表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
vicarious  作者: 燈油椙
1/1

助けを請う

はじめまして、燈油椙です。

シリアス調の作品ですが、ぜひ読んでくれると感謝この上ないです。

 夏休みだというのにも関わらず、宿題に手を付ける素振りのない妹からの誘いで、名古屋の大型ショッピングモールに訪れていた。東急(とうきゅう)ハンズや、ミッドランドスクエアなど、高いビルが建ち並ぶ、日本第三の都市は、今日も今日とて人で埋め尽くされていた。

「はい、これ持って」

 洋服だろうかと、分厚い紙袋をちらりと除くとそこには純白のショーツが入っており、思わず目をそらした。

 (こいつ、こんなの履くんだ・・・)

 数年前の動物柄のパンツを着用していた頃の愛らしい妹は、すっかり大人びてしまったようだ。

 もうそろそろ両手も塞がり、さりげなく「重いなぁ」と疲れたアピールをするも無視される。

 燦燦(さんさん)と降り注ぐ太陽の光の下、汗をにじませながら荷物を持つ。

 それが思春期まっただ中の微妙な距離で、兄がしてやれる些細な役割なのだ。

「そろそろお昼にしよっか」

 とぼとぼと妹の後ろを歩いていると、気を使ってか昼食の提案をしてくれる。

「この時間だとどこも混んでるだろうな・・・。サイゼ行く?」

「一番混んでそう」

「じゃあ・・・」

 名古屋は割と食事に関して便が悪い。大須とかに行けば、今どきの若者ばりの店頭があちこちに散在するのだが、名古屋だとサイゼリアか牛丼チェーン店くらいしか思いつかない。

 特に、アニメイトととらのあなによってからすき家行って帰宅のルートが、俺の十八番なのだ。

「じゃあ、私が決めてあげるね」

 そういうと、スマホを取り出しカチカチと音を鳴らす。なんか、今どきの若者っぽいじゃないか。と心で賛辞するも、次第に「うーん・・・」と唸りだして、一分もたたないうちに「わかんないや」とギブアップ。後々、妹のスマホを見てみると位置情報がオフになっていて、北海道の味噌ラーメン屋が候補に挙がっていて苦笑せざるを得なかった。


「いらっしゃいませー」

 結局二時過ぎになった頃に、サイゼリアに入店した。ドリンクバーと、ミラノ風ドリアを注文すると、妹の瑞が口を開いた。

「お兄ちゃん、今日はありがとね」

 そう言ってはにかむ、(みず)。眉が微妙にひきつっていて、何か(やま)しいことを隠しているのは、長年の兄弟関係の間に見つけた彼女の癖みたいなものだった。

「いや、僕は別にいいけどさ。普通こういうのって友達とかと行くものじゃないのか?」

 途端に表情を眩ませた瑞は、一瞬口を開いたが、躊躇(ためら)ったようにその口は閉じてしまった。

だが、まっすぐ僕の目を見つめなおすと、目を潤ませながら、意を決したように・・・

「・・・あのね」

()()()()()瑞、あんなパンツ履くんだな。昔はパンダとかクマさん柄のパンツばっか履いてた

 からお兄ちゃんびっくりしたよ。ははは・・・」

「あの・・・」

「瑞は何を頼んだんだ? 僕のドリアとちょっと交換してくれよ」

「だから・・・」

「そうだ、ドリンク何がいい?とってくるよ」

「・・・・・・・オレンジジュース」

「了解」

 そういうと、僕は立ち上がった。


 昨日の夜のことだ。

 唐突に妹から、「明日、名古屋に買い物に行くから付き合ってくれない?」と言われ、しぶしぶ引き受けた俺だったが、妹のカレンダーを覗くと、「友達と買い物」と丸っこい字で書かれている

 のが目に入った。友達の用事で行けなくなったのか、と安易に考えていたのだが、瑞のカバンが何故かベランダに干してあり、教科書が乾かされているのが目に入った。溝にでも落としたのか、と思ったが、寝ている瑞の目頭が赤く腫れていたのを見て、どうしたのか心配になってしまったわけだ。

 これは完全な僕の目測に過ぎないが、僕の妹はちょっと抜けてるところがある。

 さっきの位置情報だってそうだし、今日も名古屋に行くのに、岡崎行きの電車に乗りかけたりもした。そういうところに目をつけられてしまったのかな、と心配してしまう。

 別に特段、妹思いな兄だというわけでもないが、妹がいじめられているかもしれないと知って、さすがに黙認するはずがない。

 だからといって、結局瑞を落ち込ませただけで、彼女の口から相談される覚悟もない情けない兄だと、無性に自分が腹立たしい限りなのだが。

 ドリンクバーから戻ると、瑞は机に突っ伏していた。

 泣いているのか、と横から顔を覗くとスヤスヤと寝息を立てていた。

「・・・サイゼリアで爆睡って」

 抜けているというか、天然というか。なんとも愛らしい妹だった。

 無意識に僕は手を伸ばすと、瑞の頭を撫でていた。傍から見たら完全なシスコンだが、こればかりは仕方ない。兄妹のスキンシップだと思ってもらいたい。

 ・・・その時、瑞の耳が真っ赤になっていたのに、僕は気が付いていなかったのだが。

 注文したものが来ると、瑞は目を覚まし、パクパクとハンバーグを食べ始めた。

「おいしいか?」

「・・・・うん」

「ちょっとくれよ、それ」

「いや」

 断られてしまった。妹とはいえ、年頃の女の子は難しいものだと嘆息する。

 本当に残念そうにしている僕の顔をみてか、妹はにこりと微笑んで、小さい声で「ありがとう」

 とつぶやいた。

「この後も、買い物に付き合ってね」

「まだ買うのか・・・」

 ・・・この時点で、妹はかなり無理をしていたことがわかった。

 今となってはもう遅いことだが、僕はこの時どうすればよかったのか。瑞の打ち明けを受け入れて、一緒に悩んで、悲しめばよかったのか。それとも・・・。

 悩んでもしかたのないことなのは確かだった。

 ・・・瑞は、三日後に()()した。

 自分の部屋で静かに、薬を飲んで眠るように死んでいった。

 何度でも問う。僕はいったいどうすればよかったのか。

 妹が僕を誘って二人で話す時間を作ったことに、「助けてほしい」という意味を(はら)んでいたことを少なくとも感じ取っていた僕は、いったい何をしてやれたのか。

「どうすれば、よかったんだ・・・」

 僕は、大声をあげて泣いた。自分を呪うように、僕は自分が嫌いになった。


 

 一か月。妹がこの世を去ってから経過した時間だ。

 いまさらになって、僕は妹の部屋を整理することにした。いわゆる遺品整理(いひんせいり)というやつだ。

「・・・全部ボロボロじゃないか」

 水に濡れて乾かしたのか、ぱさぱさになった教科書や、毛玉になっている筆箱。

 瑞は、遺書にもいじめの真相を書かずに死んでしまった。遺書は僕と両親への手紙、そして、辞世の句ともいえるものだけ。

 遺品はぼろぼろになった学校での道具のほか、僕と買いに行った洋服などがクローゼットに収納されていた。

「一回でも、これ着たりしたのかな」

 ・・・まだ値札が付いているのを見て、察した僕の視界はぼやけてしまった。

 

次回もよろしくお願いします”

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ