第19話 世の中は不公平にできている
ニコル16歳 ガーラント23歳
ガーラント家は平和を取り戻した。
イゼットさんも子供たちも家に戻って一件落着。
すべて元通りだ。
オレの借金が全く減っていないのも、ガーラントがちっとも出世しないのも、ぜーんぶが元通りとなったわけだ。
「はぁ、落ち込むな」
「そう暗い顔をするな。なにもすべてが元通りというわけではないぞ」
「なにか変わったのか?」
「うむ。オレはイゼットを怒らすと怖いということがよくわかった」
「それはもうちょっと早めにわかっておけよ」」
「お前も初陣を済ませたわけだ。なにも得るものがなかったわけがないだろう」
「まぁ、それはそうだが……」
正直なところ、本で知ってる戦場と実際の戦場とは大違いだ。オレは直接、刃は交えてないが、ゴブリンから敗走する恐怖も、囮として走り回ることも経験できた。
そこから得られた経験は……『地理と敵兵の情報はとっても重要』と、いう言葉に集約されるだろう。肝に銘じておかないと。
いや、せっかくだから語録として紙に書いておこう。
そういえば昔も、こんなふうに大切なことを肝に銘じたことがあったな。
えーっと、……そうだ。『新鮮な死体は日暮れ前にもゾンビになることがある』だ。
まずいな。肝に銘じておいたはずなに、内容を忘れかかってた。やっぱり記録は脳内だけじゃ限界がある。紙に書いて覚えておこう。
オレは件の言葉をメモ帳に書いておくことにした。
何度読み返しても、素晴らしい。地理と敵兵の情報の重要性をオレは知ったんだ。兵法書にはいろいろ書いてある
もちろんこの情報の重要性も書いてはあるが、その他大切なことが多すぎて手が回らない。ぶっちゃけ兵学書には『士気と知恵と情報と物資の全部が大切』という言葉で集約される。
意味がわからん。それぞれ重要なのはわかるけど、全部用意できるわけないじゃないか。
その点、オレの語録には生きている血が通っているぞ。
ガーラントと一緒にいる限り、士気の心配はする必要はない。ガーラントが戦場でやる気が無いなんてことはありえない。
オレは知恵がある。
物資は金が無いから用意できない。
だったらオレがやるべきことは情報収集だ。
ふふふ、また賢くなってしまったな。
「ニコル、得るべきものはあったのか?」
メモ帳を見て悦に入っているオレにガーラントが話しかけてきた。
「うむ」
オレはメモ帳をガーラントに見せてやった。「ふーんと」まるで理解していなさそうな感想をガーラントが言う。
ま、ガーラントはこれでいい。無駄な知恵をつけて勇猛さが鈍ったら大変だ。
猪には猪の戦い方がある。直進して何者も踏み潰せるのなら、その直進コースに敵をおびき寄せることがオレの仕事。踏み潰すのがガーラントの仕事。分業は良いことだ。
「俺もこの戦いの記憶は心に刻むとしよう。ともに向上していこう」
「おお、わかっ……」
ん?
ガーラントの今回の教訓って『奥さん怖い』だったよな。
「一緒にすんな!」
オレはビシっと言っておいた。100人中100人の女子が、オレの意見に賛成してくれるだろう。
それで、なぜガーラントに家庭があって美人の奥さんがいて、オレには恋人すらいないんだ。
納得できん。