三 風神雷神
「・・・先生、今、良いですか?」
「おう、浅田玄樹か、おれも元気だ、朝早すぎ」
「うう、緊急の件です」
「おまえさあ、なんかやらかしたの?どっから?」
「ハワイに来ています」
「あ、そ、フラダンサーにでも転職するのか?」
「いいかげんボケるのはやめてくださいよ」
「ん?乗りが悪いな・・・ふわ~」
「先生、世の中からプラスティックがなくなったらどうなりますか?」
「んんん、こりゃおつな問題だな、ちょっと待ってろ。ションベンしてるから」
「うう」
風巻雷十はTK大学始まって以来最高の天才鬼才とか最低の変人と言われている教授、浅田玄樹の二才上の先輩で、玄樹が大学に入った頃にはすでに大学院にスキップして、四年の時には理論物理学の博士、あらゆる分野に興味があって、生命科学や経済学の本も執筆している。
「ふう~出た出た、ええとね、どういう種類の?」
「あらゆる種類の合成ポリマー、セルロースは大丈夫かも」
「うんと、最初に問題になるのは絶縁体かな、エポキシ樹脂は?」
「試してません」
「あ、そ、高圧線はどんなプラスチックも絶縁材にはならないからいいけど、変圧器は絶縁不良で燃えちゃうかな。
家庭内の電線もあちこちでショートして火事になるな。
後は車や電車は動けなくなる。
もちろん電化製品は全滅、ストーブもか。
竈に薪の生活かな。
田舎ならまだしも都会なら生活が成り立たないな。
水もあちこちで漏れるしモーターも動かないから断水、ガス管は・・・天然ゴムなら使えるか。天然ゴムは?」
「ラテックスもダメでした」
「ほうほう・・・とにかくだ・・・100年前の生活に戻さなくてはな、農業も大打撃だろうし、プラスチックがなくても動くような機構を考えなくては」
「やはりそうですか」
「何やってるの?変な微生物?」
「ええ、プラスティックを餌にして有機物を作ってます。
しかも超高効率で、シアノバクテリアと共生して日があれば光合成、なければプラスティックを加水分解してエネルギーを得ています」
「何種類もいっぺんに?」
「どうやら、組み替えアグロバクテリアを共生させた植物でプラスチックを肥料にして分解させる実験をやっていたようです。
それが2019年の大潮とハリケーンの洪水で海に流れ込み、自然界で酵素遺伝子が水平伝播したらしいです。
・・・突然変異もあるようで、パンデミックですよ。海と陸と・・・」
「四年か・・・バラスト水の問題もあるな」
「ええ、2016年に大西洋で塩化ビニールを分解するバクテリアが単離されました。同じ頃PETを分解するバクテリアも発見されています。
元々の遺伝子に組み替え遺伝子が入りやすいと考えられます。
ハワイは太平洋の中継地、多くの観光客が歩き回り帰っています」
「ほおおお、面白い」
「てか、どうしたら良いかわからなくて」
「まず、石油関連株を売って」
「そんなの持ってません」
「ま、そうだろうな、うしし、まずアメリカと中国が社会的に潰れるな」
「え!」
「経済基盤がITにシフトしてる。
人力に頼らない農業がすべておじゃんだ。
中国はまだいいか。人力農業労働に戻る覚悟があればね。
ええと、飛行機は危ない、帰りは船の方がまだましだ。
鉄か木の船だぞ。帆船ならなお良い。
ま、あと30年ぐらいは保つか」
「先生、シミュレーションしてください。データ送ります」
「おう、わかった。発表はどうする?」
「まだ・・・だから相談してるんです」
「あ、そうだ、そのバクテリアは水が必要?」
「え?あ、はい」
「なら、完全密閉系で水が入らないような対策はとれるかな・・・」
「携帯は防水ですけど」
「電波受信基地局がなくちゃ、人工衛星は大丈夫だな。
水中ケーブルはムリかいくら光ファイバーでも途中で増幅器が必要だし」
「とにかく、精密なシュミレーションと発表できるタイミングを考えてください」
「面倒くさいな」
「がう!」
「わかった、わかった。すぐに実物のサンプルを運んでくれ。
遺伝子情報を確認して検査方法を確立する。
橘匡教授に連絡しておく。
総長に極秘に話をして金を出させるか・・・。
チャーター機を手配する。
それと土産にマカデミアナッツはやだからな」
「わかりました。うううう」
「泣くな、よくやった。
HY大学には口止めしておいて、アメリカ人はいろいろ緩いから」
「はい!」
ーーーーーーーーーー
「本当のこと?」
「データ的に嘘はないですよ。
これは世界的なパニックを誘発する情報です。
それだけで数億人が死ぬかも知れないという程のです。
覚悟はいいですか?」
「う、うむ」
「ソフトランディングさせるには完全に情報統制して、秘密裏に技術基盤をシフトさせる必要があります」
「そ、そのバクテリアだけをやっつける何かはないのか」
「研究に数年かかりますし、影響がそれこそ読めません。
下手して地球上のシアノバクテリアが全滅となったら地球は滅亡します」
「滅亡?」
「酸素が減って二酸化炭素が増えて、数百年と保たないでしょう」
「うわ!」
「し~」
「とにかく、秘密裏にサンプルを持ってこさせて、橘教授に遺伝子解析をやってもらいます」
「秘密裏とは?」
「密輸になっちゃいますね。
チャーター機で迎えに行き、浅田と小西も回収します。
彼らが扱いを熟知している。
すべてガラス器具が必要となりますし、P3設備で」
「うん、わかるなあ、それは」
「サンプリングで簡易遺伝子検査が出来るようになってから、世界の主要な海洋微生物研究者に連絡し汚染程度の調査をします。
人選は任せてください。
その後、国連に連絡、理事国と協議して、タイムスケジュールを設定します。
ハワイのワイキキでは漏電火事が頻発しているそうです。
グズグズしていられません。最優先事項にしてください」
「我々が責任をとるのかね」
「誰かに頼ったらおしまいですよ、頼れる人は居ますか?」
「い、いや・・・」
「放置しても同じ、何十億が死ぬでしょう。
百年どころか数百年前の時代に・・・あ、そのほうが地球にはいいかな」
「いや、ここまで地球は変化してしまっている。
人類は二度とやり直しが出来ないで滅ぶんじゃないかな」
「ですね・・・ボクはまだ結婚してないからあれだけど」
「これから結婚しなよ、私の娘でもいいぞ」
「かわいそうですよ」
「・・・そうだね」
「そこはフォローしてください」
「すまん」
「わかった。未来のために頑張ろう・・・よし!」
「それじゃあ、無制限に使えるカードをくださいね」
「経理の三田君を呼ぶ。
できるかぎりの方法を考えてくれるはずだ」
「苦手だなあ、あの人」
「わたしもだ。あのめがねの奥底から全て見透かされている気になる」
「じゃあ、わたしは受け入れ体制を整え、サンプル運搬用の容器を用意しておきますよ」
「よろしく頼む」