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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

婚約破棄による国家滅亡

婚約破棄から始まる国家滅亡2

作者: 冬里 尊

http://ncode.syosetu.com/n7198ed/

これの続きとなります。


今回は国が滅ぶまで書ききりました。

突貫工事ですので、誤字等あったらお知らせいただけると嬉しいです。

 とある王国は、あまり軍事力の優れた国ではなかった。

 隣に大国があり、その侵略をなんとか退けるので精一杯であった。

 このままではいつか滅びると危機感を覚えたとある王は、一つの策を思い付いた。

 傭兵や冒険者といった存在に爵位を与え、安定した生活を約束する代わりに戦ってもらうという案だ。その王は功績により爵位を上げる事も約束した。

 子どもの将来を心配したり、不安定な生活を嫌っていた者達や、野心に溢れる者達はそれに食い付いた。

 一流の人材を確保することが出来た国は、それから随分と安定した。


 だが、その王の時代が終わり、何代か王が代わった現在、爵位を授けられた者達--下級貴族には不満が渦巻いていた。

 貴族とは名ばかり。肥沃で安全な土地は昔からの上位貴族達が治めていて、下級貴族達に与えられた領地は国境近くのさほど大きくない場所のみ。また、国境近くの危険な場所ということで民も住みたがらない。一応暮らせるだけの金は国から支給されるものの、平民と全く変わらない暮らしを営める程しかもらえない。

 そして、最初の王の時代は功績により爵位を上げられた者もいたのだが、その王が亡くなってからは一度もそういった事はなかった。いくら功績を上げようと、侵略を防ごうと、僅かばかりの褒賞金を与えられるだけだった。

 一度大規模な戦争がおこったが、その時も前線に立たされるのは下級貴族ばかり。昔からの上位貴族達は後方で悠々と指示を出すのみであった。

 しかも、功績のほとんどは、下級貴族達が稼いだ時間で高等魔術を発動し敵を仕留めた上位貴族と、作戦を立案した上位貴族達が持っていった。

 命をはって戦った下級貴族達の不満はどんどんと溜まり、いつ爆発してもおかしくなかった。


 そんなときに、とある男爵令嬢と王子との婚約が発表された。彼女の両親は王子を狙った賊から王子を庇い、命を落とした。その功績により公爵家養女となり、未来の王妃となる事が約束されたのだ。

 下級貴族達にとってそれは希望だった。自分達と同じように傭兵や冒険者から取り立てられたものが王妃となる。それは今までに無いことで、その少女が王妃となれば国が変わるのでは無いかと皆期待した。

 そして、王子と令嬢の結婚が間近となった時、事態は急変する。


 王子と令嬢との婚約が破棄されたのだ。


 その理由は令嬢が殺人未遂を起こしたということだったが、あまりにもお粗末過ぎた。

 階段から突き落とした程度であり、相手の令嬢も無事だそうだ。

 そして、突き落とされた令嬢が王子の思い人であるとの事だ。いくら婚約段階とはいえ浮気であることには変わらず、下級貴族達の向ける目は非常に冷ややかだった。

 また、婚約破棄だけでなく公爵家から絶縁され国外追放されたということも伝わってきて、下級貴族達は全員が失望した。

 しょせん下級貴族達など駒に過ぎず、少しでも都合が悪くなれば切り捨てられる存在だと言われたも同然であった。


 そして更に事態は悪化する。

 王子の思い人で次の婚約者となるかと思われた令嬢が毒殺されたのだ。その令嬢も子爵家の者であり、下級貴族出身だ。彼女の存在を邪魔に思った誰か--そう、例えば娘を王妃にしたい上位貴族が毒殺したのだろうと思われた。

 子爵令嬢に最後の希望をかけていた下級貴族達も、全員が国を見限った。

 そして、ある者は国外脱出し、ある者は敵国に寝返った。


 主戦力であった下級貴族達がほとんど逃げ、その王国は未曾有の危機に立たされていた。




「ふぅ……お仕舞いっと」


 キン、と鞘にしまった剣が音を立てる。

 顔にかかる深紅の髪を後ろに払い、少女--アリルは息を吐いた。

 とある王国で公爵令嬢をしていたが、婚約破棄され、国外追放された彼女は、日々楽しく過ごしていた。

 元々、公爵家での生活は息苦しく、あまり肌に合わなかった彼女にとって市井での生活は楽しいものだった。

 ここでは誰も彼女にうるさく注意しないし、陰口を叩かない。日々の糧は自分で得る必要があったが、両親の遺産である技術や道具を受け継いだ彼女にとって、それはそこまで難しいことではなかった。

 今も、とある村の畑を荒らす獣を倒してほしいという依頼を受け、丁度終わったところだ。足元に倒れ伏す鹿は見事に急所を斬られている。少女の腕前はかなり上位と見ていい。


「鹿肉かぁ……一人では運べないし、依頼達成の報告がてら、誰か呼んでこようかしら」


 そういって、少女は歩き出した。その足取りは軽く、後ろで一つに束ねた髪も楽しげに弾んでいた。


 依頼達成を報告し、お礼の金と鹿肉を少々もらった彼女はほくほく顔で村を後にした。

 拠点としている港町に向かう途中、慌ただしげに先を急ぐ一家とすれ違う。

 最近、よくある風景だった。


(きな臭いわね……)


 何か嫌な予感がする。

 自分に厄介事が無いといいのだが、と思いながら、アリルは道を急いだ。


 拠点とする港町に到着し、アリルは一つ息を吐く。

 ごった返す人並みはとても賑やかで、初めて来た時は面食らったものだ。

 威勢よく呼び込みをしている出店をチラチラ眺めながら、いつもの宿屋へ向かう。


「……にあの王国に攻めこむんだと。まーた戦争みたいだねぇ」


 その声を聞いたのは偶然だった。

 声の方向を勢いよく振り返ると、果物を売っている店の店主が客と話し込んでいた。

 王国、といっていた。戦争とも。

 情報は入手しておくべきだ。アリルはその出店へと向かった。


「おばちゃん、林檎一つちょうだい」


「あいよ」


 丁度客が去った直後に、たどり着く事が出来た。

 瑞々しい林檎を手渡され、軽く服で拭いてかじりつく。こんな不作法な事、国にいた頃は許されなかったな、とふとアリルは思い出した。


「ねーおばちゃん、戦争がおこるの?」


 わざと乱暴な言葉を使い、何気なく問いかける。アリルの言葉使いは平民のなかではひどく目立つ。処世術として真っ先に身に付けたスキルだ。


「らしいよ、あたしも聞いた話だけどねぇ。あんたも知ってるだろ?隣の王国。王子様が婚約してたお姫さんを追い出しちまったって。その王子様が追い出した理由が心変わりしたからってんだからひどい話だよねぇ」


「うん。知ってる」


「そんで、その王子様にちょかいかけてた女も殺されちまったらしいのさ」


「え!?」


 アリルの脳内に、指輪を渡された時のマリアベルの姿が蘇る。

 アリル自身は彼女には全く怨みはなかった。あの国を出るきっかけをもらった事に感謝してるくらいだ。

 そんな彼女が、殺された?


(そうか……あの時の彼女の瞳)


 決意に溢れたあの目は、国を滅ぼす覚悟を決めていたものだと思っていた。

 実際は、自分の死を覚悟したものの目だったのか。


 驚くアリルをしたり顔で見て、店主が話を続ける。


「まぁ、他の女の男に手を出したんだから天罰だね。で、その女達はどっちも身分は下の方だったらしくてねぇ。あの国ではなんの保証もしなかったし、犯人も探さなかったらしいよ。そんで、それに怒った人達がどんどん国を捨ててるって話だ。その中には滅茶苦茶強い人も居たらしくて、その王国がボロボロの今さっさと攻めこんじまおうとしてる国がいるって話さ」


「そうなんだ……」


「あーやだやだ、こっちに飛び火しなきゃいいんだけどねぇ。まぁ、そんな下を無視する国なら滅びて当然、あんたも近寄らない方がいいよ」


「そうするよ。ありがとう」


 お礼を言って、アリルは今度こそ宿屋に向かって歩き出した。

 たどり着いた宿屋でお金を払い、一室を確保する。

 その部屋の中に入って、ようやくアリルは落ち着いて先程の情報について考え出せた。


「……あの情報の正確性と曲げられ加減、間違いなく糸を引いている者がいるわ」


 王子が心変わりして婚約破棄なんて、本来何よりも隠したい事態のはずだ。それが、隣の国とはいえその辺りの女性でも知っていて、アリルがいじめを行った等の情報は伝わっていない。

 あの王国を悪としたい誰かが間違いなく動いている。そしてそれは十中八九、虎視眈々と狙っていた大国だろう。

 そして、国を捨てた者達というのは下級貴族達で間違いない。元々忠誠心が高くなく、アリルが追放されマリアベルが殺された今見切りをつけ去っていくのは当たり前だ。そして、残された上位貴族達に大国の猛攻など防げるわけがない。滅びるのは時間の問題だ。

 今爵位を与えるといって誰かを釣ろうとしても、こんな悪評が広まりきった中まともな人材が集まる訳がない。


「まぁ、興味も無いけれど」


 あの国が滅びようとアリルにとってはどうでもいい話だ。

 アリルの所作に蔑みの目を向け、笑いあっていた上位貴族のご令嬢も、見に覚えのない事で糾弾し、追い出してきた王子達も死のうがどうでもいい存在である。むしろいい気味といっていいだろう。

 問題は王国がアリルに接触してくるかもしれないことだ。下級貴族を呼び戻す手として、アリルをもう一度王子の婚約者にするというのは悪くない手だと考える奴がいてもおかしくない。

 アリルには戻るつもりなど全く無い。今の生活を気に入っている。

 もし接触してきた時のため、対策はしておくべきだろう。


「まったく……。さっさと滅びて欲しいものだわ」


 ため息をついて、ベットに寝転がる。

 その日の夢見はよくなかった。



「アリル……本当にここに居たのだな」


 王国が滅びるまでアリルは仕事を休むことにした。迷惑料として公爵家からちょろまかした財宝を少し売り、慎ましく過ごせばそのくらい簡単だった。

 人を隠すなら人の中、変に移動し目立ったり一人になった方が危険だと考えたアリルは港町にこもっていた。

 お気に入りの食堂へ向かう途中、マントを被った一団とすれ違ったのが運のつき。

 突然伸びてきた手に掴まれ、驚いたアリルがそちらを向くと、その人物はフードを外した。あらわれたのは、忘れもしない王子の嬉しそうな笑顔だった。


「…………人違いでは。私はアリルというものではありません」


「何をいう、間違えるものか。あぁ、ずっと会いたかったんだ!」


 感極まった王子が抱きついてこようとしたのを咄嗟に腕を振り払い避ける。残りの人物は元義理の兄である公爵家子息と将軍子息に宰相子息か。全員アリルに色々な感情をこもった視線を向けていて、ちっと舌打ちした。

 周りの人間が遠巻きに好奇の目を向けてくるのに気付き、アリルはため息をついた。


「ついてきてください。場所を移しましょう」


 踵を返したアリルの後ろを、一団が追いかけてくる。

 一瞬撒いてしまいたいと考えたが、そうしたら彼らは聞き込みをするだろうし、その結果宿屋が見付けられるかもしれない。苛立ちを圧し殺し、アリルは黙々と歩いた。



「さて、なんのご用でしょうか」


 アリルが向かったのは波止場だ。人目が完全に無いわけではなく、船から離れた場所では会話が聞こえるほど近くに人はいない。理想的な場所といえた。

 睨み付けるアリルに、王子がへらりと笑った。


「アリル……。婚約破棄も、国外追放も取り消す。戻ってきてくれ」


「お断りします」


 ぴしゃりと言ったアリルに、王子達が怯む。

 アリルは王子達に改めて怒りを覚えた。

 こいつらは本当に馬鹿ではないだろうか。理不尽な理由で追い出したアリルに詫びるでもなく、ただ要求を押し付けるだけ。それで本当に戻ると思っているなら随分となめられたものだ。


「私に戻る気はございません」


「聞いてくれ、アリル……。俺達は騙されていたんだ。あの女、マリアベルに」


 マリアベルという名に少し反応したアリルに気をよくしたのか、王子がペラペラと話し始める。


「マリアベルを父上に紹介したのだが、随分と怒られてな……。その時は腹が立ったが、父上に言われてお前がやったという苛めを改めて調べ直したら、マリアベルが自分でやったのを見たという令嬢が出てきた。マリアベルにそれを告げ口したらどうなるかわかっているな、と脅されていたそうだ。お前も知っているだろう?お前と仲良くしていた、侯爵家のあの茶髪の令嬢だ」


 そう言われて、アリルは記憶を漁る。

 もしや、度々アリルに賛辞に見せかけた嫌味を言い、嘲笑していた令嬢だろうか。あれを仲良くしていたとは王子が本当にこちらに興味がなかったのが伝わってくるようだ。

 しかも、彼女が証言したとは。どうせアリルが婚約破棄された後マリアベルも追い落とし、自分が王妃に収まるつもりだったのだろう。

 呆れているアリルの表情をどう解釈したのか、王子が得意になって話し続ける。


「それで、マリアベルを問い詰めたんだが認めなくてな……。俺達で改めて話し合ったら、あいつ、俺達全員に言い寄っていたのがわかったんだ。それで牢屋に閉じ込め聞き出したら、全部認めたよ。アリルを嵌めたこともな。それで君を迎えに来たんだ」


 無言を保つアリルは、王子達を観察する。

 満足げな王子に、辛そうな顔を作っている公爵家子息。将軍子息と宰相子息は警戒心を露にしている。どうやらアリルにやられたのがトラウマになっているようだ。

 さりげなく周囲を見回してもこちらを伺う視線は感じられない。船の積み荷を積み降ろししている者達が忙しく動き回っているだけだ。

 どうやら本当に彼らだけで来たようだ。それなら力ずくで連れ去られる心配はあまりしなくてもいいだろう。


「どうして、私がここにいるとわかったのですか?南に行くと言っておりましたが」


 アリルが今いるのは王国の北にある国だ。マリアベルの言うことを聞いて来てみたが、穏やかで過ごしやすい国だ。冬はとてつもなく寒いそうだが、今の時期はそれほどでもない。初めて行く国としてはよい国だった。


「マリアベルが白状した後すぐに南に人をやったが、見つからなくてな……。父上にお前を見つけるまで帰ってくるなと言われて、逆側から探してみるかと思い来てみたら見つけたのだ。運命だな」


 そんな運命なら是非とも破棄したいものだ。

 つまりは偶然らしい。正反対の場所ではなく、適当に南か東と言っておけばよかったとアリルは後悔した。特に東と言っておけば、敵国にノコノコ入っていく王子という面白いものが見れたかもしれない。これだけ馬鹿ならあり得るだろう。


「お話はわかりました」


「なにっ!?では……」


「あの国へは帰りません。絶対に」


「何故だ!?」


「何故もなにも、私を追い出したのは貴方達でしょうに」


「説明したではないか!あれはあのマリアベルに騙されたのだと……」


「実際に私の話を何も聞かず、追い出したのは貴方達でしょう。私は謝罪の言葉すら聞いておりません」


 アリルがそういうと、王子は言葉に詰まった。

 黙り込む王子を見かねたのか、公爵家子息が一歩前に出た。


「アリル、君の話を聞かなかったこと、本当に申し訳なかった。どうか、王国に、僕達の家に戻ってきてもらえないだろうか」


 真摯な表情の公爵家子息を、アリルはじっと見つめる。

 公爵家に迎えられ彼の本音を聞くまでは、アリルは公爵家子息を慕っていた。頼りになるお兄様だと思っていたのだ。だが、本性を知った後は彼の表情が作られた物だとわかるようになった。今もそうだ。

 無言のアリルに苛立ったのか、僅かに表情が崩れる。よく見れば、彼は右腕を庇うようにしていた。


「……右腕、どうかされたのですか」


「ッ!!」


「あぁ、不心得者どもが公爵家を襲ってな……。屋敷からは金目の物がほとんど持ち出され、ひどいものだ。応戦したこいつは右腕を怪我して、当主殿も頭を殴られ意識が無い。奥方様はあまりのショックで正気をなくしたそうだ……」


 貴族だったくせになんという者達だ。と呟く王子に、恥をさらされ顔を真っ赤に染める公爵家子息。

 下級貴族達が国を出る際、行き掛けの駄賃として公爵家を襲ったのだろう。選ばれた理由はおそらくアリルを見放したからだろうか。

 公爵家には警備の兵もいたはず。それが突破され荒らされたとなると、かなりの人数か手練れだったのだろう。アリルは公爵家を出る際必要な物は全部取って出たから、被害はない。いい思い出もない家なので、特に何も思わなかった。


「それでは迎える家もないんですね。私を連れて帰れたらもらえるんですか?」


「…………」


 沈黙した公爵家子息。どうやら図星らしいと判断し、軽蔑した目線を向ける。反応はなかった。


「俺も、罪なき貴女に手をあげ、悪かった」


「私も、証拠をあまり調べず、貴女に魔術を使って申し訳ありません」


 将軍子息が謝ったのに続き、宰相子息が謝る。

 その二人に向き直ると、罰が悪そうな顔をしていた。


「べつに、貴方達は謝らなくても構いませんよ」


 アリルの言葉に希望を持ったのか、二人が顔をあげる。

 そんな二人をアリルは鼻で笑った。


「貴方の武術では私に傷一つつけられませんでしたし、むしろ完封して申し訳ありませんでした。

 それに、宰相子息殿も謝らなくてはいけないのは私ですね。魔術を使う前に髪を燃やしましたし。証拠の裏付け等も、私より成績の悪かった貴方に期待してなかったので大丈夫ですよ」


 アリルの辛辣な言葉に、二人は顔色を無くした。

 二人は上位貴族の中でも生粋のエリート。今まで羨望の視線の中で生きてきたし、それを当然と思っていた。

 しかし、婚約破棄の一件の後、二人の周囲は一変した。大人達には怒鳴られ怒られるし、今まですり寄ってきた者達も一人、また一人と離れていった。

 アリルを連れ帰るまで帰ってくるなと言われ、彼らのプライドは砕け散りそうになっていた。その上、被害者であるアリルから歯牙にもかけていなかったのだ。彼らのプライドはぽきりと折れた。


 蒼白な表情で黙りこんだ彼らを無視し、アリルは最後に残った王子を見る。

 取り巻き達が皆黙りこんだのを見て、彼も顔を青くしていた。


「お、俺は悪くない!悪いのは騙したマリアベルだ!!」


 怒鳴る王子はとてもみっともなかった。

 謝る気のない王子に、アリルはにっこりと嗤う。

 彼女は愛用の剣を鞘から引き抜く。ひっと息をのんだ王子は自分が切られると思ったのか将軍子息の後ろに慌てて隠れる。

 それを横目に見ながら、アリルは自分の後ろに束ねた髪を手に取った。


「え……?」


 呆然と見守る王子達の目の前で髪をざっくりと切る。

 貴族は長い髪が美徳とされているが、庶民達の間ではそうでもない。さっぱりした頭をふり、切った髪を王子に差し出す。


「私は帰りませんが、こちらをお持ちください。私の髪は深紅で中々珍しいはず。私は亡くなっていたと言ってこの髪を持ち帰れば、疑う人はいないでしょう」


「……そ、そうか!!ありがとう!!アリル!!!」


「…………もう用もないでしょう。では。ご無事で戻られる事を、お祈りしております」


 立ち去るアリルを無視し、王子達は髪を手に帰る方法を話していた。とても嬉しそうだった。

 短くなった髪を弄びながら、アリルもうっそりと嗤う。本当にどうでも良いと思っていたのだ、彼らの事は。だが、自分の前に表れた時に、過去の怒りも蘇った。

 髪を渡した事に後悔はない。きっと、王の最後の温情だったのだろう。あの王はとても王子を可愛がっていたから、アリルを連れ帰るまで帰ってくるなと言い、密かに逃がしたつもりだったのだろう。

 アリルはそれを察したが、彼らに伝えなかった。きっと彼らは喜び勇んで国に帰るのだろう。戦争が始まるあの王国に。

 アリルを探すため情報を仕入れていれば、自分の国が危うい事くらい容易にわかったはずだ。だが、彼らは幸運にもすぐにアリルに出会ってしまった。

 だから、アリルは帰る理由を与えてやった。帰ればいいと、そう思って。


「……知ってましたか、王子。私は貴方を憎んでいたみたいです」


 王子が抜け出さなかったら。

 刺客に襲われなければ。

 庇われているくせに逃げ出さなければ。


 きっと両親は生きていたし、アリルも公爵令嬢なんてならずに済んだ。

 自分の状況を考え、無意識に圧し殺していた憎しみは、自由になった後王子に会い燃え上がった。

 殺してやりたかったが、それは両親の死を冒涜する行為だと感じて、なんとか抑えた。

 代わりに死地への切符を渡したが、その切符は王子が少しでも賢ければ使われなかったものだ。自らの愚かさで滅ぶのがあいつらには相応しい。

 アリルはふふっと笑い声をもらした。今後は情報を積極的に集めることにしようと、そう思って。




「おばちゃん、林檎一つ」


「あいよ、あれ、あんた久しぶりだね」


「あ、覚えててくれたの?」


「あんたみたいにキレーな赤い髪は珍しいからね」


「ありがとう」


 林檎を受け取り、服で軽く拭いた後かじる。

 甘酸っぱい味が口の中に広がる。綺麗に切られた物よりもよっぽど美味しかった。


「そうそう、聞いたかい?あの国ついに滅んだとさ」


「…………へぇ」


 ピクリ、と反応したアリルを見ているのか見ていないのか、果物屋の店主は喋り続ける。


「攻めこまれた後はあっという間だったらしいよ。貴族連中は大体殺されて、王族達はギロチンだとさ。民衆の目の前で、石を投げられながらでそれは悲惨だったそうだ。王子なんか石を投げられ過ぎて面影が無かったらしいよ」


「王族で生き残った人はいないの?」


「あぁ。王様に王妃様に王子様、王様の弟にその奥方と息子、全員ギロチンだとさ。貴族も大概は戦争で死んで、ほんの少し生き残ったらしいけど、偉い人達は全員死んだと」


「ふぅん……。こっちにその大国が攻めこまなきゃいいけど」


「あぁ、それは大丈夫らしいよ。なんかあの王国に恨みがあったんだと。だから皆殺ししたらしいさね」


「そうなんだ……ありがとうおばちゃん、林檎ご馳走さま」


「おう、ありがとよ」


 アリルは果物屋をあとにする。

 歩きながら、口角が上がるのを感じた。


「無事に帰れたんですね、王子」


 そして、戦争に巻き込まれた。

 さすがにもう一度脱出する機会は与えられなかったらしい。ふふ、と笑い声がもれる。

 もし彼が素直に謝っていたら、王の意図を教えてやって、これから必要になってくる事や、平民の中での暮らし方を教えてあげることも考えたのに。


「なんてね」


 これであの国とアリルは完全に縁が切れた。

 爽快感に、一つ伸びをする。こんなに楽しい気分は久しぶりだ。


 王国の行方が気になってこの国に留まっていたが、そろそろ移動していいだろう。

 次はどこに行こうか。アリルは自由だ、どこにでも行ける。


「……そう、自由です」


 見上げた空は青く澄み切っている。

 アリルは幸せそうに微笑んだ。



 後に運命の出会いをした男性と結婚し、アリルは男の子と女の子一人ずつ子どもに恵まれる。

 平凡だが幸せな家庭を築き、最後には孫に見守られ静かに息を引き取った。


「私は、自由でした。そして、とても幸せでした」


 それが、彼女の最後の言葉だった。

王子達は自分の愚かさゆえ滅びました。

アリルは幸せな結婚をし、優しい旦那様と可愛い子ども達に恵まれました。

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― 新着の感想 ―
面白かったですが、こちらから読んだのでわからないところが…。もう一つも読んだのですが、…マリアベルは命懸けでハニトラしかけて、王子たちを操り、結果、下級貴族や兵力を離反させて、王朝や上位貴族を滅ぼす……
王子達がうまく処刑から免れてもし生き残ってたら幸せになれたんだろうか それとも国がなくなって辛く寂しい思いを抱えて苦労しながら長く生きたのだろうか そのバージョンも読みたかった などつらつらと考えてし…
[良い点] 因果応報。スッキリした。 [一言] 残念王子は最後までやり通しましたね。クズ王子として。それにしても側近(候補?)達もバカなんて教育って何だろう!
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