凍てつく王国にて
凍てつき、閉ざされた王座の間。なくなってしまった装飾品や調度品の代わりに、いたるところを朝日に煌めく氷が埋め尽くしていた。
立ち上がった霜柱のおかげで、巨大な天井の欠片はわずかに持ち上がっていた。
凍りついた扉からそっとウルサーン国王のもとへと歩み寄ったアリアは、僅かにぬくもりの残る体をその隙間から引き出し、仰向けに寝かせた。そして、その傍らに膝を抱えて座った。
「これで…この国は、助かったのか…?」
喘鳴と共に落ちた呟きをアリアは丁寧に拾い上げる。
「雪崩の心配はひとまず、かな…。氷の一族は眠っているから、暫く雪崩は起こるだろうけど、あとはシグが上手くやってくれる。」
シグは嘘は言わないしね、と言って笑った。座り込んだアリアにも霜は這いより、零れ落ちた髪はすでに凍りついている。
「そう、か…。」
血は止まっていたが、浅い呼吸はいつ最後になろうとおかしくなかった。
「うん。…ねえ、セレス。」
かつて、彼らが幼かった日にそう呼んだように語りかける。
「なん、だ…?」
アリアの耳には、幼い頃の贈り物が残っているが、彼の手元には、既にない。
「あなたがやったことはさすがに…っては思うけど。でも、私はあなたの友達だよ。古い、古い、ね。」
「許されるとは…思って、いない…。」
膝がしらに頬を寄せてアリアはまどろむような笑顔を見せた。
「たぶん、知らないだろうけど。氷の一族は死んでない。眠ってるだけ。…これから、私がそうするように。」
王は嘆息しようとしたのかも知れなかったが、僅かに白い吐息が漏れただけで、ごく浅い呼吸に喘鳴が混じっただけだった。
それでも、体からほっとしたように力が抜けた。
「セレス。私は、あなたと一緒に眠ろう。この氷の城で。だけど、私は、いつか目覚めてここから出て行くだろう。あなたを置いて。でも、忘れない。私は生涯あなたを忘れない。…私の初めての、友達。」
そっと緩やかに目を閉じようとしている王の手を小さな掌で包み込んだ。
応えは、ない。僅かに掌が握り返されただけで。
「永いこと、一人でよく頑張ったね…。あなたの人生は、無駄じゃない。あなたの人生の、おかげで全てがあるんだ。」
安心したように、吐息が漏れた。瞼はすっかり閉じて、そして、掌から力が抜ける。
二度と、彼が息を吸い込むことはない。
永久の眠りに落ちた彼の掌をそっと、胸の上に置くと、アリアも長い、溜息をついた。
「…ねぇ、知ってた?…私の方が、少し大きかったんだよ。」
年下の、壮年のしわの刻まれた顔を見つめて、そっと瞼を下ろす。
燃え盛る炎の瞳を瞼の奥に消し去って、アリアもまた、永い、眠りについた。
氷に支配された、凍てつく王国で。
たった一人の王は眠る。物言わぬ、墓守に守られて。
ここまで読んでくださってありがとうございます。次回、エピローグとなります。あと2話、よろしくお願いします。




