07話 狐の嫁入り
劔の動きはあたかも百戦錬磨してきたかのように如月の攻撃をかわしていく。隙などひとつもない。分が悪いと思ったのか次は護神刀で攻撃をくりだす。糸を操っては体勢を崩させる為、針を撃つ。しかし当たらない。
「何故だ…、何故当たらん!いくら自覚したとて、戦いなどしたことないど素人。そんなことありえん!」
見える、分かる、感じる。攻撃の軌道と早さ、仕掛けるタイミング、相手の思考。全て手に取るように分かる。それは達人と言う言葉が足りない程のものだった。如月が影にへと身を隠せば、瞬間的に劔の背後へと現る。どうやら一定範囲の影の中だと瞬時に他の影に移れるようだ。それも劔は分かっていた。現ると同時に顔に拳をお見舞いする。転がっていく如月は針を投げるが、劔は眼前で受け止める。
「まだだ!」
更に追撃のラッシュを繰り出す。全て鋭く当たれば致命傷だ。その最中にも糸や針を使い隙を作ろうとしている。流石猛者といったところだ。だが今の劔は手のつけようがないほど強かった。空いたボディーを殴りつける。吐血を吐き膝を立てる。
「く、くそ…!俺は…俺はこんなところで負けるわけにはいかんのだ!強くなけりゃ駄目なんだぁあああ!!!」
身を返し距離を置く。満身創痍の如月は手を空にへとかざす。体から出る影が手に集まっていく。やがて黒い光が手を覆うと、如月は劔めがけて走って行く。おそらく最後の技だろう。劔に鈍い痛みが切り裂かれたことを思い出せる。どうやらこの状態は負荷がかかるようだ。傷は更に開いたのか、みるみる体力が削がれていく。時間がない。渾身の力をぶつけるべく、拳を強く握り走りだす。
「「うぉおおおおおお!!!」」
交わった拳は、大きく光と衝撃を放ちその大きさを物語る。まさにそれは台風でも直撃したかのようだった。衝撃で意識のない凛華を美奈子は庇うように被さっていた。
沈黙の空間と目に入る光で美奈子は体を起こす。先程までの曇天は次第に晴れていき、ざわめいていた木々も揺れひとつしていない。姿のない劔、心配した声で名を呼ぶ。
「劔先輩!?劔先輩!?」
辺りを見回すと巨木の下に一直線に道ができていた。その先の砂埃が落ち着くとそこで劔は如月を見下ろしていた。軍配は劔に上がったようだ。衝撃で如月は吹き飛び巨木にぶつかったのだろう、大きくえぐれている。美奈子は安心したのか凛華を肩にかけ、たどたどしい足取りで共にくる。どうやら凛華は意識を失っていただけのようで、いつの間にか意識を取り戻していた。心配した目で凛華を見ると大丈夫だと言わんばかりに親指を突き出す。安堵のため息を吐くとぽつり、声が聞こえる。
「俺は負けたのか…。」
「ああ、お前の負けだ。」
「ふ…。どうやら俺はまだまだ弱かったようだ。」
項垂れる如月に問う。
「なんでそこまでして強さに拘るんだ?」
また沈黙が訪れる。そして天を仰ぎ答える。
「あれは俺が暦神の力を自覚した時だ。元々武術もしてた所為か、敵なしだった。仲間は居らず、鬼と奮闘の日々だった。行く日も行く日も、ボロボロになろうとも決して負けなかった。それは唯一の兄妹の妹のお蔭だった。同時に守るために負けるわけにはいかなかった。妹もまた鬼に対抗できる者の1人であったが、体も弱く戦える状態じゃなかった。鬼が妹との所へ来ては俺が倒し守っていた。そんなある日だ、いつもと強さの違う鬼と対峙していた。迂闊だった。その時どこか安全な場所に隠してたらよかったものを戦場付近に居た。いつもはそれで問題なかったからな。あと一歩というところで弱らせた鬼が逃げたんだ。同時に妹の叫び声が聞こえ、振り向くと妹は横たわっていた。逃げる寸前に妹に何かしたんだろう、駆けつけると息はあったものの首には吸生の印が刻まれていた。と言っても分からないだろう。刻まれた者は徐々に生気を取られやがて死ぬものだ。それからはただ妹の死に行く姿を見守るしかなかった。どれだげ己を呪ったか。慢心ゆえに起こった惨劇。俺があの時鬼を逃してなければ…!あの時もっと強ければ…!」
天気は場違いなほど快晴になっていく。風の音と共にハッとした凛華が小さく問う。
「その子ってもしかして、紗那ちゃん…?」
「ああ。何故知っている?」
「昔よく遊んだの。私の心の支えにもなってた。まさか貴方の妹だったとは…。だけど私は病で亡くなったって聞いたけど…。」
周りにも聞こえるほどの大きな歯ぎしりと共に拳を地面に打ち付け、如月は吠える。
「病じゃない!俺だ、俺が弱かったからだ!強ければ妹を…、紗那を守れたんだ!俺さえ強ければ…!ふ…、さぞ俺を恨んでいることだろうな。調子に乗っていたくせして守れなかったんだからな…。」
「違う!そんなこと思ってない!彼女が亡くなる前に言われたの。その時まだ私は幼かったから理解できてなかったけど、今ようやく分かったわ。彼女がね、私の兄はとても強いの。もし私が死んじゃった時、他の道に逸れちゃうかも知れない。そうなったときは凛華が助けてあげて。私は兄を心の底から尊敬している。勝とうが負けようがずっとずっと変わらないから、って。ずっとあの子は貴方を信じて尊敬してきた。だから彼女のためにもそんなこと言わないで。」
全て自分の慢心さ故に起こった惨劇。それが起こることが分かっていたかのように凛華に言っていた。更に恨むどころか信じて尊敬していた。何故こんなことを気付かなかったのだろうか。危険なら逃げればいい、隠れてればいい。自分に付き合わなければいい。なのに妹は側にいた。
自分がどれだけ愚かな過ちを犯したかを自覚したのだろう、仰いでいた顔をガクリと下げれば肩を震わす。それを慰めるように劔は如月の肩に手を置き言う。
「なあ、大切な妹の為にも俺たちに力を貸してくれないか。あんたがいればよりチームとしてより強くなれる。鬼の所為でそうなってしまったなら、その鬼をみんなで倒そうじゃないか。」
相変わらず空気の読めない天気は雲ひとつない快晴だ。そこに響くか細い泣き声。それと共に流れていく雨。まるで狐の嫁入りのようだった。




