第6話 卒業、そして就職へ
ニコル12歳
学校生活は順調に過ぎていった。ともに学ぶクラスメートたちと悩んだり苦しんだり、時に遊んだり恋をしたり……
……と、いうことを一切せずにひたすら勉強に打ち込んだ。
なにしろ学費は全て奨学金だ。寮での生活費も全て奨学金。学力が少しでも落ちれば、一気にそれまでの奨学金の返済を迫られる上に寮を追い出される。つまり借金を背負って住むところがなくなる。人生が一手詰みの状況だ。
この環境で勉強以外のことにうつつを抜かせるほど、オレの神経は太くない。もともと学ぶつもりで学校に来たのだ。勉強に全力で打ち込んでなにが問題あるのか。
そして一年後。
俺はザーン金貨500枚というかなりの負債を抱えて学校を卒業した。
ザーン金貨300枚でおよそ公務員の年給くらい。その1・5年分だ。そうとうな借金である。
地方都市なら小さな家が建てられる金額だ。村だったら畑が手に入る。しかも年利20%の利息付き。複利計算で4年ほっとくと2倍強になるとんでもない高金利だ。
しかし本来は卒業までに3年かかる学校を、オレは1年で卒業した。しかも主席! やはりオレは賢いのだ。さすがオレ!
あとオレに金を出してくれなかった親父は早く死ね!
優秀な成績で卒業はできたが、重要なのはこっから先である。
「ニコル君。君は卒業したらどうするんだ?」
先生に聞かれた。
なにかの学問を突き詰めるために師匠に付き、学者として学問を修めるか。魔術など脇道にそれるか(学校側からはそう見える。魔術師側からはこっちが本道)。
オレの選んだ道は、どちらもでもない。
「働きます」
オレははっきりそういった。学者では金にならないし、最終的に目指せる地点はその道の権威にすぎない。
魔術師では特殊な才能が必要になる。志して才能がなかった時のタイムロスが怖い。こちとら4年で倍、6年で3倍に膨れる借金を抱えている。
そしてそれ以上に、オレがなりたいものは別にあった。
オレの知恵と知識を、あますところなく生かせる場所だ。
「ほう、そうか。どこかアテがあるか? なければ雇ってくれそうなところを紹介するぞ」
先生は親切だった。というのもあるけど、オレはかなり優秀な生徒だったので、就職するとなれば行き先は無数にある。
先生としてはむしろ「優秀な教え子」としてノシをつけて送り出したいところだろう。
「就職先は決めてあります。大丈夫です」
「どこかね?」
「ガーラントのとこに世話になります」
「……ガーラント? それは今年卒業した、騎士見習いガーラント君のことか?」
「はい。そのガーラントのことです」
「なにか事情があるのかね。ニコル君ならばもっといい勤め先はいくらでもあるぞ」
「いや、ガーラントに決めてますので」
オレは先生に別れを告げた。
騎士見習いガーラント。
特定の主君を持たず、ザーン国そのものに仕えている公務員騎士である。今年20歳の男だ。オレが13歳だから、7歳も年上だ。
騎士に昇格するために学問を覚えろと言われたらしく、ガーラントはこの街で学校に通っていた。
そしてオレと出会った。
そう。オレが餓死寸前で進退窮まっていたとき、なぜか課外授業で迷子になって鹿を狩ってきた脳筋の騎士だ。
ガーラントは学問に適性がまるでない。典型的な脳みそ筋肉の猪武者だ。
でもこれが並の猪ではない。と、オレは思った。街での生活を一年過ごしたが、あいつの膂力は桁が外れている。バカだがただのバカじゃないのだ。
いつか偉くなる。領地をもらえるほどの騎士になるに違いない。そう信じてオレは見習い騎士ガーラントを、先物買いすることに決めた。
騎士の知恵袋である。
これこそがオレの夢の第一歩。騎士が出世すればするほど、オレには多くの能力が要求される。戦争に出れば戦術に戦略。部下を貰えばその訓練に育成。騎士団をもてばその軍団の運営と財務。領地を貰えばさらに幅は広がり、政治経済建設など、多岐にわたる。
オレの知恵は、こういう多岐にわたる分野にこそ活かされるべきなのだ。
一点の学問を掘り進めてオタク化するより、幅広い知識を活かす職場がベスト。それはそのまま地位と権力に結びつく。
オレの知恵を遺憾なく発揮できる場所はそこに違いない。
ガーラントが出世すればするほど、その知恵袋としてのオレの地位も高まる。末は地方領主なんかになってほしい。オレの采配を持って特産品を作り地域経済を活性化させたり、街路を作って交易したりと、夢は広がる一方だ。
「と、いうわけで頼んだぞガーラント。オレの夢はお前に掛かってるんだ!」
オレはガーラントという見習い騎士に、人生をかけることに決めた。
「戦いなら任せとけ。でも俺は戦う以外はなにも出来んぞ」
それは知っている。むしろガーラントに多彩な才能があったら、オレが不要になってしまう。
武のガーラントと、知のニコル。
このコンビでのし上がるんだ。
「じゃとりあえず……王都ザーンに帰るか。ニコルは俺の家にくるか?」
「世話になる」
こうしてオレは、学校を卒業してガーラント家に厄介になることになった。
はい、お久しぶりの作者です。
6話目にしてよーやくもう一人の主人公、脳筋騎士のガーラントが登場です。
こっから景気よく出世して行ければいいんですが……。とりあえずもうちょっと二人の苦労は続きます。ヨロ!