03話 呪縛
今日も甲高い音で目が覚める。どうにも慣れない。昨日、今日と時計は狂ったままだ。それに関わらず目覚ましが鳴ったということは少しは現世とリンクでもしてるのか?。まだ寝ていたいし起きるのも面倒だ。しかし、本当に夢だったんじゃないか…。
音も視界も匂いも変わらない。しかし何にも言い難い違和感だけは残る。それだけで夢でないことは分かり切っていた。
「あにきー、いい加減起きろよ、遅刻すん…ぞ……!?」
起こしに来たのは唯一の兄弟、弟の真矢。あまりにも起きない俺にわざわざ声を掛けに来てくれたんだろうな。にしても何だ、急に目を丸くして足早に去ったのは…。まぁいい、さて起きるとするか…。
ベッドに手を立てた時だ。
ん?なんだ?この触ったこともない感触…。まるでマシュマロみたいな…。
甘美な声が触れるたび聞こえる。触れたところに目をやれば、
……っ!?
声にならない声が出る。横で素肌をさらけ出す凛華が寝ている。そのさらけ出された胸を鷲掴みしていたのだ。起きそうな凛華から逃げ出すかの如く着替えを持って部屋を出る。
きっと彼女いない歴=年齢、妄想を拗らせただけだ。気を確かにしろ、劔。これは妄想だ。昨日の件で頭がおかしくなってるだけだ。
身支度を済ませ、その妄想をかき消すかのようにリビングに入り元気に挨拶する。
「おはよう!」
その声に家族は驚いていたが、それ以上に劔は驚いた。夢じゃない、既に身支度を済ませた凛華が食卓に並んで朝飯を食べている。
「おはよう、神在君。にしてもお母様の料理は相変わらず美味しいです。」
「やーね、凛華ちゃんたら褒め上手ね。」
何がやーねだよ、何で居ることに突っ込まない!そもそも何で母さんが睦月さんの事を知ってるんだよ!
「おはよう、劔。驚いているけど凛華ちゃんとよく昔遊んでたでしょ?。それと凛華ちゃんから聞いないの?」
遊んだような遊んでないような…。こんな美人だと普通覚えてるんだが…。てか聞いてないって何も聞かされてないんだが…。
「あ、お母様、その件については来た時間が遅く、神在君寝てましたから…。私の方から話しますね、今日から居候することになりました。よろしくね睦月君。」
確かに早く寝た。疲れと嘘だと信じたい今とおさらばするために寝た。って居候!?。待て待てそんなこと誰も許可してないぞ!
真矢に目をやると座っていいか分からないといった表情をしながら、ジェスチャーで母さんがOKしてたと。まじか…。
「にしても凛華ちゃんの家には大変迷惑をかけたね…。凛華ちゃんのお父さんとお母さんには詫びても詫び…、」
母さんは曇った表情で話し出すが凛華は遮るように手を合わせて、
「ご馳走さま、お腹いっぱいになりました。そのことは気にしなくても構いません、私たちの義務ですから。どうか起きになさらずに。では学校行ってきますね。行くよ、睦月君。」
朝飯食ってないし…。てか、そんなキャラだっけ?
「真矢、俺の分まで飯食ってて、よろしく!じゃ行ってきます。」
返事も聞かずカバンを持って出る。
それにしても何を謝ることがあるんだろうか。
門から出ると彼女は既に歩き出していた。少し小走りに向かって行く中、今朝の感触が蘇ってくる。謝らないと…。
「睦月さん、寝起きごめんね。」
「何のこと?」
よかったバレてない。儲けたようにも感じる。
取り繕って、いやにもないと言ったっきり、しばらくの沈黙。劔は先程の話を思い返していた。どれもこれも気になればなるほど聞きたくなる。そう思っていると自然と言葉が出た。
「両に何かあったのか?居候するとは言ったが何故だ?両はそれを許したのか?」
矢継ぎ早に投げかける。凛華は振り向かない、表情一つ崩さず小さく答える。
「両親は亡くなったわ。」
しまった、墓穴を掘った。何と言えばいいか。
謝罪するしかない、そう思った時だ、
「私達の睦月一派は神在家に仕える存在。二人とも神在家に最後まで尽くして亡くなったわ。神在家の為に神忠を尽くしてそうなったのなら誇りに思う。その意思を継いだ私にもその義務はある。貴方がこちらの世界にきて、いつ襲われるかも分からない。だから私はいつでも守れるよう来ただけのことよ。」
神在家に従い守る為。それで凛華の両親は戦死したのだ。胸が詰まる。自分達の為に何故そこまで忠義を誓う、何故そこまでして凛華は割り切れるのだろうか。くだらない思考がまた投げかける。
「なら住んでた家はどうした、睦月さんの家はいいのか?」
こんなくだらない質問にも律儀に答えてくれる。
「私達一派は家を持たない、それはいつでも神在家一派を守る為、神在家に居候してたからよ。しかし私の両親が亡くなってからは貴方のご両親が私の居候を一度拒否した。多分私にまだ護神の力がないのを分かっていて、私を巻き込むまいと思って言った優しさだったのかも知れないわね。だから貴方のお爺様の家に住まわせてもらったわ。幼い頃はよく貴方の両親のお世話になったわ。昔よく遊んだの覚えてない?。けど面倒をかけるのも小学生になった頃には1人でこなせるようになったさて解決したけどね。」
成る程、通りで爺さんの家が綺麗だったわけだ。遊んだのは母さんにも言われたが微塵にも覚えてないな…。しかし、護神の力を得てから、今までずっと戦ってきたのか…?
「小学生になった頃にはって…。それからずっと家で1人だったのか?」
「そうよ。」
「友達と遊んだりは?」
「そもそも友達はいないから遊ぶことは無かったわ。仲間はいたけど。」
何を言ってるんだ…、全く理解ができない。
「仲間も友達も同じだろ、何故わざわざ分けて話すんだ。」
「仲間は鬼を討つ同士のことだ。友達と言えばもっと特別な存在だ。そんなもの私に必要ない。」
「必要ないって…。何でそこまで割り切る。」
その言葉に凛華は歩みを止める。何か話そうとするが口を紡ぐ。そして肩をふるわしながら零す。
「大切な人を失うのはもう嫌だから…。」
空を仰げばさらに続ける。
「私が護神の力を得てから鬼を討つことが日課となったの。毎日のように戦って、必死だった。その時、私の心の支えになったのはある1人の友達だった。誰にも理解されない、話しても信じてくれない。その中その子だけは親身に聞いてくれて、分かってないくせして分かったように振舞って話してくれた。それが嬉しくて、いつのまにか必死だった日々にも余裕が出てきた。しかし友達は病死したの。元々体が弱く、無理して私と話してくれてたみたい。その時思ったの、こんなに辛い思いは沢山だって。両親が居なくなって、1人で戦っている日々を癒してくれた友達も失うなら、もう大切な人は作らないって。」
どう返していいか分からなかった。しかし、ひとつだけ確かに言えることはあった。
「なら俺が、その心を埋める存在になる。消えたりなんかしない。死ぬわけない。だって睦月さんもいるじゃないか。意地でも生きてやる、だからそんなこと言うなよ。」
そんな言葉が凛華は来るとも思っていなかったのだろうか、驚いた表情を見せる。そして劔は言う、
「俺と友達なってくれないだろうか。」
驚きの表情は次第に困惑の表情へと変わりそれを取り繕うかのように言う、
「だ、だけど私は神在君とは会って日も浅いし、睦月家は代々神在家に使える存在で…、」
「関係ない。俺がそうなりたいと思ったから言っただけだ。それじゃダメか?」
その言葉を聞いて凛華の目から一筋の涙が。過去の呪縛が無くなったように感じた。袖で目を拭えば手を指し延ばす。そして、
「こんな私でよければ。」
初めて見せた凛華の飛び切りの笑顔。手に汗がついていないか、ズボンで綺麗に拭き取りしっかり伸ばされた手を握る。慣れないせいか、少し照れ笑い浮かべながら劔は言う。
「改めてよろしく、睦月さん。」
「凛華でいいわよ、よろしくね劔君。」
今日は遅刻だ。そんなこと凛華も分かりきっていた。何故なら遠くからチャイムの音が聞こえるからだ。しかし2人して走って行くつもりはない。同じ考えだろう、もう仕方ないと。
並んで歩く凛華は思い出したかのように悪戯に笑みを浮かべながら言う。
「友達の胸の感触はどうだった?つ、る、ぎ、くん」
き、気づいていた。
赤面する劔をよそに、凛華は小さく笑う。やっぱり友達って面倒だ。けど凛華のその笑顔を見ればその面倒もチャラにできる。
初めてできた友達、そのことを見に染みながら謝罪の言葉を考えるのであった。




