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写本屋には変人が集う  作者: 春風由実
第一章 おくりもの
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11.皇帝からの逆襲なのか


「というわけで、主上さま。お会いすることはかないませんし、宮中の仕事を任せることは難しいです。申し訳ありません」


 命じたことをひとつも成し遂げていないのに、嬉々としている利雪の様子に、普段温厚な皇帝も顔を引き攣らせている。

 利雪はたった今、写本師であることも告げず、仕事が忙しい人だから会うことはかなわないとだけ伝えたのだ。仕事を休ませては困る人たちがいるから、それも出来ない。その困る人間が自分であることも伏せ、利雪は簡素にそう伝えた。


 昨日は昼間から酒を飲んでいたせいで体調の良くない宗葉が、補足をしなければならない。


「意志の強い方でして。どうしても嫌だそうです。無理にとあらば、連行することも出来ますが」


 宗葉が語ると、口から酒の匂いが漏れた。

 それにまた皇帝は顔を引き攣らせる。


「依頼した私たちが、そのような強硬手段に出るなど!道理に反したことを考えるものではありませんよ、宗葉」


 言った利雪を睨んでみるも、宗葉の想いは彼に届かない。

 皇帝は面白いものを観るように二人を眺めていたが、やがて言った。


「そんなに気に入ったのかね、利雪?」

「そうではありません、主上さま。その者は私たちに対しても素っ気ない態度しか見せませんが、利雪は()()()()()()()に憧れてしまったのです」


 宗葉はこれ以上余計なことを語るな、と言いたいわけだ。いくら温和な皇帝だとしても、無礼にもほどがあって、忠義心の強い宗葉は目を瞑ってはいられない。


「憧れねぇ」

「左様です、主上さま。私はかの……かの者に憧れてしまいまして」


 彼女と伝えそうになった利雪は誤魔化したが、怪しさ満点である。

 それでも皇帝はいつものように穏やかに微笑んだ。


「君たちがのんびりしているということは、その者、なかなか口も堅いようだ。ますます宮中のために働いて欲しいものだけれど、残念でならないねぇ」


 利雪と宗葉の顔付きが変わった。


「我が妃の病について、聞いていないかい?」

「いえ」


 宮中のかん口令も、それなりに力を発揮しているようだ。

 宗葉の耳にもそれは届いていなかったのだから。仕事もせずにふらふらしていたから、普段接する者らとの付き合いがなくて聞けなかったということもある。


「食事に毒が混入していてね。それもとても珍しい異国の毒だったそうだよ。医官たちが何を言い出したか、分かるね?」


 利雪は真っ青な顔で頷いた。宗葉の体に残っていた酔いも、すっかりと冷めている。


「私が宥めているが、そう時間はない。君たちには少々荷が重くもあろうから別の者に頼んでも良いけれどね」

「最後まで我らにお任せください。責任を持って対処いたします」


 利雪が強く言い切った。宗葉も重々しく頷く。

 皇帝は二人の肩に手を置いたのち、御簾の向こうに消えて行った。しばらくすると鈴が二度鳴り、若き二人の文官は絢爛豪華な部屋からの退室を許される。




◇◇◇



 日暮れまであと少し。

 落ち行く夕陽を浴びながら、二人は街を駆け抜けて、写本屋に駆け込んだ。

 

 現れた二人に、玉翠は怪訝な顔を隠さない。


「申し訳ありませんが、華月にはお取次ぎ出来ません」

「どうしてですか?」


 突然の拒絶。

 これでは医官たちの申す通りだと、受け取られても仕方がない。


「この店は写本屋で、あの子はただの写本師です。写本以外の御用であれば、取り次ぐわけにはまいりません」


 静かな声であったが、有無を言わさない迫力があった。


「少しばかりお話を伺うだけでも」

「お引き取り願います」


 二人は仕方なく、暖簾をくぐり、外に出た。

 作戦会議をしようと考えたのである。それこそ、胡蝶などに相談して。


 歩き出そうとした利雪の頭に何かが降って来た。それは彼の頭を撥ねて、道に転がる。

 慌てて拾えば、丸めた小さな紙で、利雪はそれを急いで開いた。


『後ほど、逢天楼で』


 二階を見上げても、人影は見えない。

 またしても逢天楼を指定されるとは。

 あの場所は、華月にとって何なのか。ただ酒を飲み、膝を借りて、書を読むだけの場所ではないだろう。

 利雪と宗葉は大きな流れの中に知らず身を預けていた。



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