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「また靴ひも?」
立ち止まってしゃがみ込む。薄く柔らかい靴ひもを結び直すのは、最早僕の癖かもしれない。そのくらい、僕は靴ひもを結ぶのがへたくそだ。
彼女は少し先で振り返る。夕陽に揺れる彼女の髪が、視界をはらはらと横切る。
「すぐほどけちゃうんだ。上手い結び方を知らないかな?」
「結ぶからほどけちゃうのよ。結ばなければほどけない。でしょ?」
思ってもみなかった返答に、靴ひもを結ぶ手が止まる。
「あなたいっつも思いっきり、力を込めて結ぶじゃない。もっと優しく、弱く弱く結ぶべきよ」
確かに僕はいつも、目一杯の力で、二度とほどけることのないよう靴ひもを結ぶ。それがかえって良くないというのか。
「それって、なんだったかな、えぇっと。コペンハーゲン的転回だね」
「コペルニクス的転回」
「そう、それだ」
「コペンハーゲンはデンマークの首都でしょ。展開なんてしたら大騒ぎだわ」
彼女は呆れたように背を向ける。沈みかけた太陽が、今日の終わりを告げている。
「靴ひもを結ぶときは、弱く、弱くって心で唱えるの。それできっとうまくいくはずよ」
僕はようやく立ち上がる。明日はきっと、立ち止まることのないように。肩の力を抜いて唱えてみる。
弱く、弱く。
~解説というか言い訳というか~
[靴]は靴ひもという形ででてきました。[デンマーク]は苦し紛れの覚え間違いでなんとか。さて、[ピアノ]ですが今回は楽器のピアノではなく楽譜の強弱記号としてのピアノ、「弱く」でした。以上。