勇者とサラリーマン~僕たちの物々異世界交換戦記~
難しく考えずに書いたコメディです。
『えええっ!?』
思わず声を大にしてしまった。
「いや、よぉく自分を見つめ直してくださいよ、エリンギさん」
「どこからどう見ても勇者に見えます! キノコじゃありませんよ」
そう、僕の名前はエリンギ。決してキノコじゃない。
そしてどう見ても勇者である。
「そういうことを言ってるんじゃなくて! エリンギさんがこれまで歴代の魔王を倒し続けて来た子孫なのは、よぉぉく承知してますよ? だけどねぇ、剣とか盾とか無くてどうやって魔王に立ち向かえるってんですか!!」
「でもですよ? 僕は祖先のじいちゃんからの知識とか、知力……もちろん、攻撃力やら防御力なんかを全て備えているんですよ! 魔法だって余裕で使えちゃいますよ!」
「……でしょうね。で・す・が! お一人で立ち向かえるとでも? 勇者だってのは重々承知してますよ。だけど祖先の方々だってみなさん、沢山のお仲間を連れて向かっていたはずです!」
「だから僕一人で魔法も剣も回復も使えるから問題ないって、何度も言ってるじゃないですか!」
「――強いことは認めましょう。とにかく! お仲間を加える気が無いにしても、とって代わるような強力なアイテムを手にするんだったら、検討しますから! 頼みますよ、エリンギさん!」
――というわけで、融通の利かないお役人さんから締め出しをくらってしまった。
僕は歴代の勇者から魔法や剣、盾、回復薬の調合に至るまで、全ての経験を与えられたまま生まれてきた。
つまり、僕一人でも魔王に立ち向かうことはとても簡単なのだ。
しかしそれだと武器が売れないだとか防具を作ってる意味が無いだとか、冒険者ギルドを作ったのは何だったんだとか、要するに勇者一人で動かれちゃ困るってことらしい。
そうは言っても、僕には伝手が無い。
誰にも頼らなくても生きて来られたし、何でも出来ていたのに、何で一人で立ち向かったら駄目なのか。
強固なお城の外からは簡単に出られるのでそれはいいとして、強力なアイテムって何だよ~。
そんなことを口に出しながら外に向かっていると、ボロボロ布を羽織っただけの怪しい老婆が、僕に近づき声をかけて来た。
「……魔法陣を……書きなされ。ひっひひ……それで解決……ひひ」
「魔法陣か~その手があった! ありがとう、婆ちゃ……ん!?」
お礼を言おうとしたら、老婆の姿はそこに無かった。
辺りを見回してもどこにも見えなかったが、きっと素早さが半端ないということなんだろう。
老婆の言葉通り、外に出て少し歩き冒険者が寄り付きそうにない薄暗い茂みの中で、羊皮紙を中心に置いて、魔法陣を描く。
陣から恩恵を受けるには、貢ぎが必要なので使い古しのアイテムを魔法袋から適当に見繕う。
陣の上にちょっと前に調合した回復薬を置いて、念を唱えてみることにした。
『強力なアイテムとか、何でもいいので現れてくれたまえ~』
一人で行っちゃ駄目なら、何でもいいから魔法陣の力で何とかして欲しいという思いで、いつ作ったのか忘れてしまった調合回復薬を置いてみた。
◇◇
――日本・某所
『遅い!! ボサッとすんな、シダ!』
「はっはい~! 今すぐに~」
僕に的確な指示を与えてくれるジェーン真神さんは、僕の直属の上司にあたる。
仕事の時は女王モードになって、あれやこれやと何でも命令してくれるので自分からは何も動くことのない僕にとっては、偉大な女王……いや、異世界でいう所の完全無欠な魔王と言って間違いない。
そんな女王様もとい、上司ジェーンさんと会議に使う書類を探しに、資料室に来ている。
あぁっ、もっと命令されたい。
そんな邪な思いを巡らせつつ、午前休憩の時間が迫った時、その時が訪れる。
「あぁっ!! 今日に限って水筒持って来なかったとか、バカか、あたしは!!」
「え? いつものコーヒーカップじゃ駄目ですか?」
「アホか! 重要な書類を濡らすことになるだろ! それに染みが付いたらシャレにならないだろ! 濡らしたくないんだよ。あぁもう! シダ、何でもいいから刺激的な飲み物を今すぐよこせ!」
「いやっ、俺魔法使いじゃないんですよ~?」
「お前いつもあたしの望むものをすぐに用意してるだろ! ほら、3分待ってやるから早く出せ!!」
ジェーンさんの言っていることは真実で、僕は上司に叱られるのも嫌じゃないけど、それ以上に褒められたいしがないサラリーマンなので、出来るものは何でも用意する社畜だ。
だけどさすがに3分で用意できるような物凄い素早さは、僕には無い。
うう、こうなれば、神頼みだ。
「何でもいいので、刺激的な水よ~今すぐ僕の手に~」
「何を呟いてんだ? もうすぐだぞ! 過ぎたら昼休憩無しな」
「ひぃぃっ、は、はいい~」
何たるブラック上司。だけど出なかったら、それはそれでお仕置きされたい。
まずは落ち着こう。
落ち着きアイテムといえば、一瞬蒸気マスク。
ちょっとの時間でも目が覚めるアイテムだし、これを使って一瞬で閃きを出さねば。
近くのイスに座り、必死に目を瞑って書類棚に置かれていた適当な本を手にしながら願い続けてみた。
「おいっ! シダ! あたしを放置して居眠りとはいい度胸だな。眠りこけていたってことは、用意したんだよなぁ?」
「あれっ!? 蒸気マスクが無いっっ!?」
「ああん? 何言ってんだ、お前が手にしてんのは変な色の炭酸水だろ」
僕の幼気な願いがどこかに届いたのだろうか、何故か僕は眠っていてジェーンさんに起こされた時には、蒸気マスクそのものが消えていた。
僕の手の平には、重さを感じない炭酸水と本が乗っかっていた。
な、何だこれ……透明な炭酸……水?
でもこれでジェーンさんに渡すことが出来る!
「ど、どうぞ、僕が用意した炭酸水ですっ!」
「ふふん、やれば出来るじゃないか。さすがあたしのシダだな! ありがたく頂くからな」
「はっはい!」
すっげえ褒めてくれた。
しかも疑うことなくゴクゴクと、豪快に一気飲みしてくれている。
「――うっぐっ……うううう……な、何だこれは~!? おい、シダ!!」
「そ、それは不思議な国からの贈り物なんです~まずかったですか!?」
「いや、力がみなぎってきた気がする……! シダぁ!!」
「ひぃっ、はいい」
「ふふふ、あたしの望むモノを一瞬で出すなんて、これからもどんどん扱いてやるからな!」
「よ、喜んで~~!」
一体どこから炭酸水が、それも上司の力をみなぎらせるなんて……でも良かった。
もしかしたら、必死な願いが何かの呪文だったのだろうか。
そういえば適当な本を開いていたんだった。
誰が書いたか分からない変な模様のページがあるけど、何なんだろうか。
模様の中央部分をよくよく見ると、そこにはさっき自分が付けていた蒸気マスクが書かれていた。
な、何だこれ……蒸気マスクが何で絵の中に書かれているんだ……。
何が何だか分からないけど、もしかして不思議な世界と、物々交換が成立しちゃったのだろうか。
何にしてもこの本がその世界と繋がれているのだとしたら、蒸気マスクが何かの役に立つのかな。
「シダ!! スッキリしたところで、あたしらの戦いの場に出るぞ!」
「へ? 戦い?」
「会議って言ったら、戦いだろ! 行くぞ、シダ」
「は、はいい~」
どこのどなたか分からないけど、炭酸水をありがとう。
代わりにはならない可能性が高いけど、蒸気マスクがお役に立てますように。
◇
「ぬわぁっ!? な、何だこれ……! あ、熱い。まさか、魔法陣がどこかと繋がった!?」
見たことも無いアイテムがまさか魔法陣によって出て来るなんて、とにかくこれを繰り返して試して行けば、きっと魔王討伐への道が開けるんじゃないだろうか。
次は思い切って、勇者の兜でも置いてみようかな。
何が出て来てくれるのか、楽しみにしてみよう。
お読みいただきありがとうございました。