第20話 貴族なんて大ッキライだ!チクショーめ!
ニコル17歳 ガーラント24歳
年が新しくなり、無能にして高漫な女騎士、ケンプレス様が『ご婦人のための長盾』騎士団の副長から団長に昇進した。
隊長が戦死したためなのと、ゴブリン退治に成功した副長ケンプレス様が褒章として隊長に繰り上げたのだ。
ムカつく。本当はゴブリン退治の名誉はオレとガーラントのものなのに。
「団長への就任式典に来て欲しいと招待状が来た」
ガーラントが式典の案内状を持ってきた。式典はゴブリン退治の祝賀会も含めるらしい。
ますますムカつく。公的にはケンプレス様が退治した事になってるけど、お前は捕虜になってただけじゃないか。
「オレはいかないぞ」
速攻で言っておいた。
「あーー、その。旅費も招待状についてきたんだが」
「送り返せ。オレは絶対に行かんからな」
「いや、だから」
「ぜーーったいに嫌だ!」
これ以上ないくらいにきっぱりとお断りしてやった。少し拗ねた子供のようになってしまったと自分でも思ったが、オレは拗ねてもいい立場のはずだ。
ガーラントがすごく申し訳無さそうな顔で、招待状をもっている。この竹を割ったような愛すべき脳筋がこんな顔をするのは珍しい。言いづらいことがあるようだ。思ったことはすぐ口に出るのに。
(やっぱりちょっと子供っぽかったか)
ガーラントだって、オレが言えば名誉をケンプレス様に譲らなくていいと言ってくれた。断ったのはオレだ。過ぎたことをグチグチと言うのは男らしくないかもしれない。
「すまん、ガーラント。ちょっと言い過ぎた。でもオレが式典に出るのは、やっぱりちょっと心にわだかまりがあるんだ。貴族の招待状を断る非礼を承知だが、これは許してくれ」
「うん、その、……ニコル!」
「なんだよ。急に大声出すな」
「お前には! 招待状が! 来てないんだ!」
数秒ほど、時が止まった気がした。
目が点になる。
理解を超越していた。
ゴブリン討伐の手柄はオレとガーラントが立てたものだ。その祝賀会を勝手に開くだけでも業腹なのに、その祝賀会に……
「オレ、呼ばれてないの?」
「ああ。オレの名前しか書いてない」
……数秒遅れて、怒りが湧き上がる。
ムカつくムカつくムカつくムカつく!
なんなんだよあの女! 庶民なめんじゃねーぞ! くそぉ、貴族なんてな、庶民がいなきゃ貴族じゃねーんだぞ! わかってんのかあの無能! チクショーーー!
オレが溜め込んだ怒りを言葉に発せようとした瞬間。
誰かがガーラント宛の招待状をヒョイッととった。
奥さんのイゼットさんだった。
ケンプレス様にベルレルレンを一時的に寝取られて、公然と「貴方は愛人になりなさい」宣言をされたイゼットさんだ。
イゼットさんは招待状にさっと目を通すと、笑顔で、縦一直線に招待状を破り捨てた。
やばい、イゼットさん超怒ってる。オレも怒ってたけど、隣でもっと怒ってる人がいるとむしろ引く。
「それで貴方は、この式典にご出席になるの?」
イゼットさんが笑顔で聞いた。
ご出席になるもならないも、招待状が真っ二つに破り捨てられてますが。
「で、で、……」
ここで、この間ガーラントが学んだ教訓が役に立った。イゼットさんは超怖い。今こそ教訓が生かせなければ、物覚えが悪すぎる。
「……でるつもりは、ない」
「それは良うございました。ではこの招待状は私が責任をもって処理しておきますので、ご安心下さい。あ・な・た」
一拍ずつテンポを置いてあなたって呼ばれるのが、こんなに怖く感じたのは初めてだ。
イゼットさんは一直線に破り捨てられた招待状を、クシャクシャにしてゴミ箱に投げ捨てた。どうやらこれが『責任をもって処理』したことらしい。
こえーーー。
そしてオレよりも怒っている人がいることによって、冷静になったオレは、ある事実に気がつく。
こういう招待状は参加か不参加を返信せねばならない。貴族の申し出を無視するなんて非礼の局地だ。
(断り状を……書くのはオレか)
ガーラントは字が下手くそだし、そういう公式の手紙はほぼ書けない。イゼットさんが書いてくれるわけないし、書かなければ「常識もわきまえない男」としてガーラントの出世に影響がでる可能性がある。
「ムカつく」
オレはほんの小さな声でつぶやいた。
「あら、ニコルさん。今日は意見が合うわね」
オレの小声で、まるで仮面のような笑顔を浮かべているイゼットさんが賛同してくれた。
そしてイゼットさんは、招待状が入っているゴミ箱に足を入れて、靴でグリグリと破って丸められた招待状を踏みつけてから、台所に戻っていった。
笑顔のまま。
数十秒後。台所にいたらしいヴィヴィアンの鳴き声が家中に響き渡った。
子供は正直だ。笑顔の裏に潜む、ドラゴンの炎よりも熱い怒りにキチンと気がついたらしい。
GW終わってしまいました。
続きがいつ書けるか不明なので、とりあえず完結とします。すいません。