鈴人
夏の虫が鳴いて、夜道が賑やかだ。
羽を擦って、とことん鳴くのは、
恋のためなのか、命のためなのか。
もっと他に、大切な理由が
あるのか。
向こうから、近づいて来る人影は、
同じく、この虫の鳴き声を、
聞いているのか。
ただ早く、家に着きたいだけか。
ほっそりした体を、包んだ、
黒っぽい、シャツとパンツ。
長い髪が揺れる、華奢な男。
街頭が少なくて、顔が見えない。
すれ違い様、何やら言っていた。
いいねぇ、いいねぇ、上手だねぇ、
後は、ぼくなんだねぇ。
合わせて、いこうよねぇ。
夏の虫が鳴いて、草の匂いが吹く。
人影とすれ違い、闇が満ちる。、
振り向けば、もう誰もいない。
リーンリーン、また鳴き声がした。