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写本屋には変人が集う  作者: 春風由実
第五章 はたらきもの
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18.反抗期のお年頃を相手にするなら


 事情を理解した岳の案内で裏通りを抜けて辿り着いた場所は、瑠璃川の下流沿いに広がる河原町だった。

 この辺りになると瑠璃川の川幅も広くなり、川には大型の船が行き交うようになる。当然河原は船着き場としての役割を持つようになり、荷運びのための通りとしても綺麗に整備されていた。

 その広い通りに沿って大きな倉庫が並んでいる。

 岳に聞けば、そのいくつかは米問屋の所有するものだそうで、まず人が来ない場所として私たちを倉庫と倉庫の間に通う狭い道へと誘導してくれた。

 その場所は確かに人気がなく、背の高い倉庫に陽射しが遮られているせいで、薄暗く、通りからも目立たない。心なしか空気もひんやりとしていて、人が入り込むのを拒絶しているようだった。


「何をやっていやがる!この大馬鹿者がっ!」


 最初の怒声は、伝の襟首を掴んで歩かせていた岳からだった。

 岳は吐き出した言葉と共に、伝をその場に投げ飛ばした。伝の体はその勢いで地の上を転がっていく。それが私たちの教えに基づいていることは、私たちだけが知っていた。


「官に盾突くことなど、誰が教えた?あぁ?」


 伝は転がった流れに乗せて体を起こすと、しゃがんだ体勢で岳を見上げる。


「なんで小屋を出てまで、お前らに従って生きなきゃならねぇんだ?」

「誰も俺たちに従えとは言っていねぇだろうが。俺たちが教えたのは、世でしてはならないことだ。一般常識ってやつだぞ!」

「世でしてはならないことをしたのは、あいつらの方だ!俺はただ買い物の使いで道を歩いていただけだったんだぞ。それも道の真ん中に広がって歩く邪魔なあいつらをわざわざ避けてやったのに。あいつらの一人が腕を伸ばしてぶつかって、難癖を付けて来たんだ。お前はそんな奴らにまで頭を下げろと言う気かよ?違うよな?そこまで落ちてねぇよな?」


 ぐぅっと唸った岳は、私に視線を寄越した。

 降参するのが早くはないか。さっきまでの強気な態度はどうしたのよ?

 しかたない。


「それでも頭を下げるんだよ。世を生きていくためにね」

「お前までそんなことを言うなんて、見損なったぞ!」


 そんな言葉を吐いたって、私は喜ぶだけなのに。


「幻滅したければ、すればいいよ。私は言いたいことを言うだけだ」

「なんだよ、言いたいことって?説教か?」

「その通り、お説教だよ。先のように官に反抗して身を滅ぼして、誰が喜ぶと思うの?それを考えたら、自分がすべきことは分かるでしょう?」

「喜ばせてやるものか!あんな奴らに俺は負けねぇからな!」

「その場では伝が勝つかもしれないね。だけど、そのあとは?」

「そのあとだって勝てばいいんだ!俺なら勝てる!」

「伝のご主人さまに迷惑が掛かってもいいと?たとえば先の官が、身の上のずっと高い人と繋がっていたらどうする気だったの?あなたのせいでご主人さまは失脚するかもしれないし、相手が悪ければ、家ごと消えてしまうかもしれないんだよ?」

「うるせぇ!そんなことをさせるかよ!」


 ため息など吐きたくはなかったのに、無意識に漏れていた。

 玉翠はいつもこんな気持ちなのだろうか。だとしたら、申し訳ない。


「だいたいお前らは、官を恨んでいたんじゃねぇのかよ!なんでいつも官と仲良くやっているんだ!」

「今その話は関係ないよ。誤魔化さないで」

「誤魔化しているのは、白の方だろう?官と仲良くしているうちに、自分も官と同等になったとでも勘違いしているんじゃねぇか?岳もそうだよな?官と付き合う立場になって、同等に成り上がったと思っているんだろう?それで俺を見下していやがるんだ!」


 近付いて、腰を落として、にこりと笑ってから。

 手を振り上げた。

 パンといい音が鳴る。

 伝は驚き、頬を押えて固まった。


「伝も官のお家で良くしていただいているのでしょう?それを棚に上げて、なんだって?」

「うるせぇ。うるせぇ。うるせぇ」


 羅生はと言えば、少し離れたところで黙って見守っていてくれた。

 あとでお礼を沢山しないと。それにお詫びもだ。

 この調子だと、伝は今日、羅生にお礼を伝えられないだろうからね。


「官なんか大っ嫌いだ!世から消えちまえ!」

「官を一括りにしてどうするの。あなたのご主人さまは別でしょう?恩を感じているのではなくて?伝が何かしたら、その恩人に迷惑を掛けることになるんだよ?」


 前の私も、うぅん、今の私だって、官を一括りにして話してしまうことはある。

 だけど少しは変わったと思いたい。そうでなければ、自分が情けなくなるからね。


「迷惑なんて掛けねぇよ!掛けないようにする!」

「伝に何が出来るというの?官に突っかかっても、恩も返せずに無駄死にするだけでしょう?恩を返す気があるなら、それよりも伝には……」

「なんだよ、禅も無駄死にだったと言いてぇのか!」


 私の言葉を遮り叫んでおいて、はっとして口を噤んだのは伝の方だった。

 ちらと岳の横顔を見れば、同じように蒼白い顔で俯いている。


 これだから、かつての人らとは頻繁に会わない方がいい。


「どうしてここで禅が出て来るの?」


 出来るだけ冷静にと思って言ったら、いつもより声が低くなり、それがかえって怖かったみたいだ。

 伝が真っ青な顔で私を見上げていたが、これが懐かしいと思えるのは人としてどうなのだろう。




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