04話 霜月美奈子
初めての友達。その日はそれでいっぱいだった。遅刻のことで怒られはしたものの上の空。当然授業も頭に入っていない。授業も終わったしそろそろ帰るか。教室に凛華の姿は見当たらない。きっと先に帰ったのだろう。他の生徒はまだいる。てことは今は鬼はいないと考えても大丈夫そうだな。教室のドアをくぐり夕暮れに染まる空を眺めて歩いていた時だ、
「いたっ!どこ見て歩いてるんですの!」
「おっと、すまん余所見していた、大丈夫か?」
声のする方を見ても誰もいない。
「下よ、下!」
視線を下げれば背の低い、幼い顔した女の子が額を抑えてこちらを睨んでいる。劔の身長は高い方だが、彼女は結構小柄だ。まさか小学生が迷子になったのかな。
「お嬢ちゃん、迷子?」
鳩尾に強烈な強烈な一撃が入る。悶え苦しむ劔を見て言い放つ。
「私は貴方のひとつ下の学年の霜月美奈子。凛華お姉様に会いに来たんですの!」
こ、こいつ…この見た目でひとつ下かよ…。確かに学校指定の制服を着ている。
美奈子は何かにハッとしたように屈んで話しかけてくる。
「貴方、神在家の人ですわね。凛華お姉様に聞きましたわよ。下級の鬼にびびって何一つできなかったって。何故貴方のような方が、高貴で何を取っても完璧なお姉様に贔屓されてるのかしら。朝からお姉様のこと見てましたけど、手を繋ぎあって友達とか言ってたみたいだけど、貴方のようなヘタレ先輩がなっていいような存在じゃありませんわ。護神の力もまだ覚醒してないんでしょう?なら貴方はおとなしく引っ込ん…いだっ!!」
鈍い音が廊下を抜ける。凛華の鉄拳が美奈子の頭へと降っていた。
「こら、美奈子。根も葉も無いようなこと言わないで。誰もびびってたなんて一言も言ってないし、友達ってのは私もなりたかったからなったの。」
美奈子は今にも泣きそうな顔で物申す。
「けど私はただの仲間で、友達という特別な存在にはならせてくれないじゃないですか!」
面倒なやつだ。絶対俺に言った皮肉は嫉妬からきたものだろ。
凛華はやれやれと言った様子で、
「分かったわ、美奈子も大切なお友達だから。そんなに怒らないで。」
美奈子は誰から見ても単純だった。先程の泣きそうな顔を一転、満面の笑みを浮かべていた。凛華の腕に抱きつくと、座り込んでいた劔を睨みつけ言葉を吐き捨てる。
「貴方みたいなヘタレ先輩とは頭を下げてきてもお友達になんかなりませんから!」
誰がお前みたいな面倒なやつと友達になんてなるもんか。願い下げだ、馬鹿野郎。
そんな考えをよそに、美奈子は凛華に問いかける。
「どこ行かれてたんですか?」
「最近仲間がやられているみたいなのだ。殺されてはいないが皆重傷だ。鬼の仕業かと思ったのだが、鬼どもなら中途半端なことをしないだろう。だから少しばかりこの辺りで危険がないか見回ってきたところだ。美奈子も気をつけろ、手練れかも知れん。それと劔君、これ。」
渡されたのは人の形を模した木の板だ。何やら文字が書かれているが読めない。劔の困惑の表情になることを察していたかのように話す。
「劔君を守ると言ったが、四六時中と言うわけにもいかない。なので私の護神の力をその木人形に入れておいた。何かあった際、身を守ってくれる物となるはずだ。ただ、過信はしないでね。」
こんな木の板が人形とは思えんが、本当に効力があるのだろうか。半信半疑のままそれを懐にしまう。
そう話しているとあたりはもう薄暗い。先程いた生徒も随分と減っている。
「さてそろそろ帰るかな。腹も減ったし。」
「すまん、先に帰っていてくれ。私達はもう少し巡回だけしてくる。」
「ということなので精々気をつけて帰るのですよ、へたれ先輩。」
あの悪戯顔して嘲笑うあいつだけは許せん…。
2人はそういうと瞬時に姿を消す。瞬間移動か、俺にもそれ身につかないかな。
「にしてもお姉様、鬼の仕業ではないとはどういうことでしょうか?」
周りを警戒する凛華に向かって疑問を投げかける。凛華は少し考え、顎に指を添えながら口開く。
「鬼ならトドメをさしている。しかし、皆重傷で済んでいる。となると、身内の犯行にしか思えんのだ。」
そう言い切る凛花に更なる疑問を投げかける。
「何か目星でもつけてるんでございますか?」
「ええ。多分如月の仕業じゃないのかと踏んでるわ。」
「あのお方が…。」
外は薄暗いと言っても部活で外は賑わっている。照明で照らされ視界良好だ。こんな寒い中ご苦労なことだ。
靴を履き替え外に出る。
まただ、あの時と同じこの違和感。いや、今回は目に見えてわかった。先程までいた生徒は、元からそこに居なかったように誰一人としていない。賑わっていた声がまるで耳が聞こえなくなったと錯覚するほど静かだ。鬼だ、近くに鬼がいる。
何処だ、耳をすませ…。
すると前と同じ引き摺るような音が聞こえる。廊下からだ。今は隠れてやり過ごすしか…。その音は次第に大きくなって行く。目のない顔が覗き込む。
なんでだクソ!
校舎の中に逃げ込む。誰か1人くらい俺らと同じような人がいるはず、そう思い探すが誰もいない。世界に1人だけになったようにも感じる。いくら距離を離しても、いくら欺こうとも、その音は必ず劔に向かってやって来る。
こうなれば戦うしか…。
逃げ込んだのは体育館。十分な広さに備品と言う名の武器がある。
あいつのトロさならなんとかなりそうだ。
鬼は誘導されるがままにそこに導かれる。よしきたと言わんばかりに備品の鉄の棒で殴りかかる。ヒットした。しかし、
まてまて、どういうことだ…、しっかりと当てたはずなのになんで感触が一切ないんだ…。
1度体勢を整える、また打ち込む。変化なし、同じだ。すると鬼は体に無数ある赤黒い手を伸ばして来る。腕に当てても怯まない。捕まる…!
バチっという音ともに閃光が走る。瞬間鬼の手は吹き飛んでいた。ポケットに入れていた人形のおかげだ。しかし、もらった人形は真っ二つに割れていた。万事休す。
風の音と共に鬼は吹き飛ぶ。そして癪に触る声が聞こえてくる。
「何もできないくせして、わりと頑張りますのね。見直しましたわ。」
「なんでお前がここに?」
「凛華お姉様の命により、助けに来た次第ですわ。手練れものが来てたりして、貴方が殺されたら元も子もないですので。感謝してくれてもよろしいですのよ?」
上から目線には腹が立つ、だが助かった。
「さて…観念しなさい!鬼め!」
彼女の護神刀は扇子だろうか。目惚れするような絵が描かれている。一振りするたび、風の刃が鬼を刻んでいく。圧巻だ。締めくくるかのように扇げば大きな竜巻が鬼を飲み込み、形を無くしていく。やがてそこから何も無くなった。どうだと言わんばかりにドヤ顔。偉そうにしてるが実力は確かなようだ。
ただ一つ問題と言えば…
「もう少し、穏便に片付けられなかったのかしら…。」
後から駆けつけた凛華が呆れた顔で物申す。
「美奈子が自分の実力を見せつけたいのは構わないけど、体育館の屋根に穴を開けるのは流石に駄目でしょう…。」
上を見ればぽっかり屋根が口を開けている。項垂れる美奈子に向かって劔もやれやれと言った様子で声かける。
「けど、助かったよ。口だけじゃないってよく分かったよ。ありがとな。」
「べ、別に貴方の為に助けたんじゃなくてよ。お姉様が言ったから来ただけで、自分からなんてに決して…。ただへたれ先輩なんて言って悪かったですわ。」
本当に単純なやつだ。照れを隠す為にわざと言っているのが分かる。凛華の顔を見ればいつもの感じだと言わんばかりに微笑んでいる。そして双方の手を握り、握手に導きながら言う。
「はいはい、ならこれで仲直りね。これからは一緒に戦う者として頑張りましょう。」
「お姉様がそう言うのなら仕方なくなってやるだけですからね。勘違いしないことですわ。」
「俺だってそうだ。いずれお前よりもすごい存在になっても知らねーからな?」
なんてお互い皮肉を言い合いながらも、がっちりと握手をする。後はそこの場から逃げ出すだけだ。
外を見れば先程の賑わいが復活したが、それは驚きの声が多く聞こえた。なんせ劔たちが出てすぐに体育館から大きなざわめきが聞こえたからだ。まさかいきなり天井に穴が空いてるとも思わないだろう。
美奈子の青ざめる顔を見てると笑ってしまいそうになるが、こうして新たな仲間を増えたことを思うと嬉しく思う劔であった。




