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騎士様の知恵袋  作者: ギロチン
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第3話 明日のために(その1) 腐肉あさり

ニコル12歳


 

 親父とオレは旅支度をして出かけた。荷物は巨大なズタ袋。いったい何をするんだろう。


 5日ほど歩いてついた先は、小さな林の中であった。生々しい死体が散乱している。


「親父、ここ……どこ? 仕事ってなに?」


「先週、ここでオーク退治が行われたらしい。数が多くて、たくさん人が死んだそうだ」


「へぇ。それで?」


 村の肝試しなんか目じゃない、生の死体がゴロゴロしている。気分は最低だ。


「死体から売れそうなものを剥ぎ取るのがお前の仕事だ。がんばれよ」


 うわぉ! 息子になんてことさせるつもりなんだ!


 戦場の死体あさりは騎士や戦士にとってもっとも忌み嫌われる仕事だ。仕事というか、法律を犯していないだけで倫理的には完全にアウトである。


「俺はここで警らの神官兵に見つからないように見張ってるから、お前は躯を漁りにいけ」


 しかも汚れ仕事はオレの役割。万が一、捕まった時に実行犯はオレに押し付けて、自分は逃げるつもりなのかもしれない。100%親父は父親として監督責任を取らされると思うんだが、親父はそこまで頭が働かないのだろう。


「日暮れ頃にここに戻ってこい。いいな?」


 よくはないが、もはやどうしようもない。ここまで来て、尻込みして何もしなかったオレを、親父は絶対に学校に行かせてはくれないだろう。

 果ては一生、農家の三男坊として飼い殺しだ。


 やらなくちゃオレに未来は訪れない。


「くそ! あの親父、いつかぶっ殺してやる」


 オレはぶつぶつと言いながら、血が凝固しているむくろに近寄って、高く売れそうなものを漁った。


 なんにもない。


 よく考えれば、オレみたいな死体あさりはたくさんいる。倫理的にはアウトな死体あさりだが、楽して金を儲けたい奴は大勢いるはずだ。

 そういう人間にとって、戦場跡は宝の山。早い者勝ちだ。早い者勝ちとなれば、ご近所に住んでいる奴らが圧倒的に有利。

 数日かけてはるばるやってきた者(オレと親父)は圧倒的に出遅れている。


 つまりこの戦場は生々しいけれど、お宝はすでに荒らされたあとなのだ。


(これじゃあ金が手に入らない。学校に行けない!)


 オレの未来が閉ざされかかっていた。

 やる気がなかった死体あさりだが、未来がかかっている。オレは頭を働かせた。


(目立つ場所にで死んだ遺体には、なにも残っているわけがない。だったら目立たないとこで死んだ躯ならどうだ?)


 オレはなるべく鬱蒼と茂った木々の方に歩いて行った。死体も減るが、漁られていない死体もあるかもしれない。


 5人、10人と死体を漁る。めぼしいものはなにも手に入っていない。


 かなり林の奥に入ったところで、オークの死体を見つけた。豚の顔をしたデブの亜人。初めてみたオークはそんな印象だ。

 オークは貧乏で装備も安っぽいので、誰も死体を漁ることはない。このオークは背中を切られて死んでいた。


 オレはオークの死体を素通りした。

 が、すぐに戻ってきた。


 もしかしたらと思い、入念にオークの死体を漁る。


「あった!」


 オークは似つかわしくないほど立派な短剣を持っていた。宝石がついている。あきらかにオークの持ち物ではない。


 つまりこのオークは、戦場で人間の死体を漁り、戦利品を持ったまま殺されたのだろう。


 高価なものをもっているのは人間の戦士。だからあらかた死体は荒らされている。

 オークは貧乏でなにももっていない。だから死体も荒らされない。

 しかし人間を漁った後のオークならば、高価のものを持っている!


(これだ!)


 オレは勝利の方程式を見つけて、積極的にオークを荒らしまくった。死体あさりをしたオークの死体あさり。人として終わっている気がするが、目標のために仕方がない。

 喚き立てる倫理観に封をして、オレは死体を漁りまくった。


 かなりの量の戦利品をズタ袋にいれたところで、バチが当たった。


「ガゥゥウウ」


 声がした。まだ生きている人がいる? そんなバカな。


 振り返ると、そこにいたのは直立したオークの死体だった。絶対に生きていない。目がでろんと下に落ちている。


 ゾンビだ!


「ぎゃぁぁあ! ゾンビだぁ!! 親父ぃ! ゾンビが出たぁ!!」


 オレは大声を上げて、ゾンビから離れた。ゾンビは単体ではない。一匹のゾンビが生まれれば、そこから連鎖的にゾンビは生まれる。先ほどオレが懐をまさぐったオークたちが、次々とゾンビになって立ち上がってきた。


 死体あさりは日暮れまで。ゾンビに襲われないための必須事項だ。賢いオレがそのことを忘れるわけがない。

 だがすべてのことには例外がある。

 書物の知識と実践も異なる。現実問題、日が暮れるのにはまだ2時間以上あるというのに、ゾンビは出現していた。


(死体が新鮮だと、ゾンビも元気がいいのか!?)


 オレはそう思った。覚えておこう。でも今はその知識を活かせる、『その後』の為に、全力で逃げねばならない。


「ひっぃい!」


 ゾンビは何も考えない。ただ動くものを恨んで殺そうとする。しかし死体を漁ったオークがオレを狙うさまは、オレに恨みをもって蘇ったとしか思えなかった。

 オレは泣きじゃくりながら、それでもズタ袋をもって走った。


 親父との合流地点に、オレは走った。遠くに親父が見える。


「親父ぃぃ! ゾンビがでたぁぁ。助けてーーー!」


 オレは大声で親父に助けを求めた。

 大嫌いな親父だったが、信頼もしていたのだろう。


 その信頼が完全に壊れたのは、この日この時この場所だった。


「ニコル、先に家で待っているぞ!」


 親父はオレの後ろに迫るゾンビの群れに恐れをなし、さっさと自分だけ逃げてしまった。


「えーーー!?」


 置き去りである。大人の足と子供の足では、脚力がぜんぜん違う。親父はみるみる見えなくなってしまった。


(クソぉお!! あの親父をもう親とは思わないぞ!)


 そう思いはすれども、命がかかっている状況だ。とにかく危機を脱せねばならない。


 オレは重いズタ袋から、両手に1つずつだけ高そうな短剣をてにもって全部捨てた。このままでは一番大切な宝の、命をなくしてしまう。


 オレはダッシュで村へと逃げていった。


 ゾンビは足が遅いが疲れない。オレが疲労して動けなくなる前に、人里にたどり着けるかが勝負の分かれ目だ。


 オレは走りに走った。


 そしてオレはゾンビとの駆けっこに勝った。


 里で親父と合流した。親父は「よく無事だったな。さすが俺の息子だ」なんて勝手なことを言っていた。そしてオレが命がけで持ち帰った短剣2本を奪い取った。


「親父、学校に行かせてくれよ」


「ああ、約束だな。勝手にしろ」


 親父は許可をくれた。

 許可だけ、くれた。


 金は出してくれない。


「親父! 学費は? あの短剣は?」


「あれは俺のもんだ。学校に行きたきゃ、勝手に金を作れ。人の懐を当てにするな」


 親父はめちゃめちゃな論理であった。俺の命をかけて手に入れたお宝は、子牛一頭に代えられた。1年もすれば、牛はオレに代わる立派な労働力となることだろう。


 学費を出してくれる気は一切ないらしい。


「ふざけんな親父。くそ、死んじまえ! この陰険ドケチ貧乏百姓!」


 俺はいよいよ親父に絶縁状に近い暴言を吐き、街へと出ることにした。餞別のたぐいは、もちろんなかった。

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