団子を食べ続けている。

 だって美味しいんだもの。



 あまりにお代わりを重ねる私を見て、不憫な娘とでも思ったのか。

 団子を運ぶ店の女性が、隣の醤油屋でみたらし餡用の醤油を売っているのだと教えてくれた。普通の醤油でもみたらし餡を作ることは出来るが、専用の醤油で作れば、さらに美味しくなると言う。この店のみたらし餡も同じく専用の醤油を使っているそうだ。


「家でみたらし団子を食べられるの!」


 どうして玉翠は作ってくれなかったのだろう?

 とても不思議だ。

 外で食べて私が美味しいと喜んだ料理を、いつでも玉翠は作ってくれた。

 だから私は、みたらし団子は家で食べられないものだと思い込んでいたのだ。



 とても優しい人なのだ。私の……父親代わりのあの人は。


 ふふ。父親みたいな人だからね。うぅん、もう玉翠は私の優しい父親だと言っていい人なんだ。


 

 にやけて変な顔をしていたのだろう。横を見たら、中嗣が眉を寄せていたのだから。


 そこまで不快に思うほどに、私は変な顔をしてしまっていたの?

 あぁ、そうだ。今日は玉翠がどうしてもと言うから、紅などを使ってしまって、きっと余計におかしな顔をしているんだ。

 これは早く帰って、顔を洗った方が良さそうである。



「君はおそらくまたおかしなことを考えていようが、それは確かではないだろうね」

「はぁ?」


 急に言ってくれたから、つい嫌な声を上げてしまったではないか。


 んもう。変なことばかり言うんだから。

 おかしなことをいつも言うのは、中嗣でしょう?

 あぁ、もう。頬を撫でないでってば!


「まだ食べるか?」


 そろそろお腹が苦しかった。着慣れない衣装は、何故かそう着心地も悪くないのだが、きつくもなかった帯を緩めたくなっている。

 いつもの帯なら簡単に緩められるのだけれど、今日はなかなか難しそうで、失敗すると大変な目に合うことは分かっていた。


「ここで無理はせず、また家で食べるといい」

「買って帰っていいの?」

「もちろんだよ。私も食べたいからね。玉翠の分も欲しいだろう?」

「うん!」


 元気に返事をしてから、途端に恥ずかしさを覚える。


 いつも通りに接すると、すぐに色々と……あの数日間を思い出してしまうのは、どうしてなのだろう?

 その始まり……これを思い出したくもないのは、中嗣が変なことばかり言うからに違いない。


「では、醤油を見に行こうか」

「それもいいの?」

「あぁ。みたらし餡用の醤油が気になるのだろう?」

「うん。それにお刺身用とか、卵焼き用の特別な醤油もあると言っていたね」

「玉翠への土産として、醤油はいいかもしれないな」


 玉翠は料理が好きで、珍しい食材を見付けると喜ぶ人だ。どう調理してやろうかと、腕が鳴るらしい。

 醤油にまで興味があるかは分からないけれど、玉翠が各国の塩を集めていることは知っている。手作りの味噌も一つではなく、台所に何種も並んでいるから、醤油だっていくらあっても困らないはずだ。


 お土産と言えば。


「羅生には、お酒がいいかな?」

「忘れていたらいいものを」

「そんなわけにはいかないよ。長く……その、迷惑を掛けたし」


 羅生の前でも失態を犯してしまったことは、悔やまれる。

 ことに触れて大笑いでもしてくれたらいいのに、羅生はあれから蒸し返すようなことはせず、私に対してはどこか余所余所しい感じがして、なんだか気味が悪いと感じていた。

 お土産を渡したら、いつも通りの辛口な物言いが戻ってくれると嬉しいのだけれど。


「羅生殿も写本屋にいらっしゃるので?」

「うん。今日は玉翠とお酒を飲んでいるよ。羅生が美味しいお酒や料理を買ってきてくれてね」

「それはいいな。我らも何か買って……」


 言い掛けた宗葉は、急に顔色を悪くした。どうしたのだろう?


「駄目ですよ、宗葉。今はあまり長く外出はいけません」

「そうだったな。今日は辞めておこう」


 そういえば、何かの用事の合間だと言っていたものね。

 忙しいから、宗葉はそんなに顔色が悪いのかな?

 新年くらいゆっくりと休めるといいけれど。


 あなたも働いたら?という意味で中嗣を見たのに、にっこりと微笑まれた。

 これは伝わっていない。





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