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写本屋には変人が集う  作者: 春風由実
第六章 したうもの
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5.邪魔と思うか、助けと思うか


 華月の調子が戻れば、昨年まで写本屋の二階で過ごしていたように二人は話し始めた。


「その衣装、本当によく似合うよ。靴は痛くないか?」

「うん。ぴったりで怖いくらい」

「それは良かった」

「どうしてこんなに合う靴を私がいないところで買えるの?」

「成長が止まったからだろうね」

「答えになっていないよ?」


 中嗣は機嫌良く笑うが、華月の機嫌の雲行きは怪しい。


「髪も綺麗にまとめて貰ったね。複雑でどうなっているのかは分からないが」

「私にも分からないよ」

「去年までは下ろしていたね。それは玉翠が勝手にしたのか?」

「うぅん。玉翠にね、簪を使ってみたいと言ってみたんだ。そうしたら、こんな風にしてくれたの。凄いでしょう?」


 むぅっと顔を歪める中嗣を無視して、華月は言う。


「玉翠にも何かいいものを買って帰りたいな。何が嬉しいかな?」

「素直になると、君はこうも可愛くなるのだな。いつも可愛いがこれはまた」

「素直って何?おかしなことは言わないで」

「相手が玉翠であることは悔しいが、いずれ私にもこうなるということだね」

「だからおかしなことは言わないでよ!」

「しかし髪を結うとなれば、簪を増やさなければならない。どれ、簪屋も見ていくか」

「どうしてそうなるの?普段は結わないよ?」

「いつも玉翠に結って貰うといい。仕事にも差し支えはなかろう。いや、私が結い方を覚えた方がいいな。毎日私が結い、簪を選ぶことにしよう。それでいいね?」

「何も良くないし、まだおかしなことを言い続ける気なの?」


 言い合う最中、二人とも同時に足を止めていた。

 看板に魅せられたのだ。


『美味しいみたらし団子はいかが?』


 それは醤油屋に併設された茶屋のものだった。

 華月は隣の醤油屋に掲げられている看板を確認し、店内の様子を眺め、それから首を振る。


「どうした?」

「うぅん。なんでもないの。大丈夫」


 そう言われると余計に気になった中嗣だが、何故か問うことはしなかった。

 言っておくが、中嗣は計画的にこの店に華月を連れて来たわけではない。だが、()()を知っていた。

 あの羅生が半端な調査で終えるはずはない。


「書店で長く過ごしたあとだ。ここで少し休んでいくとしよう」

「食べていいの?」

「もちろん。あの店のように好きなだけ食べるといい」

「そんなには食べない……と思うけど…………沢山食べていい?」

「どうしてそう可愛いのだ」

「もう辞めてってば。本当にお願いだからいつも通りにして」


 お願いされてしまうと、中嗣は弱いのだ。

 華月がおかしいと思うことを、なるべく言わないようにと考え、それなのに中嗣はおかしなことを言った。


「食べ過ぎて動けなくなっても、抱えてあげるよ」

「そこまでは食べないよ。んもう、おかしなことばかり言うんだから」

「しかし、病み上がりだからね。先もあまり食べていなかったし、無理はしないように」

「分かっているってば」



 言い合いながら、茶屋へ入ろうとしたときだ。


「中嗣様?」


 その懐疑的な声に呼び止められたとき、中嗣が舌打ちを漏らさなかったことは奇跡的なもので。振り返った中嗣は、声の主を迷うことなく睨んでいた。


 しかしまさか相手からも同じように睨まれるという、思ってもみないことが起こり、思わず中嗣は横にいた華月と目を合わせてしまう。華月も首を捻った。


「本当に中嗣様でしたとは。とても残念です」


 今年も変わらず美しい利雪は、何故か心底嫌悪したような表情を浮かべ、いつもより低い声で中嗣に言った。

 しかしその顔すら美しいのだから、華月はその珍しい顔をまじまじと観察し、その変わらぬ美しさに感心している。


 そしていつも通り、隣には体の大きな男が一人。


「私もまさか中嗣様の斯様なところをお見受けすることになろうとは思いませんで……」


 宗葉もまた歯切れの悪い様子で言う。


 華月は再び首を傾げてから、問うた。

 中嗣が部下に何をしでかして、二人の様子がおかしいのかはどうでも良かったが、二人が一度も華月の顔を見ようとしないことが不審だったのだ。


「利雪も宗葉も久しぶりだね。変わりない?」


 若い男たちがしばらく固まったことで、華月は余計に分からなくなって、中嗣を見上げた。

 すると中嗣は、酷いことに。


「君は気にしなくていい。さて、分からぬ者たちは放っておいて、私たちは店に入ろうか」

「お、お待ちください。まさか華月ですか?」

「はぁ?」


 着飾っていたところで、中身まで変わるはずもなく。

 華月は美しい利雪にまで嫌な声を出したことに気付いて、急ぎ口を押えたが、もう遅い。


 宗葉は笑い出し、「なんだ、華月か。驚かすなよ。中嗣様の浮気現場を目撃してしまったかと想ったのだぞ。しかしよく考えてみれば、中嗣様が華月以外の娘を同伴するなど、ありえぬことだったなぁ」とこれまた余計なことを言ったので。


 華月の頬が見る間に染まっていった。また考えたくもないことを思い出してしまう。


「どうして宗葉までそんなことを……」

「浮気というのは聞き捨てならないが。君は意外と分かる男だったのだね」


 中嗣は晴れやかに言うと、二人の部下から華月を隠すようにその背に手を当て、茶屋に入ろうとする。


「お待ちください、中嗣様。どうか、お待ちください。私たちもちょうどこの茶屋にお邪魔しようと思っていたのです!」


 凄い男だな、とおかしいところで幼馴染の男に対し、尊敬の念を示す宗葉だった。

 宗葉にはとても言えないことであるし、そもそも二人は何か美味しいものを買って、すぐに宮中へと戻る予定だったのだから、利雪のこれは嘘である。

 こんなところで斯様な嘘を吐けるのは、大物か、それとも余程分からぬ男か。


「君たちも休暇中に私の顔など見たくないだろう。別の茶屋にしたらどうだ?」

「とんでもございません。是非ご一緒させていただきたい。ねぇ、宗葉?」


 涼やかなこの作り笑顔を見て、よく言えるよな。と思う宗葉は、これも言えず。

 宗葉に言えたのはこれくらいだ。


「中嗣様がよろしいのであれば……」

「一緒がいいよ、中嗣!皆で食べた方が美味しいよ!」


 人が増えることを華月が大いに喜んだことで、中嗣は断れなくなってしまう。

 せっかく羅生と玉翠があのようにお膳立てをしてまで、二人きりで過ごす時間を与えてくれたというのに。

 茶屋でのひとときを終えたあとは、早々に部下を追い返そうと固く決意する中嗣だった。

 宗葉の顔色がとても悪い。



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