助けを請う
はじめまして、燈油椙です。
シリアス調の作品ですが、ぜひ読んでくれると感謝この上ないです。
夏休みだというのにも関わらず、宿題に手を付ける素振りのない妹からの誘いで、名古屋の大型ショッピングモールに訪れていた。東急ハンズや、ミッドランドスクエアなど、高いビルが建ち並ぶ、日本第三の都市は、今日も今日とて人で埋め尽くされていた。
「はい、これ持って」
洋服だろうかと、分厚い紙袋をちらりと除くとそこには純白のショーツが入っており、思わず目をそらした。
(こいつ、こんなの履くんだ・・・)
数年前の動物柄のパンツを着用していた頃の愛らしい妹は、すっかり大人びてしまったようだ。
もうそろそろ両手も塞がり、さりげなく「重いなぁ」と疲れたアピールをするも無視される。
燦燦と降り注ぐ太陽の光の下、汗をにじませながら荷物を持つ。
それが思春期まっただ中の微妙な距離で、兄がしてやれる些細な役割なのだ。
「そろそろお昼にしよっか」
とぼとぼと妹の後ろを歩いていると、気を使ってか昼食の提案をしてくれる。
「この時間だとどこも混んでるだろうな・・・。サイゼ行く?」
「一番混んでそう」
「じゃあ・・・」
名古屋は割と食事に関して便が悪い。大須とかに行けば、今どきの若者ばりの店頭があちこちに散在するのだが、名古屋だとサイゼリアか牛丼チェーン店くらいしか思いつかない。
特に、アニメイトととらのあなによってからすき家行って帰宅のルートが、俺の十八番なのだ。
「じゃあ、私が決めてあげるね」
そういうと、スマホを取り出しカチカチと音を鳴らす。なんか、今どきの若者っぽいじゃないか。と心で賛辞するも、次第に「うーん・・・」と唸りだして、一分もたたないうちに「わかんないや」とギブアップ。後々、妹のスマホを見てみると位置情報がオフになっていて、北海道の味噌ラーメン屋が候補に挙がっていて苦笑せざるを得なかった。
「いらっしゃいませー」
結局二時過ぎになった頃に、サイゼリアに入店した。ドリンクバーと、ミラノ風ドリアを注文すると、妹の瑞が口を開いた。
「お兄ちゃん、今日はありがとね」
そう言ってはにかむ、瑞。眉が微妙にひきつっていて、何か疚しいことを隠しているのは、長年の兄弟関係の間に見つけた彼女の癖みたいなものだった。
「いや、僕は別にいいけどさ。普通こういうのって友達とかと行くものじゃないのか?」
途端に表情を眩ませた瑞は、一瞬口を開いたが、躊躇ったようにその口は閉じてしまった。
だが、まっすぐ僕の目を見つめなおすと、目を潤ませながら、意を決したように・・・
「・・・あのね」
「そういえば瑞、あんなパンツ履くんだな。昔はパンダとかクマさん柄のパンツばっか履いてた
からお兄ちゃんびっくりしたよ。ははは・・・」
「あの・・・」
「瑞は何を頼んだんだ? 僕のドリアとちょっと交換してくれよ」
「だから・・・」
「そうだ、ドリンク何がいい?とってくるよ」
「・・・・・・・オレンジジュース」
「了解」
そういうと、僕は立ち上がった。
昨日の夜のことだ。
唐突に妹から、「明日、名古屋に買い物に行くから付き合ってくれない?」と言われ、しぶしぶ引き受けた俺だったが、妹のカレンダーを覗くと、「友達と買い物」と丸っこい字で書かれている
のが目に入った。友達の用事で行けなくなったのか、と安易に考えていたのだが、瑞のカバンが何故かベランダに干してあり、教科書が乾かされているのが目に入った。溝にでも落としたのか、と思ったが、寝ている瑞の目頭が赤く腫れていたのを見て、どうしたのか心配になってしまったわけだ。
これは完全な僕の目測に過ぎないが、僕の妹はちょっと抜けてるところがある。
さっきの位置情報だってそうだし、今日も名古屋に行くのに、岡崎行きの電車に乗りかけたりもした。そういうところに目をつけられてしまったのかな、と心配してしまう。
別に特段、妹思いな兄だというわけでもないが、妹がいじめられているかもしれないと知って、さすがに黙認するはずがない。
だからといって、結局瑞を落ち込ませただけで、彼女の口から相談される覚悟もない情けない兄だと、無性に自分が腹立たしい限りなのだが。
ドリンクバーから戻ると、瑞は机に突っ伏していた。
泣いているのか、と横から顔を覗くとスヤスヤと寝息を立てていた。
「・・・サイゼリアで爆睡って」
抜けているというか、天然というか。なんとも愛らしい妹だった。
無意識に僕は手を伸ばすと、瑞の頭を撫でていた。傍から見たら完全なシスコンだが、こればかりは仕方ない。兄妹のスキンシップだと思ってもらいたい。
・・・その時、瑞の耳が真っ赤になっていたのに、僕は気が付いていなかったのだが。
注文したものが来ると、瑞は目を覚まし、パクパクとハンバーグを食べ始めた。
「おいしいか?」
「・・・・うん」
「ちょっとくれよ、それ」
「いや」
断られてしまった。妹とはいえ、年頃の女の子は難しいものだと嘆息する。
本当に残念そうにしている僕の顔をみてか、妹はにこりと微笑んで、小さい声で「ありがとう」
とつぶやいた。
「この後も、買い物に付き合ってね」
「まだ買うのか・・・」
・・・この時点で、妹はかなり無理をしていたことがわかった。
今となってはもう遅いことだが、僕はこの時どうすればよかったのか。瑞の打ち明けを受け入れて、一緒に悩んで、悲しめばよかったのか。それとも・・・。
悩んでもしかたのないことなのは確かだった。
・・・瑞は、三日後に自殺した。
自分の部屋で静かに、薬を飲んで眠るように死んでいった。
何度でも問う。僕はいったいどうすればよかったのか。
妹が僕を誘って二人で話す時間を作ったことに、「助けてほしい」という意味を孕んでいたことを少なくとも感じ取っていた僕は、いったい何をしてやれたのか。
「どうすれば、よかったんだ・・・」
僕は、大声をあげて泣いた。自分を呪うように、僕は自分が嫌いになった。
一か月。妹がこの世を去ってから経過した時間だ。
いまさらになって、僕は妹の部屋を整理することにした。いわゆる遺品整理というやつだ。
「・・・全部ボロボロじゃないか」
水に濡れて乾かしたのか、ぱさぱさになった教科書や、毛玉になっている筆箱。
瑞は、遺書にもいじめの真相を書かずに死んでしまった。遺書は僕と両親への手紙、そして、辞世の句ともいえるものだけ。
遺品はぼろぼろになった学校での道具のほか、僕と買いに行った洋服などがクローゼットに収納されていた。
「一回でも、これ着たりしたのかな」
・・・まだ値札が付いているのを見て、察した僕の視界はぼやけてしまった。
次回もよろしくお願いします”