28.二人のその後はどうなることやら
「やっぱりそうだったのね!こちらに匿っていると思ったのよ!さぁ、わたくしをその娘に会わせなさい!」
「匿っていたことはないが。君たちはいい機会をくれたね。この店に手を出せばどうなるか、今回のことで宮中内外によく示せるだろう。その点に関してだけは礼を言う」
華月だけが首を捻っている。
ここに匿っている?この家のどこに?隠し部屋などあった?
羅生は横から、首を傾げる華月を呆れた顔で眺めていた。この娘にも問題ありだ、とようやく気が付いたらしい。
「分からないことをおっしゃらないで!わたくしに会わせなさいと言っているのよ!」
「会って何をすると?」
「あなたは騙されているんだわ。わたくしが本性を暴いてあげるのよ!」
中嗣はいつもの涼やかな笑顔ではなく、心からにっこりと微笑むと、邑仙の頬が厚塗りの白粉の上からでも分かるほどにぽっと赤く染まった。
やっと心が通じたとでも思ったのは、束の間の夢となり。
中嗣は顔を上げると、華月を見て一層深く微笑んだ。
「君の本性を暴くと言っているが。相手をする気はあるか?」
「……はい?」
羅生はくつくつと笑っていたが、玉翠は寂しげに微笑んでいる。
それでも華月は首を捻って、「どうして私に聞くの?」と問い返した。
中嗣が寂しそうに苦笑を漏らすと、華月の目がまん丸に見開かれる。
ようやく分かったのだろうか。
いや、そうではない。華月はこの切ない苦笑を、不本意ながらそういうことにして終わらせるから、話を合わせて欲しいという意味に受け取った。
賢い娘であるのに、自身に関わることには疎過ぎる。
忘れてはいけないのは、磁白という偽名の男。傍らでそっと中嗣と華月の顔を順に眺めて、「やはりお優しい」と口から零し、それから尊敬の眼差しを中嗣に注ぎ始めている。この男も大分思い込みが激しそうだ。
「まさかお前はこんな女を妻にしたのか?」
シュッと風を切る音がして、今度は邑天の目の前に刀が向けられる。中嗣は笑っているが、例の涼やかな笑顔であった。その瞳の色は氷点下まで凍り付いていよう。
「誰がこんなだって?」
「……この女が妻なのか?」
「この女?君にそう呼ぶ許可を与えたことはないよ」
「お待ちになって。本当にこの女が妻だと言うの?嘘ですわよね?」
中嗣は短刀を下ろしたが、その目は何も許していなかった。
「磁白。眠らせて運ぶつもりだね?ここで話すことはもうないからいいよ」
「はっ」
トンと首の後ろを叩かれて、先に倒れたのは兄の邑天だった。
しかし邑仙は「待って。説明をしてからにして。こんな醜い女が妻だなんて、いくらなんでもそんな嘘を付かれる理由が分からないわ!他に妻がいるのでしょう!」と兄が倒れたことを気にもしないで喚いている。
それで中嗣は磁白を手で制した。
嘘ではないが、まだ妻ではない。しかしそれを伝えたら、きっとまた話がおかしくなる。
中嗣はどうする気か。
「他に妻など存在するものか。この子は私が妻とするただ一人の人だよ」
中嗣はちらと華月を見るが、華月は急いで視線を外してしまった。
しかし中嗣はこれに落ち込まず、苦笑は浮かべたものの、どこか幸せそうである。
「嘘よ!こんなに醜い子よ?いくらなんでもあり得ないわ」
邑仙に顔を向けた中嗣に、冷たい瞳が戻った。
「理解出来ないのはこちらの方だ。言わせてもらえば、私は君ほど醜い女を知らないね」
「なんですってぇ!この美しいわたくしのどこが醜いと言うのよ!」
「すべてがだよ。私の琴線に触れるところがないどころか、君に対しては嫌悪感しか湧かないのだからね」
「嫌悪感ですって!それならあの女には欲情するとおっしゃいますの?あんなペラペラの、どこも出ていないような、紙のような女ですわよ?肌以外真っ黒で、女かどうかも怪しいわ!」
「君の目はよほど濁っているようだね。あれほどに美しく可愛らしい女性がこの世のどこにいると言うのだ?」
欲情するなどとは、いくら中嗣でも華月の前で言えなかった。玉翠はほっとしていたが、羅生はもうゲラゲラと笑っている。
華月はどうか……まだ目を丸くしていたが、その顔は赤かった。いや、もう耳まで真っ赤だ。
やっと、やっと分かったのか。
この娘だから、中嗣の言葉を後からどのように曲解するかも分からないが、この瞬間はそのままに受け取ったのだろう。
照れている様子に気付いた中嗣は破顔する。
それで邑仙がなお憤った。
「あなたはご病気なんですわ!おかしいもの!」
「これが病気なら、それで結構。彼女一人を好きでいられる病なら、治すことなく永遠に患うつもりだよ」
「本当におかしいわ!目の前にいるこんなにも美しき女が妻になると言っているのよ?それなのにあんな醜い女を選ぶだなんて」
「君にはいくら話そうと、彼女の良さは伝わらないのだろうね。磁白」
トンと後ろから首を叩かれたあと、邑仙もごろんと土間に転がった。
「邑昌殿には私のところで暴れたと伝えるといい。二人の処分は追って行うから、くれぐれも牢から出さぬように」
「お任せを。お手を煩わせてしまいますが、私の処分もご検討ください」
「それはよく話を聞いてからとするよ。では、任せたよ」
「はっ」
二人をその両肩に容易く担ぐと、磁白は中嗣が開けた戸から外に出ていった。あの様子では、あの兄妹もずぶ濡れになろうが。誰も気遣う者はない。
中嗣は戸を閉めると、晴れやかな顔で華月を見やった。
その華月の顔が赤いことには、中嗣はまた一段と深い笑みを零してしまう。
「さて、華月。お詫びもしなければならないし、誤解があってもいけないからね。今日はゆっくり話すとしよう」
「い……」
「い?」
「いい。もういいの。もういいから。そうだ、湯浴みをするよね?私が準備をして来るよ!」
華月は瞬く間に逃げ去っていく。「あぁ、こら。走るな」と羅生は言ったが、華月には届かなかった。
華月も小走りながら急ぎ移動することは出来るのか、そうすると外で急に走り去ることのないように、それより足が痛むことは……などと心配事を飛躍させ、中嗣は眉を下げながら、その後ろ姿を見守った。
「いよいよですかなぁ、中嗣様?」
中嗣の顔がはたと切り替わり、仕事の際にもたまにしか見せない厳しい顔となる。
それからまだ手にはやたらと豪華な短刀を握っていたことを思い出し、辺りを見渡せば、すぐに鞘は見付かった。磁白はその刀と対にあるあの煌びやかな鞘を土間の卓に置いて行ったのだ。中嗣は短刀を鞘に納めると、それを持って靴を脱ぎ、家に上がることにする。
「それよりも今日のことを説明してくれ」
「それは当然致しましょうぞ。ひとつ先に申しておきますが、彼が来ていなければ、血を見せることになっておりましたからな。処分の際には是非ご寛恕を」
「はじめから彼を厳しく罰するつもりはないよ。ただ少々やり過ぎていたから、一言伝えておきたくてね」
「羨ましかったんでしょうなぁ」
「羨ましいとは何だ?まさか華月を……」
「そのご想像は完全に間違っておりますぞ。中嗣様まで、あの兄妹のようなことは辞めてくだされ」
中嗣は眉を顰めて、心底不快だという顔で羅生を睨んだ。
「あれらと一緒にしないでくれ。それで、磁白は何が羨ましいと?」
「いずれ分かりましょうぞ。中嗣様も罪な御人ですからな。さて、玉翠殿。今日は温かい食事などがよろしいのでは?」
「君は戻らない気か?」
「この雨の中、出て行けと?」
今日こそは、華月と二人でじっくり話したい中嗣であるが。
「玉翠殿。今宵は二人で仲良く酒でも飲みませんかな?」
「そういう夜もいいですね。こんな雨の日ですから」
中嗣は有難いという顔で、玉翠にひとつ頷いて見せた。玉翠は寂しそうに微笑み返すだけである。
このようにお膳立てをされては、あとはもう中嗣次第。
さてさて、どうなることやら。