6話 片想〈アムーニ・ラテラル〉
プルルル...プルルルル......
「くそ、なんで電話出ないんだよ!」
煙幕を見た瞬間、俺は家に向かって駆け出した。
間違いなく煙幕が立ったのは家の方向だ。
親父に何度電話をかけても出ないし、
何かあったに違いない。
「アキくん待って.....!待ってよ.....!」
「天海さんなんで付いてくるんだよ!
危ないから学校で待機してて!すぐ戻るから!!」
「ダメよ!!アキくんも危ないんだよ?!
アキくんが行くならうちも行く!!」
「わかった!!!でもなんかあったらすぐ逃げて!!!」
「うん!早く行こ!!」
いったい何が起きてんだよ..
こんな時に章は何してんだよ..!
まさか章も巻き込まれてるのか?
待ってろよ、章、親父!!!!
光が俺を包んだ瞬間、
不思議な感覚に襲われた。
身体中の熱が一気に無くなり、
痛みも完全に引いていた。
その代わり、今まで感じたことがない
力の流れを身体中に感じる。
まるで全身に稲妻が走っているような
そんな感じだ。
「なんだよお前....まさか....
ありえない...一体どこでそんな力を....!」
親父が豹変したそいつは俺を見て驚いていた。
ふと部屋の片隅にある鏡に映った自分を見る。
「おいおい、すげえじゃん...」
そこには目が青白く、髪が真っ白に染った、
全身に電気を纏わせている自分が立っていた。
「お前に血鬼因子はなかったはず!!
なのになぜ能力を体現させている?!
何を媒介にして力を得たんだ?!」
「俺もわかんねえ。
だが一つだけわかることがある。
今ならあんたをぶっ飛ばせる事だけは確実だ。」
次の瞬間、俺は全力でそいつに殴りかかった。
軽くそいつに向かって飛び込んだつもりが
狭い部屋の中ですごいスピードを出して
飛び込んでしまった。
力を思いっきり入れすぎたのか、
コントロールが上手くできず、
するりとかわされそのまま
壁にぶつかってしまった。
「なんだよ、ちょっと力を入れただけだぞ..?」
「なんだかよくわからないが、
力の操作が上手くできてないようだな。
なら話が早い、慣れる前に殺すまでだ!!
死ねぇぇぇぇええ!!!!!!」
そいつは間髪を入れず、さっき俺を襲った時と
同じだけの速さで突っ込んできた。
しかし、明らかにさっきとはまるで違う。
今ならあいつの動きが見えているからだ。
むしろ遅く感じるほどである。
「殺されてたまるかよ!!!!」
ドオオオオオオオオン
相手が突っ込んでくるのに合わせて
全力でカウンターパンチを浴びせる。
その瞬間、力を込めた拳に雷光が走り
そのままそいつを思いっきり
壁に吹き飛ばした。
「ぐはっ!!!!なんて.....力.....!
雷系の血性ってあいつしか..!」
「何ほざいてんだよおっさん。
さっきまでの威勢はどうした?」
「ぐあああああ!!!!」
吹き飛ばされ倒れこんでいる
そいつを踏みつけたその瞬間、
右腕に激しい痛みが走った。
「いってえええ、右腕が動かねえ!!!!」
どうやらさっきのパンチで
腕が耐えきれず折れてしまったようだ。
アドレナリンが分泌されているのか
気づくのにだいぶ遅れてしまった。
「ぐはっ....出来損ないの分際で、
分不相応の力を使うからだ...
身体が耐えきれないのは
当たり前だ...ぐはっ!!!」
「なんだよおっさん、
この力について知ってることを
全部吐き出せよ。」
「ぐはっ...誰が教えるもんか..!
そのまま力に呑まれて
身を滅ぼすんだな....!」
「だったら無理やりでも吐かせてやるよ。
ほら吐け!!!オラぁ!!!」
「ぐはっ....うぐっ....!」
ドンドンドンドンドン
俺が全力でそいつを踏みつけていると
ガチャッ
「お前....章か....?」
「よぉ彰、いいとこに来たな。
てめえも一緒に殺してやるよ。」
その頃、彰と天海が部屋に入る様子を、
ひとつの影が上空から眺めていた。
「まさかとは思いますが、適合したようですね。
想像以上の成果に嬉しいです。」
あの家に雷が落ちるところを、グレオは見ていた。
もちろん偶然なわけではない。
実は昨日あの後、
章の様子をずっと見張っていたのだ。
彼は章のアイスを自らの血液を
混ぜ込んだアイスとすり替え、
何か反応が起きるのを待っていたのである。
"吸血鬼"直系の息子であるのに、
全く何も持たないただの人間ではないと、
彼の科学者としてのカンが騒いでいたのだ。
「結界を解除するのに手間取りましたが、
これならなんの問題もなく入れそうですね。
全く手を焼かせること、一体誰がこんなものを
作ったんでしょうかねぇ....」
含み笑いをしながらその影はつぶやくと、
彰の影に溶け込み
そのまま一緒に家の中へ入っていった。
家に帰ってきてみると、
そこではありえない光景が広がっていた。
親父の部屋に章に顔が似た"なにか"と
その"なにか"にボロボロにされたであろう
親父が踏みつけられていたのだ。
「章くん..?章くんなの.....?」
「なんだよ、天海さんも来てたのか。
ほんとに彰のこと好きだよなー」
「そ、そんなんじゃ...!」
「おい章、なんだよその姿。
殺すってなんだよ...?親父に何してんだよ...?」
「へへ、すげえだろこれ。
なんかよくわかんねえけど超能力ってやつ?!」
「何言ってんだよお前..!親父から足どけろよ!!!」
「うるせえんだよ!!!死ね!!!」
「危ない!!!!」
「きゃあああ!!!」
章は叫びながら左手を振り上げ、
俺らに向かって振り下ろした。
咄嗟の判断で俺は天海さんを突き飛ばし、
上を向いたその瞬間、
空から雷が俺に向かって落ちたのだ。
「うががががががががが...ぐはっ...」
あまりもの衝撃と電圧に
俺は全身が焼きただれその場に倒れ込んだ。
しかし何故か意識は残っており、
かろうじて生きているようだ。
「アキくん...?ねえ...アキくん...?
生きてるよね....?ねえ....返事してよ....!」
焼けくっついた目を開き、
声のする方向を見た。
そこには明るく、みんな大好きな
天海さんはいなく、
虚ろな瞳で涙を流しながら、
呆然と座り込んでいる彼女がいた。
「あま.....み...さん....に...げて.....!」
焼けた喉を痛めながら、
全力で泣け無しの声を振り絞って、
天海さんに逃げるように促す。
しかし彼女は俺に駆けつけ、
暖かい言葉をかけながら必死で
俺に肩を貸しながら一緒に
逃がそうとしてくれた。
「大丈夫だよ、彰くん...一緒に逃げよう?ね?
病院行けば大丈夫だから?きっと治せるから!」
そう励ましてくれる彼女の言葉には
覇気がなく、虚ろな瞳には
俺が映っている感じもしなかった。
「あり....がとう....」
「おいおい2人、どこ行くんだよ?」
バキューン
「いやああああ!!!痛い!!!!痛いよおお!!!!!」
章は俺を連れて逃げようとしている
天海さんの右足を撃ち抜き、
「痛い痛い痛い!!!!」
「うるせえクソ女、黙れ。」
章は痛がる天海さんの腹を殴ったのだ。
「ぐはっ...!」
「てめえ.... ゆるさねえ...!」
章は天海さんを黙らせると、
横でへばっている俺の首掴み、
持ち上げて首を絞めながら語りだした。
「はなせ.....!」
「なぁ知ってるか、彰。
俺らってさ、吸血鬼の末裔らしいぜ。
しかも300年前産まれで、
つい最近まで300年間眠ってたらしいぞ?」
「そんな...バカな...!」
「そこのゴミがそう言ったんだよ、
俺だって最初は信じられなかったさ。
でもマジでそうじゃないと、
この状況ありえないっしょ?」
「くっ....!」
返す言葉もなかった。
たしかにありえないことだが、
こいつの力や今の見た目のことを考えると
なんでもいいから説明が欲しかった。
「吸血鬼の末裔なのに、
吸血鬼の素質があるのがお前で
俺にはなかったらしいんだよ。
そんな俺に対してあのゴミはなんて言ったと思う?
出来損ない、だってさ!笑っちゃうよなぁ。
どう考えてもお前の方が出来損ないのによ!!!」
「ぐはっ....!!うぐっ!!」
「なぁ、お前もどう思うんだよ!!!
おかしいよなぁ!!!なぁ!!!!」
「うぐっ....!!ぐはっ!!!」
章は叫びながら首を掴んだ
俺を地面に叩きつけては繰り返した
全身の火傷もあってのことか、
全身は痺れもはや痛みを感じられない。
「お前の持病の発作も実はただの
吸血欲だったらしいんだよ!!バカバカしいよなぁ!!!
そうだ、お前が血飲んだらどうなるかな?
お前を殺す前に試させてくれよ!!」
章は身体が動かない俺を下ろして
仰向けにさせると、自分の親指の付け根を噛み、
俺の口に向かって血を垂らした。
「うぐっ!!ぐはっ!!!うわあああああああああ!!!!!!」
血を口に含んだ瞬間、身体中の細胞が弾ける感じがした。
たった一滴の血が全身を駆け巡り、一気に活性化した。
焼けただれた身体の痛みを感じながらも立ち上がり
獣のごとく、理性がなくなり、
気がつけば俺は章の左手首を噛みちぎっていた。
「いってえええ!!!!なんだよクソッタレ!!!!
死ね!!!死ね!!!死ね!!!死ねぇぇぇぇ!!!」
「グルルル....グルルルル.....!!!!」
ドーンドーンドーンドーン
章は叫びながら何度も俺に雷を落とすけど、
まるで効いてる感じがしない。
全身の痛みなども忘れ、頭の中は
「もっと血を啜りたい」の一色で染まっていた。
「おいおい、化け物じゃねえか....!」
「グルルルルル.......グラアアアアア!!!!」
「近寄るなああああ!!!」
思うがまま章に飛びつき、
その首に思いっきり牙を突き立て、
思いっきり血を吸い込んだ。
欲が満たされ、満足し、理性が戻り、
気がついた頃には俺は章の首ではなく、
天海さんの首に噛み付いていた。
「えっ....?」
「ごめん....ね...?アキくん....
今まで何もしてあげられなくて....」
「そんな....天海さんごめん....!
天海さん!!!ねえ、天海さん !!!」
「学校では...みんなに何かされてるのを
黙ってみることしか出来なかった.....
アキくんの机の掃除とかして....
気遣うことで罪悪感から逃れていただけ....
ほんとに....ごめんね...?」
「いいんだよ天海さん!!!すごい嬉しかった!!!
天海さんだけが救いだった!!!!
一緒にいるだけで十分救われてたんだよ!!!!!」
「ありがとう.....それにしても....
本当に吸血鬼だったんだね.....話聞いてたよ...?」
「恥ずかしい限りだけどそうみたい....
まるで獣だよね...ごめん...!」
「大丈夫.....ゴホゴホッ!!!」
「天海さんしっかりして!!!
今すぐ病院連れていくから!!!大丈夫だからね?!」
「そうかなぁ....ごめん、ダメかも.....
正直今....何も見えないんだけど...涙のせいかな...?」
「そうだよ天海さん!!!
大丈夫だから!!!!絶対助けるから!!!!」
「そっかそっか....最後にもう一度だけ
アキくんの顔見たかったなぁ.....
初めての吸血がうちなんでしょ....?
なんか嬉しいなぁ.....
アキくんのファースト吸血......
うちの血はどう...?美味しかった...?」
「それは....」
「お願い....正直に言って....」
「ごめん...!」
「そうだ....明日って....」
言いたくはなかった。
その一言を言ってしまうことには
別に何か問題があるわけではない。
罪悪感などもあるわけではない。
好きなどの恋愛感情も当然ない。
ただ、その一言で終わってしまう感じがした。
彼女を繋ぎ止める何かを外してしまう気がした。
彼女との全てが、終わる気がした。
言ってしまえば 、
「アキくん.....スキでした....大好きでした...!
1日早いけどお誕生日おめでとうございます...
プレゼントの味......どうだったかな....?」
そっか、そういうことか。
君はそれでいいのか。
なら俺もそう受け取ろう。
素直になろう。
その瞬間、風前の灯の命で彼女は、
死をも恐れない彼女は、
確実に、力強い眼差しで、1人の女の子として
無邪気に好きな男の感想を待っている、
純粋な乙女にしか見えなかった。
しかし、その思いには答えることはできない。
嘘をついてまで「俺も好きでした。」なんて
言うつもりは無い。
そんなどっかのラノベ的な
展開なんて知ったこっちゃないし、
俺もその主人公であるつもりもない。
天海さん、こんな男でごめん。
ただただ正直に、答えさせてもらうよ。
「血は美味しかったよ.....ありがとう....」
俺がそう呟いたのを聞いて
彼女は頬を真っ赤にしながら、
微笑んだままそっと目を閉じた。
遅くなってごめんなさいm(*_ _)m